「未完の自分は美しい。完成に向かう自分はもっと美しい」ー作家 ジョン・キム―

ジョン・キム氏は作家だ。ただし、ただの物書きではない。自身の生き方に基づいた力強い言葉で、読む人を鼓舞する作家だ。

輝かしいキャリアを振り返ることなく、自らの考える理想的な生活を実践しながら、執筆に没頭する氏が今、考えていることとは?
TABI LABO共同代表の久志尚太郎が話を伺った。

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001.
変化すること、挑戦すること、そのためにはイマジネーションが必要です

久志 TABI LABOでは「旅=探求し続けること」と位置づけています。インタビューに登場していただいている方も、パイオニア、イノベーター、ヴァンガードといったキーワードでくくられる方々なんです・・・。が、ジョンさんは物理的にも世界をまわっていらっしゃいます。
まずはご自身の旅の定義を教えてもらえますか?

KIM 日本と世界には人工的で恣意的な線引きがあります。国境と言い換えてもいいでしょう。旅に出るとはその国境を超えていくこと。そして境界を超えた瞬間、線引きが消えていく感覚を覚えます。
それは旅という物理的な移動だけでなく、精神的な意味でも同じです。世の中には国境以外にもさまざまな境界がありますが、それは自分の境界ではありません。僕は自分が体験したものだけが、自分の世界になると考えています。体験したり、挑戦したりすることで、境界が消えていき、どんどん世界が拡張されていくイメージですね。だから僕は、住んだことのないところに住み、会ったことのない人に会い、読んだことのない本を読みたい。好奇心を拡張し、日々の生活で実践していくことで、自らを深めている。旅もそのひとつですね。

久志 自分を広げていく感覚っていうのはすごくわかりますね。

KIM そもそも境界というのは、人間が文明によって作り出してきたもので、元々世界には境界は存在しなかった。従って、境界を超えることは、原点に戻ることだと思っています。

久志 ジョンさんは、自分を拡張させて、原点に戻ることをビジョンとしている?

KIM いえ。ビジョンもなく、目標もなく、計画もないですね。そういうのがない世界で生きていこうと思っています。自分の踏み出す一歩一歩が結果であり、途上に目的地があるという感覚です。
例えば、僕は今度イタリアにいきますが、行った後のスケジュールは真っ白なんです。まったく0。未来を今から築く必要はなくて、瞬間瞬間で完結させる。そういった生き方を通して、未来は自ずと切り拓かれていくんだと思います。

久志 長期的に考えたりはしないんですね。

KIM 昔、自分が未熟だった時、計画は長期的で、目標は明確でした。この大学に行って、こういうことを勉強して、こういう地位について・・・それは本当に未熟だったと思う。自分に自信がなく、未来に不安が大きかったんだと思います。
でも、今は計画は短期的で、目標は抽象的に考えています。ただ、判断基準だけはしっかりとあって、目標に至る道についてはとても柔軟に考えることができます。

久志 でも、長期的な計画を立てることも大事ですよね? とくに若い人にとっては、ビジョンも必要なのでは?

KIM そうですね。僕の話を聞いた若い人が、具体的な計画を立てることなく、目の前のものを満喫しようとしても、きっと人生はそんなに甘くないでしょうね。
自分も20代中盤まではやりたいことを我慢して、計画を達成するために生きてきました。その経験の蓄積と省察の歴史があるからこそ、今は抽象的な原理で生きていける能力を身につけています。変化を予測することはできないけれど、変化に出会った時に、その本質を見抜いて適応することはできる。ときに、変化の波を自分で起こすことも可能です。それができて、はじめて抽象的に超然と生きていける。
人生には段階があることを、若い人には伝えておきたいですね。

久志 僕はダーウィンの「変化に対応できる者だけが生き残る」といった言葉が大好きなんですが、まさにそこですね。ただ、変化に対応するというのは、とても難しい。それは怖いこともでもありますし・・・。

KIM 変化していくこと、挑戦していくことは、自身の未来の成長可能性を信じることだと捉えています。ただ、挑戦によって失われるものは、非常にリアリティがあります。挑戦する前に、はっきり目に見える。一方で得られるものは、まったくリアリティがありません。だからこそ挑戦に向かうためには、挑戦の先にあるものに対するイマジネーションや信念が必要なのです。
リアリティのないものを信じられるかどうかがポイントだと思います。

002.
論理的な思考だけでは、人と共感できない

久志 ここまで話を伺って、僕はジョンさんが情熱と理論のバランスがすごいなって。どっちかに寄るんじゃなくて、ちゃんと両立しているところが素晴らしいと感じました。

KIM もともと僕は社会科学を研究していたので、左脳的に考える癖があるんです。構造的、分析的、理論的に考えて、理屈をすべて通す。だからひとつの話や文章から、どんどん連鎖していくんですね。でも、人間は理論だけでなく動くわけでなく、感情的な部分もある。人との付き合いのなかでいくら理屈を通しても、本当に通じ合うためには、心から共感しないといけないと考えています。
だから、久志さんはそう感じてくれたんだと思います。

久志 左脳的な思考一辺倒から、感情的な部分の重要性に気づいたきっかけはあったんですか?

KIM ええ。311の後、2012年5月に『媚びない生き方』という本を書いたのですが、いろんな方から「この本が背中を推してくれた」とか「感謝しています」といった言葉をいただいたんですね。
なかでも、ある長距離トラックの運転手の方が「1冊は家に、1冊はトラックに置いていて、疲れた時にはサービスエリアで先生の本を読むと力が出ます」と言ってくださったんです。彼は経済的に厳しい生活を送っていて、家族もいて、そういったなかでも僕の本を読んで、感動してくれていると。それを聞いた時、20代、30代、自分の中にあった専門的な学問への盲信に対する反省があり、自分のミッションは人生哲学を追求することにあるんだと思うようになりました。

久志 とても感動的なお話ですね。突然ですがジョンさんに欠点ってあるんですか(笑)?

KIM それこそ芸術的な部分がまったくないと自分では思っています(笑)。でもよく考えると、それは頭が悪いとかセンスがないのではなく、これまで芸術に接する時間がなかったから。だからこそ、日常的に芸術に触れることができるパリやバルセロナに住もうと思ったのです。先ほどお話したように今、僕は左脳的な考え方が中心ですが、バランスよく右脳的な考え方もできる両脳型人間になりたいと思うので・・・今はまだ修行中ですよ(笑)。

久志 とても共感します。TABI LABOもメディアなので、数字を追っていくことが重要なのですが、一方でコンテンツには感情を乗せていくことも大事で、そのバランスには注意していきたいと考えています。

003.
いつか父親に「僕はがんばったよ」と伝えたい

久志 ここで時間を現在ではなく、過去に戻して、日本に来る前。ジョンさんがどんな子どもだったのかも興味が湧くところです。

KIM 父親は小学校の先生でしたが、僕が1歳の時に事故で亡くなりました。母親はビジネスをしていましたが、僕が小学校5年生の時、事業に失敗して、離れて暮らす生活になりました。そこからは、家には借金取りがくる毎日。彼らは暴れたりすることありませんでしたが、ずっと家にいて、酒を飲んで、タバコを吸っている。そんな環境で僕は父親が残した本を読んでいました。借金取りも本は持っていかなかったんですね。
そこで出会ったのがギリシャ・ローマ時代のセネカという人の本です。2000年前の人ですが、彼の魂が刻み込まれた文字を読むことで、彼と僕の遺伝子同士が融合して、あらたな命が生まれる感覚を持ちました。その時ですね、いつか自分が本を書いて、真っ暗な道を彷徨うある無力な少年の一歩先の足元を照らす灯りになれたら嬉しいなと思いました。

久志 今、ジョンさんは、まさに「照らす人」になっていると思いますが、そんな子ども時代から、どのように今のジョンさんが生まれたんしょう?

KIM 高校生までは与えられた役を演じるしかありませんでした。避けることのできない怪物のような不可抗力が自分の前に立ちふさがっていた。そこで誰も自分のことを知らない世界に身をおいて、まっさらな状態から、自分で脚本を書いて、真の意味での自分の人生を生きたいと思っていました。
転機は19歳の時です。日本への留学が決まり、その飛行機の中で、捨てたい自分となりたい自分を紙に書きました。日本なら自分のことを誰も知らない。なりたい自分を演じられるだろう、と。そして精一杯なりたい自分の演技をしたんです。これはアメリカの大学に行ったときもそうでした。そうやって環境を変える度に、自分を成長させることだけを考えました。

久志 どうして環境に負けなかったんでしょう。強かったから?

KIM いえ。僕が負けなかった理由は二つあります。ひとつは生きることに精一杯だったから。その日、その日を生きている。創造力はなく、ただただ脱皮したいと思っていたので、負けることもなかったんです。
もうひとつは、いつか自分があの世で父親に会った時に、恥ずかしくない人生を彼にプレゼントしたいという気持ちです。もちろん、実際には恥ずかしい失敗は数えきれない。でもせめて「僕はがんばったよ」って伝えたいと思っています。

久志 ジョンさんの深い考察や高い志の源が、なんとなくわかった気がします。

004
自分のなかにある強さのイメージ、
僕はそれに向かって進んでいる

久志 ジョンさんは一度病気で倒れたことがあると伺っているんですが、その経験も現在の考え方、生き方に影響していますか?

KIM 2012年9月です。朝起きたら、動けなくて、なんとなく脳から出血しているなと感じました。絶望的な気分でした。もう本も書けない、歩けない、日常が失われたと思いました。でも集中治療室で、ワイフが「大丈夫、何があってもずっとそばにいるから」と話してくれたんです。
それまでも、ワイフに対して愛を尽くしているつもりだったけれど、その言葉を聴いた時、自分が日常のなかでもっともっと愛してあげればよかったって後悔しました。日常のすばらしさは、決して当たり前なことではなく、自ら気付こうとしないと、喪失によって気付かされる、ということを痛感しました。

久志 でも、後遺症もなく、治癒された。

KIM ええ。今のように歩けて、お酒も飲めるようになったことで、もう一回命をもらったと思った時、これからはもっと自分が大切だと思うことをやろうという決意が固まりました。そして、あらためて自分にとって何が大切かを考えてみたら、二つのことが浮かび上がってきました。ひとつは、家族との時間。もうひとつは、自分の執筆活動です。それで、2013年の3月で大学を辞して、4月からパリへ。ふたつに没頭してみたら、すばらしい日常が待っていました

久志 愛する人からのメッセージが生き方を変えたんですね。僕も20歳の時に命に関わる大病をしたことと、22歳の時、仲良しのいとこに脳腫瘍が見つかり、寝たきりになってしまったことがあって、そこで生き方が変わった経験があるんです。

KIM だから一日一日を全力で生きるんですよ。僕にとっては311も大きくて、毎年3月11日は「我々が生きる今日という日は、亡くなった方々が夢見た明日である」という言葉を自分に言い聞かせています。自分の生きている今は、いろんな人の無念もある今、それを全力で生きないことは、すべての人に失礼だと思うんです。

久志 同感です。ただ、日常のなかでは、雑念が入ってきます。その感覚を忘れてしまいそうになる。僕はそんな時、瞑想をするんですが、何かしていることはありますか?

KIM 目に見える流儀はないんですが、24時間孤独でいたいっていうのはありますね。一人でいるってことじゃなくて、常に自分と向き合う時間っていうのは孤独だと思うんですね。そうして、自分内面を深めています。

久志 なるほど。きっとここまで読んでくれた読者は、ジョンさんを強い人だと感じると思います。そして、自分が強く生きたいとも。そこで、最後の質問なんですが、ジョンさんにとって強さってなんしょう?

KIM おだやかさ。強さも成長も、外部的な指標を満たしていくことではないと思います。お金や地位ではない。僕も過去には、誰よりもそれを追求した時代もあった。でも今は、精神性だって思っています。
内面を凪いだ海のような状態にして、それを拡張させ、深化させ、そして浄化させていく。それが強さのイメージ。自分のなかでそれに向かって進んでいるという意識を持てる日々にしたい。そうすれば、超然と生きることができる。そういう強さを持った生き方が僕の理想ですね。

ジョン・キム/John Kim

作家、韓国生まれ。日本に国費留学。米インディアナ大学マス・コミュニケーション博士課程単位取得退学。博士(総合政策学、中央大学)。英オックスフォード大学知的財産研究所客員上席研究員、米ハーバード大学インターネット社会研究所客員研究員、2004年から2013年まで、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構特任准教授&大学院政策・メディア研究科特任准教授。著書に『媚びない人生』(ダイヤモンド社)、『時間に支配されない人生』(幻冬舎)など。最新刊に『断言しよう、人生は変えられるのだ。』(サンマーク出版)。2013年からは、パリ、バルセロナに拠点を移し、執筆活動中心の生活を送っている。自ら主宰する社会人版キムゼミが人気を呼んでいる。公式HP:johnkim.jp

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