禁止されるほどやりたくなってしまう・・・「カリギュラ効果」って?

禁止されるほどやりたくなる心理効果「カリギュラ効果」。まさにそれがコンセプトとなったAmazonプライム・ビデオのオリジナルコンテンツが東野幸治と今田耕司がMCを務める『カリギュラ』だ。

コンプライアンス的にNGマニアック過ぎて視聴率が見込めないなどの理由から地上波放送では一度闇に葬り去られた企画を蘇らせようというこのコンテンツ。ややもすると、「覗き見」的な興味ばかりを追い求めたもの、と捉えられるかもしれない。

確かにそういった一面もある。しかし、バラエティでありながら、リアルさを追求したドキュメンタリーの要素、ところどころ垣間見える人間のもろさや温かみなど、じつは学びや気づきを得られる内容だったりする。たとえば…

日常では見られない、
いろんな意味で生々しすぎる現場
「東野、鹿を狩る」

プロの猟師VSテレビスタッフ
意識の違いから漂う緊張感

かねてから「自分が食べるものを自分で調達してみたい」との願望を持っていた東野が、自らの生きる手段として日常的に狩猟を行うサバイバル登山家・服部文祥に弟子入り。服部氏が拠点のひとつとする北海道・占冠村にてロケを敢行。

この企画いちばんの見どころは、射止めた鹿の血を抜き解体する一部始終、見る人によっては正視できないかもしれない圧倒的な現場の迫力にある。

一方で、どこまで本気なのか窺い知れない東野含むテレビスタッフと服部との間に漂う不穏な空気、緊迫したやり取りからも目が離せない。いろんな意味で生々しいコンテンツなのである。

狩猟のプロを怒らせた東野の行動

猟銃免許を持っていない東野だが、雰囲気だけでも味わおうとレプリカの猟銃を持ち込んだ。しかし、それをバラエティの悪ノリと感じた服部に「たとえレプリカでも銃口を人に向けるな」と強く注意される。

いい画を撮りたい一心でドローンを飛ばすスタッフ、体力のなさから息遣いが荒くなる東野…狩猟への想いが強いとは言え、アマチュアである。命のやり取りをする覚悟が圧倒的に足りていない。その甘さに、観ているこちらがハラハラさせられる。

射程圏内に入った鹿が人の気配を感じ取って逃げてしまったシーンでは、ついに服部氏が激怒するに至り、同時に東野の顔からは次第に笑みが消えていくのである。

「いのちをいただく」というリアル

「殺生に負い目を感じてないわけではない」と服部は言う。それでも狩猟を続けるのは、自分が生きるためであり、殺すことでいのちを大切にできるからだそう。

大量の血液が流れ出し、皮が剥がれ、臓器が溢れ出す光景には、普段の我々が誰かに任せきりで目にすることのない「いのちをいただく」という行為の真実が、圧倒的な説得力をもって迫ってくるのである。

騙される?騙されない?
「うちの親は大丈夫!
母ちゃん、オレオレ詐欺選手権」

犯罪スレスレ。オレオレ詐欺の現場を完全再現

ニュースでは見慣れすぎた感のある「オレオレ詐欺」。なぜ他人の声を聞き分けられないのか、なぜあんなものに引っかかるのか。被害者がどのように罠にはまっていくのか。そのプロセスを見たことがある人はいないだろう。このコンテンツはそれをやってのけた。まさに犯罪スレスレである。

専門家の特別訓練を受けたニセ詐欺グループ「劇団オレオレ」が、電話口に弁護士や警察官など複数の人物が出てくるという実際に使われている手口で、チャレンジャーである芸人の母親にオレオレ詐欺を仕掛けていく。そのリアルさは、万が一に備えてターゲットとなる芸人の実家付近で撮影が行われていることからも伺いしれる。

「うちの母親は大丈夫」。最初は自信満々だった芸人の顔は刻一刻と曇っていく。

詐欺が成立する要因は、子を守りたい母親のある種の「強さ」

過去オレオレ詐欺に引っかかった経験があるというジャングルポケット・太田博久の母親も、最初はオレオレ詐欺を疑っていたとろサーモン・久保田和靖の母親も、電話の相手が変わるたびに声色が暗くなる。

客観視しているこちらとしては、劇団の演技にツッコミどころをいくつも見出せるかもしれない。しかし、母親という立場だとそうはいかない。「子どもを守らなければ」という想いが強くなるにしたがって、正しい判断ができなくなっていく。そして「お金で解決できるなら」と示談の申し出を承認してしまう。

この、一見おふざけが過ぎるコンテンツではそんなリアルな瞬間を克明に映し出している。

現場を知ることは抑止力となり得る

一口に「オレオレ詐欺」と言っても、実にさまざまなパターンが存在する。「痴漢でつかまってしまった」「不倫がバレた」「スパイの疑いをかけられて拘束されている」…そんなシチュエーションまで用意されているとは思いもよらない。

悲しいかな、「オレオレ詐欺」による1件あたりの数十万、数百万の被害額は、日々流れるニュースで取り上げるには小さすぎて、そんな現場の詳細を伝えてはくれない。

たとえただ楽しみたい一心だったとしても、視聴した人は現場を知る。知識を得る。小さな一歩かもしれないが、このコンテンツはオレオレ詐欺の抑止力となる可能性を秘めているのだ。