人間と機械との終わりなき戦いは、ここから始まった…

何気ない一日に思えるような日が、世界のどこかでは特別な記念日だったり、大切な一日だったりするものです。

それを知ることが、もしかしたら何かの役に立つかもしれない。何かを始めるきっかけを与えてくれるかもしれない……。

アナタの何気ない今日という一日に、新しい意味や価値を与えてくれる。そんな世界のどこかの「今日」を探訪してみませんか?

そろばんが計算機に勝利した日

みなさん、計算はどこでしてますか?

簡単な計算なら暗算で済みますが、スマホ、PCあたりが一般的でしょうか。電子計算機って人もいるかもしれません。じゃあ「そろばん」は?

今日11月11日は、そろばんに関する記念日。

そろばんの起源は諸説ありますが、メソポタミアでは砂の上に線を引き、そこに石を置いて計算を行っていた「砂そろばん」の痕跡もあるほど、古くから人類の計算のすぐそばにそろばんがあったようです。

で、日本のそろばんは少なくとも風土記の頃には中国から伝わったとされているため、奈良時代初期にはすでに存在していたことがうかがえます。

今でも「学習指導要領」には、そろばんの学習があったりするんですが、さすがに今日において日常でそろばんが登場する機会は、ほぼなくなりましたよね。

さて、そんなそろばんに取って変わる存在として登場したのが計算機なわけですが、人間と機械の知恵比べが、75年前の今日、東京・日比谷で開催されていました。

そろばん vs 電動計算機
絶対に負けられない戦い

ときは1946年11月11日、戦後接収されていた東京宝塚劇場(当時はアーニー・バイル劇場)に大観衆が詰め掛けるなか、そろばんと「電動機械式計算機」による計算勝負が行われました。

指と器機の一騎打ち。そろばんの名人として登場したのは、逓信省東京貯金局に勤めていた松崎喜義さん。かたや電動計算機を操るのは、予選を勝ち抜いて選ばれたGHQ財務部門のトーマス・ウッド二等兵。

試合は四則演算(足し算、引き算、掛け算、割り算)のスピードと正確さが競われ、四則をすべて組み合わせた難問も出題されました。結果は4対1でそろばん(松崎さん)の勝利!

ちなみに電動計算機とは、電子式計算機(電卓)が登場する以前まで活躍していた機械式計算機で、クランクを手で回す操作をモーター駆動にしたもので、タイプライターや初期のワープロのような形状をした、かなり大きなものだったようです。

電卓やコンピューターが広く一般家庭に浸透するまで、日本でも普及していた機械式計算機。今では博物館で実物を見るくらいでしょうかね。

ところで、カシオ計算機の創業メンバーで樫尾四兄弟の樫尾俊雄氏(次男)もこの勝負を生で観ていたひとり。計算機の必要性を肌で感じ、のちの本格的なデジタル計算機の開発と発展を経て、いつしか“計算機といえばカシオ”の歴史をつくりあげていったことを思うと、この計算勝負のインパクトは決して小さなものではなかったのでしょう。

Top image: © iStock.com/ArisSu
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