【東京・三鷹】身体の可能性を探る、「ヘレン・ケラーに捧げる家」
JR中央線の武蔵境駅からバスで10分ほどの郊外に突如として現れる、色鮮やかな円筒と球体・立方体を組み合わせたアーティスティックな建築物。一見するとテーマパークや商業施設のように思えるが、実はれっきとした集合住宅。現代美術家にして建築家の荒川修作とマドリン・ギンズが手掛けた「三鷹天命反転住宅」だ。
全9戸の集合住宅の内外装には14色のビビッドなカラーリングが施され、どこの位置に立っても必ず6色以上が目に入るようになっている。
外観だけでなく、間取りも特徴的だ。リビングの中心にキッチンが据えられ、トイレとシャワールームは開放型。球体の部屋や天井に取り付けられたフック、傾斜や凸凹のついた床や天井まで伸びるポールなど、まるで建物全体がアスレチック場のような構成になっている。
大人の土踏まずと子どもの土踏まずの大きさに合わせて2種類の凸凹が施された床は、様々な石が洗い出しされており、裸足で歩くと足裏から色々な感触が伝わってくる。キッチンやバスルーム、それぞれの部屋ごとに異なる素材の床材が使われており、この部屋を歩くだけでも不思議で刺激的な体験を覚える。
収納は天井のフックから下げておこなう。荷物に頭をぶつけないように生活するためには、いつも自分の周囲にも気を配らなくてはいけない。
畳の部屋で寝るのか、それともハンモックで寝るのか。この住宅に住み続けるには、トライ&エラーを繰り返しながら自分にとって心地よい暮らしを考察する必要がある。住宅が住み手の身体へと訴えかけ、住み手の身体が主役になる家。
それが三鷹天命反転住宅だ。
三鷹天命反転住宅の敷地内に入るためには、事前予約制のたてもの見学会かショートステイプログラムを利用する必要がある。
ちょうどこの日は短期滞在用の部屋を使って『建築する身体の見学会』と題したワークショップが開催されていた。参加者はひととおり建築のコンセプトについて説明を受けたあと、目隠しをして住宅のなかを歩きまわる。はじめは恐る恐る歩いていた参加者も、僅か15分ほどの間に自分が部屋のどこにいるかや周りに人がいるかどうか、目隠しをしたままでも把握できるようになっていた。視覚を制限することでその他の感覚が鋭敏になり、手触りや音や傾きなどから自分の居る場所を判断するようになったのだ。
三鷹天命反転住宅にはIn Memory of Helen Keller(ヘレンケラーのために)と献辞が捧げられているが、まさしくヘレンケラーの感覚を追体験しているような、不思議なワークショップだった。
この住宅には、さまざまな身体能力の違いを越えて、住む人それぞれに合った使用方法があり、3歳の子どもが大人より使いこなせる場所もあれば、70歳以上の大人にしかできない動きもある。言わば、ひとりひとりがヘレン・ケラーのようになれる可能性を秘めているのだ。
与えられた環境・条件を当たり前と思わずに少しのあいだ過ごしてみるだけで、今まで不可能と思われていたことが可能になるかもしれない。それこそが荒川修作とマドリン・ギンズが伝えたかったことだ。