桑原りささんに聞いた、ニューヨークとコーヒーと、オーガニック。

今回の「私が知りたい、コーヒーの人」は、桑原りささん。

桑原さんはNHKを始めとする数々の番組でキャスターや司会者をされてきたほか、国際・経済ニュースを取材執筆していたりと多方面で活躍されています。そんな桑原さんがパーソナリティを務めるJFN系列のラジオ番組「Day by Day」に私をゲストとして呼んでくれたのがご縁で、桑原さんも大のコーヒー好きとわかり、根掘り葉掘り聞かせてもらうことにしました。

桑原さんはニューヨーク・コロンビア大学大学院を出ているということで、ニューヨークのコーヒー事情を教えてもらおうと話を始めたわけですが、まずどうしてアメリカへ行くことになったのか、という話で盛り上がってしまいました。大学院からアメリカへ行く人は色んなバックグラウンドを持っている人が多いので、まずはその話から。

「まだ今は、
 グランド・ゼロには行けない」

—— りさちゃんは、ニューヨークに住んでたんだよね? 私はシアトルでコーヒーを飲み始めたんだけど、シアトルとニューヨークってアメリカの端と端で地理的には真反対だけど、どちらもコーヒー文化が強いよね。ニューヨークのコーヒーシーンってどんな感じ?

「私は2006年から2008年に、ニューヨークの大学院へ国際関係を勉強しに行ってたんだけど…」

—— ちょっと戻って! ごめん、そもそもどうしてアメリカの大学院へ行くことになったの?

「そこ聞いちゃいます? けっこう深いよ(笑)」

—— いいよ、いいよ、掘っていこう。

「2004年の新潟県中越地震が起きたとき、たまたま取材していた千葉市の消防署で、目の前の消防隊員たちがレスキュー隊として新潟に出動することになったの。命の危険を伴う場所へ向かう直前の彼らの毅然とした姿を見たとき、メディアで生きる人間としての圧倒的な無力感を感じてしまったのね。当時、TV局の取材ヘリコプターが救出活動を邪魔しているのではと言われたりもしていて、メディアの人間として何ができるんだろうって。消防署長から『桑原さん、出発する隊員たちにひとこと声をかけてやってください』って言われたのだけど、何と言葉をかけたらいいのかわからなくて、一瞬言葉が出てこなかったのを覚えてる」

—— そうだよね、簡単に「がんばってきてくださいね〜」なんていう状況じゃないもんね。

「そうなの。『どうかご無事で帰ってきてください』というのが精一杯だった。そのときに『この目の前で起きてることを、この状況を、誰かに伝えなくては。今私が感じているこの空気を絶対に忘れてはいけない』って思った。気付いたらその日は夜中まで、取材日記を書き続けてたんだよね。そんなの初めてだった。消防署長にも『無力感でいっぱいです』って話をしたら『できることなら、あなたには現場に飛んで行ってほしいくらいです。メディアにしかできないことがあるから』って言われたの。その時にストンと落ちたの。メディアの世界で生きていく意味ってあるかもしれない、って思った。ちょっとした使命感が芽生えた瞬間だったのかも」

—— これまで出ていた番組とは違う、刻一刻と変わる切迫した状況に置かれたことで覚醒したんだね。

「そうかもね。それから1ヶ月半後、親友を訪ねるために初めてニューヨークへ行ったの。そこで、グラウンド・ゼロに行こうと思ったのだけど、完全に観光気分。その時『行くならお花をたむけてね』って言われた言葉にハッとさせられたの。私はなんて軽い気持ちで行こうとしていたんだろうって。これまで、曲がりなりにもメディアの人間として生きてきたのに、国際問題に対してあんまり向き合ってこなかった自分が恥ずかしくなってしまって。そのとき『まだ今はグラウンド・ゼロには行けない、行くべきではない』って」

「夜中の2〜3時まで図書館で勉強。
 そのとき、コーヒーが欠かせなかった」

—— まだ自分自身の準備ができてない、って思ったんだね。

「そう。だから行けなくて、自分自身への宿題としてとっておくことにしたの。代わりに、近くにあるユダヤ博物館へ行ったの。そこで見たユダヤ人迫害の歴史も凄まじかったんだけど、そこで知ったのがリトアニアで外交官をしていた杉原千畝さんの存在」

—— 岐阜出身の外交官!「命のビザ」で有名だよね。

「そうそう、6,000人のユダヤ人を救ったのよね。日本人が世界でこれだけの命を救ったことに心を打たれてしまって。自分が同じ日本人であることを誇りに思ったくらい。そこで、これまで自分はたくさんの人に助けられてきたけど、今度は自分が誰かの役に立つ人間になりたいって純粋に思ったのよね。今思うと青臭くて恥ずかしいけど(笑)。そのために人間の幅を広げたい、成長したい、って。だったら、ニューヨークで国際関係を勉強してみるか、と。完全に怖い物知らずよね」

—— そこで大学院行きを決めるわけね。アメリカの大学院って、英語は文献が読めたり論文が書けるレベルじゃなきゃ入学できないし、GRE(センター試験みたいなもの)大変だったんじゃない? 私はGREが必須じゃない大学院を探したからね(笑)。

「いやー、泣きながら受験勉強したわよ(笑)。1年間、プライベートではほぼ人に会わず、仕事の合間に猛勉強し続けた。それでやっと合格して、ついにアメリカに行ったんだけど、大学院も大変だから夜中の2時3時まで図書館にこもる生活は普通だった。24時間オープンの図書館に電気毛布を持って行って、椅子に丸まって寝てたなぁ。そう、ここでキャンパスライフのお供にコーヒーが欠かせなかったの!」

ラジオ収録用のコーヒーは、
最近お気に入りの「AERO PRESS」で準備。

—— いよいよ来ましたね。

「学生で貧乏だったから、1ドルで飲めるコーヒーはありがたかった。ガブガブ飲んでたな(笑)」

—— それまではコーヒー好きだったの?

「うん。日本では下北沢に住んでいて、近くにスターバックスがあったのね。そこのスタバの雰囲気もよかったし、スタッフの人が本当に暖かくて、地域のコミュニティみたいに居場所を作ってくれていたから、コーヒーそのものの味というよりもその空間を楽しんでたかな」

—— ニューヨークでコーヒーを飲んだとき、日本との違いってあった?

「スタバで飲んでたときはどちらかというとラテ派で、ニューヨークでは薄いアメリカンコーヒーをガブガブ飲んでたから、実は本当のコーヒーの味を味わってなかったんだと思う。カフェイン摂取と雰囲気(笑)。そこから一歩進んだのは、逆に日本に帰ってきてからかな。どんなコーヒーでもいい、っていうわけにはいかなくなった。あ、でもサードウェーブの波には乗れてないかも。そもそもサードウェーブって簡単に言うと定義はなんなの?」

—— 自分の飲んでいるコーヒー豆がどこの国のどの農園のどんな人が作って、誰が焙煎して、どうやってカップまで来たの? ってことを知るっていう風潮と、淹れ方もそうやってたどり着いたコーヒー豆の味を、1番引き出してくれる器具で1杯ずつ丁寧に淹れるっていうムーブメントかな。高品質のオーガニックの豆とかフェアトレードの豆とか、サードウェーブのキーワードだよ。オーガニックと言えば、りさちゃん、国際オーガニックセラピストの肩書き持ってるでしょ? その話も聞きたかったの。

「スイーツで社会貢献」って?

桑原さんはキャスターとは別に、社会起業家としての顔もあるのです。「Sweets Oblige」を創業し「健康×食×社会貢献」をコンセプトとして「カラダが喜ぶ、世界が喜ぶスイーツ」を世に送り出しているんです。

—— スイーツで社会貢献って、もう少し詳しく聞いていい?

「日本に帰ってきてから、社会起業家ブームがあって。こんなふうに心が喜ぶ“WinWinの仕事”を、自分もいつかやってみたいって思ったの。ニューヨークで勉強したこともあって、生産地の問題とか経済のために搾取されている途上国の人たちがいるとか、私がそれまでに目を向けていなかった世界に興味を持ったことがきっかけ。日本のNGOとかNPOって、全然お金が回らないんだよね。日本では、ボランティアって自己犠牲の元に成り立ってるって考えがちだったりして。東日本大震災前の日本は特にそうだったよね」

—— アメリカではボランティアってやりたくてやってるというか、何かを犠牲しているという意識はないよね。日本ではまだ自分の時間を削るとか、お金を損してるっていう感覚が大きいのかもしれないよね。

「そうそう。私はメディアで生きてきた人間だから、それを伝えたい、そこにスポットライトを当てたい、って思うようになったの。自分らしいビジネスでそれを実現させたいと思った。そこでコロンビア大学院で栄養学を学んだ親友と一緒に『世界にも良くて、体にも良くて、美容にも良くてっていうことやりたい』って、ハワイ旅行をしているときに夢を描いたのが始まり。それで突然、2人でクッキー屋さんやろうか!って」

—— それが、このクッキー。(クッキーいただきました!)

「このクッキー1缶の販売ごとに、NGOやNPOへの寄付を通じて、給食や本、お水などが途上国の子どもたちに届くという仕組みにしたの。クッキーの原材料はオーガニックやフェアトレードにこだわって、添加物ゼロ。このクッキーが、食・社会問題を伝えるメディアになってくれれば、という思いで。丸々1年かけて、150回くらいレシピを変え続けて完成させた超力作(笑)」

—— おお〜。自分がいいって思うモノが手に入るし、それが寄付にもつながるって、まさに自己犠牲を感じない仕組みだよね。その手に入るモノが寄付の景品みたいなものじゃなくて、オシャレなものだったり、健康的で良質な食べ物だったりするなら、なおさら欲しくなるもんね。

「そうね。自分も美味しくて身体にもよくて、それが誰かのためになる”win win”が最高かなと。やっぱり明るく楽しく社会にいいことができればいいよね」

—— 最近は日本でもオーガニックっていう言葉をよく聞くようになったけど、実際言葉のイメージが歩いてるだけで、その定義をしっかりわかっている人は意外と少ないような気がするんだけど…簡単に教えてもらってもよろしいでしょうか。

「えっ、簡単に!?(笑) たとえば農作物だと、禁止された農薬や化学肥料を使っていないことはもちろん、遺伝子組み換えの種苗は使わないとか。畜産物の場合は、飼料は有機農産物で、抗生物質を使わないとか。加工品では、食品添加物を使わないとか。結構細かいルールがあるのよね。日本ではファッション的、おしゃれ感のあるイメージが先行している気がするけれど、ものすごく深い問題。環境問題や労働問題にも繋がっているし」

—— オーガニックって聞いても「農薬使ってない」っていうくらいのイメージしかないけど、すごく細かいんだね。オーガニックならいいものだろうって無条件に思っちゃったり。

「そもそも、”オーガニック”や”有機”の商品と謳うには、日本だとJAS認証を取得していないといけないのね。それがブランドみたいになってしまっている部分もあるかもしれない。認証マークをもらうにはお金もかかるしプロセスも面倒臭い。それを疎ましく思って『うちはそんなマーク必要ない!』って認証を取得していない農家の方もいて、でもオーガニック野菜と同等のものだったりもするしね。その認証マークをつけることでコストもかかるから、販売価格も上げざるを得なかったり。本当はそのマークに頼らず、信頼できる作り手から買える環境があれば幸せなんだけどね」

—— サードウェーブコーヒーにつながったね。今はコーヒーも食べ物も「どこから来て、誰がどうやって作ったのか」っていうのをわかった上で食しましょう、っていう時代になって来たんだね。

「そうね! 私も自分のクッキーは材料も自分が納得したものを選んでるだけじゃなくて、その材料を作っている人たちも、社会にいいことをしている人たちを選ぶように心がけてるの。たとえば、このエスプレッソ味のクッキーで言うと、俳優のヒュー・ジャックマンがやっているニューヨークのコーヒー屋さんのものを使ってるの。そのお店はエチオピアのコーヒー農家をサポートしていて、オーガニックやフェアトレードにこだわっているの。そしてなんと利益は全部チャリティ活動に回している。すごいよね。そういう企業の商品を選ぶことは、世界をよくして行くことに繋がるのではないかと」

—— ヒュー・ジャックマンがコーヒー屋さんをやってたなんて知らなかった。 しかも利益は全部チャリティーに回すって、やっぱりあの人…男前!(笑) 他にもニューヨークでお気に入りだったカフェってある?

「そうなの、男前(笑)!いろんなカフェに行ったけど、Max Brennerがチョコレート工場みたいでカワイくって大好きだった! 最近は日本にもお店ができてるよね」

—— 確かにかわいいねー。今度行ってみる。ニューヨークで行く雰囲気とは違うかもしれないけど。

さて、今日は大変長くなっちゃいましたけど、まとめます(笑)。りさちゃんも今日ラジオで私に質問してくれたけど、これからサードウェーブコーヒーがどうフォースウェーブになっていくんだろう?ってよく話題になるけど、もしかしたらこうやって社会貢献とか利益搾取されない生産の形がベースの食べ物や飲み物が、今よりさらに流行っていくのかもしれないね。というか、流行っていってくれたらいいなと思う。

今日は中身の濃い話、本当にありがとう。ラジオでは話足りなかったから、こうやってゆっくり、大学院、コーヒー、そしてオーガニックの話ができて良かった。まだ2人の共通の趣味、サウナの話ができてないね。ご飯食べながら話そっか。

「こちらこそ、どうもありがとう。いくら時間があってもまだ話足りないね〜!じゃこれからご飯食べながら話しましょう(笑)」

というわけで、この後さらに5時間近く話続けることになりました(笑)。同年代の女性が自分の体験した出来事から、大きく舵切りをして新しいことに挑戦している姿を見るのはとっても刺激的でした。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。