なぜ、「敵に塩を送る」ことが尊ばれるのか?

何気ない一日に思えるような日が、世界のどこかでは特別な記念日だったり、大切な一日だったりするものです。

それを知ることが、もしかしたら何かの役に立つかもしれない。何かを始めるきっかけを与えてくれるかもしれない……。

アナタの何気ない今日という一日に、新しい意味や価値を与えてくれる。そんな世界のどこかの「今日」を探訪してみませんか?

塩の日

ときは戦国時代。甲斐を中心に勢力を広めていた武田信玄と、北陸を支配した越後の雄・上杉謙信。「川中島の戦い」で矛先を交えた両武将の激突は有名な話。

その戦いのなかで、謙信が多年の宿敵に“塩”を送ったエピソードは、日本史を語るうえで欠かせない武勇伝のひとつです。

現在の山梨県にあたる甲斐の国は海に面しておらず、東海地方から塩を入手していた信玄。ところが、駿河侵攻(1568年)により東海地域を治めていた今川氏真との関係が悪化。氏真は関東の北条氏康らと結託し、武田領への塩の供給をストップさせてしまいます。

こうして「塩止め」にあった信玄に対し、手を差し伸べたのが交戦中だったライバル謙信でした。

争所不在米塩

「我公と争へども、争う所は弓箭(きゅうせん)に在りて、米塩(べいえん)に在らず」。我々の争いは武力での戦いであって、生活必需品の争いではない。

義を重んじる謙信は、塩止めに苦しんでいた甲斐の領民のため、商人たちに公正な価格で武田領に塩の販売を行ったんだそう。

謙信カッコ良すぎる。

敵の弱みにつけこむのではなく、逆にその苦境に救いの手を差し伸べる。いうまでもなく、「敵に塩を送る」ということわざは、この故事が転じてのもの。

で、くだんの塩が武田領に到着したのが1569年の今日。ここから、1月11日を「塩の日」と制定したそうですよ。

とかく、塩の摂りすぎは健康を害すとされる時代ですが、水と等しく人間の体に欠かすことのできない塩にまつわるアナザーストーリーでした。

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