映画監督・紀里谷和明は語る「30代は洗脳を解き、死んでもいいと思うことを一生懸命せよ」

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『CASSHERN』『GOEMON』の紀里谷和明監督が完成させた5年ぶりの新作映画『ラスト・ナイツ』が、11月14日(土)より全国公開される。

紀里谷氏が処女作『CASSHERN』を撮影したのは34歳のとき。映画を撮りたいと思い始めたのが30代前半と、決して早くはない監督デビューだった紀里谷氏は、いかに30代を過ごしたのか。また、どう生きるべきと考えているのか。

31歳を迎えたTABI LABO代表の久志尚太郎が話を聞いた。映画の公開に合わせ、2回に分けて公開していく。

紀里谷 和明

1968年熊本県生まれ。83年15歳で渡米、マサチューセッツ州ケンブリッジ高校卒業後、パーソンズ大学にて環境デザインを学ぶ。94年写真家としてニューヨークを拠点に活動を開始。数々のアーティストのジャケット撮影やミュージックビデオ、CMの制作を手がける。2004年、映画『CASSHERN』で監督デビュー。2009年には映画『GOEMON』を発表。著書に小説『トラとカラスと絢子の夢』(幻冬舎)がある。2014年4月よりメルマガ「PASSENGER」発行。最新作のハリウッド映画『ラスト・ナイツ』は2015年11月14日(土)より全国公開。

公式メディア:http://passenger.co.jp/

久志 尚太郎

TABI LABO CEO
中学卒業後、単身渡米。16歳で高校を卒業後、起業。911テロを経験し、アメリカ大陸放浪後日本に帰国。帰国後は外資系金融企業や米軍基地のITプロジェクトにエンジニアとして参画。
19歳でDELL株式会社に入社後、20歳で法人営業部のトップセールスマンに。
21歳から23歳までの2年間は同社を退職し、世界25カ国のクリエイティブコミュニティをまわる。復職後、25歳で最年少ビジネスマネージャーに就任。同社退職後、ソーシャルアントレプレナーとして九州宮崎県でソーシャルビジネスに従事。2013年より東京に拠点を移し、2014年2月22日にTABI LABOをロンチ。TABI LABOは月間900万以上の読者に読まれるメディアに成長。

迷いも悩みもなかった
30代の紀里谷和明

久志 先日僕は31歳になったのですが、今47歳の紀里谷さんは30代をどのように過ごしたのでしょうか。30代で、人生の節目に立たされている人って多いと思うんですね。

紀里谷 20代では辛いことが多かったのですが、30代はイケイケの時代でしたね(笑)。ファッション誌でカメラマンとして働いたり、プロモーションビデオなどを作ったりして、仕事も順調でしたし、よく遊んでいました。

久志 30代では遊ぶべきだと思いますか?

紀里谷 「べき」と思うことは、今は何一つないんですよね。私の場合はたまたま仕事もあってお金も入ってきて、遊ぶようになったというだけです。ハチャメチャな時代でした。(笑)

久志 では、どうしてそうイケイケになれたのでしょうか。イケイケになったほうがいいかどうか、と疑問もありますが、そこに行き着きたくて悩んだり迷ったりしている人は多いと思います。

紀里谷 私の場合は、30代前半では迷いや悩みはありませんでした。30代後半くらいからは生まれてきましたけれど。まず30代前半で映画を撮りたいと思い始めて、2002年、34歳くらいのときに映画『CASSHERN』を撮り始めました。劇場公開されたのが2004年のとき。何も迷いはありませんでしたね。

久志 カメラマンから映画監督という鮮やかなキャリアの転身を遂げたわけですが、そこで不安や迷いはなかったのですね。

紀里谷 「キャリアの転身」という風には思っていませんでした。それは周りの人が客観的に見ていうこと。私は単に映画を作りたかったから作ったという感覚です。周囲の人の抵抗は感じましたが、周囲の人は何か新しいことを始めようとする人に対して、常にあれこれいうものです。そんなものはどうでもいいと思ったので、やりたいことをやろうと思いました。

「やりたいことをやる」
という姿勢を教えてくれた
父親の姿

久志 「やりたいことをやりたい」と思っていても、なかなかできない人が多いと思います。紀里谷さんはなぜそれができたのでしょうか。子供の頃からそうしてきたのですか。

紀里谷 子供の頃からずっとそうでしたね。それは父親の影響が大きかったと思います。父はパチンコ店を経営する企業をやっているのですが、「パチンコ業界」というものすらなかった時代に、高校に行きながら最先端の取り組みをしていたのです。レベルは違いますが、HONDAやSONYなどと同じように、良いと思ったら受け入れ、とにかく改良、改良を重ねておもしろいパチンコができるようにしていました。業界の慣習がない中で、父親がそうやって働いてきたのをずっと間近で見ていて、それが当たり前だと思っていました。だから「おもしろそうだな。やりたいな」と思うことはやってしまうタイプだったんです。

たとえば中学校のときにはこんなことがありました。全校が取り組む合唱コンクールがあり、ピアノ伴奏に合わせて合唱をするのです。伴奏はだいたいいつも決まった人が弾くことになるのですが、急にそれではつまらないと思ってしまったんです。そこで、ピアノ伴奏が誰かを決めるときに、「俺がやる!」って立候補してしまいました。当時の私は、けんかばかりしているただのやんちゃ坊主。みんな「えー、弾けるの?」とか騒いでいて。もちろんピアノは弾いたことがないので、家に帰って「俺、ピアノの練習をしなくちゃいけないから、レッスンに通わせてくれ」と母親に頼みました。合唱コンクールという期日があるので必死に練習しましたよ。そして、わりと難しい曲だったのですが、けっきょく弾けるようになったんです。周囲は驚いてましたよ。父親もたまたま自分がピアノを練習しているのを知って、「お前、ピアノ弾けるの? だったらピアノを買ってやるよ」と買ってくれました。

「できない」という発想がない

久志 では、それと同じノリで「映画を撮る!」と決めちゃったのですね。

紀里谷 そうですね。だから最初から「できない」という発想がないんですよね。「できる」と感じているんです。

久志 それは、かなり大事なことですよね。自分の可能性を制限しているのは自分だという話ですね。よく聞く話ですが、制限を取っ払うことができる人とできない人がいます。紀里谷さんはどのように制限を取っ払っているのでしょう。

紀里谷 制限を取っ払っているというよりも、最初から単純に、できないイメージがないのです。周りの人から「できない」と言われても、できないわけがない、できるものだと思っています。信じ込むというわけでもなく、できるとしか思わなかったのです。プロモーションビデオ作りや映画を作るのは始めればとても大変です。プレッシャーもありますし。そして1年でできると思ったことが数年かかってしまうこともある。ただ、期日を決めてやることに対して、できないと思ったことはないし、できると思ってやっているからできてしまうんですよね。ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』という本もありましたけれど、完全に想像できることはできるんですよ。

久志 ぼくも、そういうものだと思います。邪念があったり、本当はできないと思っていたりするとできないのですけれど。では、できそうだと完全に思えることに向き合っていけばいいのでしょうか。

紀里谷 いや、そうやって方向付けする必要もないでしょう。方向付けする時点で無理が出てきますから。そうではなくて、ストンと「そう思ってしまっている」というのが鍵なのかもしれません。人間一人一人の能力に、そう大きな違いはないと思います。それなのにイチローさんがなぜあのように活躍できるか。それは完璧にイメージをして、行動しているからではないでしょうか。

迷いの根底にあるのは
「恐怖」である

久志 多くの30代が迷い、岐路に立つのは、どんどん自分ができることへの疑いが大きくなってきたり、「こうしなくてはいけない」ということが増えてきたりするからかもしれないですね。

紀里谷 その根底には、何があるのでしょうか。それはやはり「恐怖」なのだと思います。

久志 紀里谷さんがTABI LABOの過去のインタビューでも繰り返しおっしゃっていることにつながりますね。「これをしなくては、周りの人に愛されない」という「恐怖」でしたね。ということは、「こうしなくてはいけない」というのも持たなくていいということになりますね。ただ、理解はできるのですが、なかなかそこまで達観できない人がほとんどだと思うのです。

紀里谷 私も30代後半では同じように「恐怖」を感じて悩みました。『CASSHERN』が成功して、アメリカですぐに次の作品を撮ろうと思ったんですが、いろいろな理由が重なり撮れませんでした。けれど私はどこかで、40代はきっとそういう時期になるのだろうなとも思っていたんです。そうしたら、本当に悪くなっていったんですね。

久志 それもある意味、思考が現実化していったということですね。

不調期にこそ
違う視点を持てる

紀里谷 30代後半から40代の前半にかけては人生の不調期でした。しかしながら、そこには大きな気づきがありました。自分は何を求めているのかということを考えざるを得なくなってきたのです。

よくよく考えてみると、自分が「うまくいかない、うまくいかない」と思っていたことは極めて物質的な、社会的成功に対してのものだけだ、とわかりました。そこから方向転換が始まって、必要ではないものは必要でないと思えるようになったわけです。

好調期だけだと学習できなくて、不調期があるから違う観点が持てる。そういうことなのかもしれませんね。

久志 好調期と不調期の振れ幅が人生の軸を作るのかもしれませんね。人生に波があるのは当然のこと。でも好調期にいる時は、不調期に入りたくないからもがいて苦しみます。しかし、不調期を当然あるものだと引き受けて、そこで自分に向き合っていうと、人として軸が生まれてくるだろうと、紀里谷さんのお話をお聞きして思いました。

紀里谷 ありとあらゆる人の人生が山あり谷あり、なのですよね。映画の中でも主人公の人生はアップダウンをする。しなくちゃつまらないというのもあるし。ずっといい調子の人を見てもつまらないですよ。

久志 アップダウンがあるから、人生はおもしろいということですね。ただ、不調期にいるときには、それがずっと続くような気がしてしまいます。紀里谷さんは、不調期を抜ける時はどんな風に感じましたか。どうやって脱出したのですか。

紀里谷 私の場合は、自分で脱出したと言うよりも、ある日霧が晴れたような、川の流れが変わっていたことに気づいたというような感覚です。実際は、もっと前から変わっていたのかもしれませんし。

「好調期」が、
本当に良い時なのか
分からない

紀里谷 ただ、本当に「好調期」が良いのかというと、それはわからないなと思っています。私も今振り返って「好調期」だと思っていた30代前半が本当に良い時期だったかと考えると、違うなと思いますから。自分が30代前半のとき、お金も仕事もあって「いぇーい、俺、イケてる!」と思っていましたが、今考えてみると全くイケてなかったですし(笑)。

久志 具体的に何がイケてなかったのですか(笑)?

紀里谷 良い車に乗って、良い服を来て、良い食事をして。それは、そういうことをできない自分自身をダメだと思う価値観があったわけです。その価値観自体が間違っていたんですよね。そんなことをしても幸せになれていなかったですし。何かを隠そうとしていたのですよね。

久志 それと同じことが、今悩んでいる30代には言えるのかもしれませんね。給与も増えて、外車もマンションも買った。きれいな奥さんもいる。でも空虚な気持ちを抱えている人、迷っている人は多そうです。迷っているときは、自分を見つめるチャンスなのかもしれませんね。

比較という洗脳を受け
比較によって不幸になっていく

紀里谷 私たちは「比較」という洗脳を受けてしまっていると思います。以前にも話しましたが、まだ何もわかっていない子供の時点では、どんな服を着ようが、自分の容姿がどうだろうが気にしない。ただ、ある日気付くんです。「きみは背が高いね」「太っているね」「きみの服はすてきだね」と言われ続けることで、背が高いことや痩せていること、きれいな服を来ていることが「いいこと」なのだということに。

勉強も、最初は勉強という概念すらなかったのに、勉強をし始めたら、親が「今回は100点じゃなかったね」などと言う。そうすると、100点取れないと愛してもらえないのかなと思いこんでしまう。比較があるゆえに「こうあらねば」という姿が生まれ、あるべき姿に近づかないと人に愛されないという恐怖が生まれるんです。

ただ、そうやって比較しながら生きていくのは不幸ですよね。例えば、ある孤島で生まれた子が、外界を見ず、何の娯楽もないところで教育も受けずに過ごしたとします。外から見れば、他の世界と比較して「教育も受けられず、娯楽もない。かわいそう」などと思ってしまいますし、その子自身が外の世界に出て、何かを好きになり、でも元の場所に戻らなければならなくなったら、その孤島は地獄かもしれません。しかし、外との比較をしていない、孤島で生きるその子は、果たして本当に不幸なのか。

野生動物であればそっとしておこうという話になるのに、こと人間に関しては、これをしなければならない、あれをしなければならないと、こうならなければいけないということが延々と続いてしまいます。

久志 考えてみれば、人間社会には、「こうあらねばならない」と恐怖を植え付ける仕組みにあふれていますね。まずは「比較」から解放されることが重要ですね。どうしたら「比較」から解放されるのでしょうか。

死んでもいいと
思えることをやる

紀里谷 「明日死んでもいい」ということを肯定できれば、恐怖を生み出す比較の洗脳を解くことができるのではないでしょうか。死んでもいいと思えれば、怖いものなどありません。

久志 30代に贈る言葉は「『死んでもいい』と思えるか」だということですね。

紀里谷 そうですね。私はカメラマンを始めて少ししたときに「餓え死にしろ」と言われたことがあります。

カメラマンを始めたばかりのときは、純粋に美しいイメージが作れればいいという感覚でやっていたのですが、あるときこれでお金を稼いで食べていかなくてはならない、自分の力をお金に変換しなくてはならないと思ったんです。そこから業界を見渡して、こういう写真がお金になるのかと思ってモノクロ写真を撮ってみたり、白背景のものばかり撮ってみたり、と流行りを追いかけ始めて。軸がぶれて全然うまくいかなくなっていったのです。

そんなとき、ある監督から写真の仕事をいただきました。それで「どういう写真がほしいのか」と質問しました。すると自分の好きな写真を撮れと言われたのです。そこで「そんなことをやっていたら食っていけないんじゃないですか」と反論したら、「好きな写真のために餓え死にすればいいじゃない」って言ってくれたんです。その言葉がストンと腑に落ちて、「死にましょう」と思えるようになりました。

目的がお金にすり変わる

久志 お金のために、何かのために何かをするというのは、すごく苦しいことですね。レベルは違いますけど、ぼくにも同じような経験があります。ぼくはディジュリドゥという楽器を吹くのですが、その楽器を吹きながら旅行をしていたときに、ストリートミュージシャンをやってみたのです。ストリートミュージシャンって楽しいし、稼げるんです。

最初の頃は、何十人と囲んで演奏を聞いてくれるのが純粋に楽しかったんです。でも、あるときから急に苦しくなってしまいました。日銭を稼ごうとしている自分に気づいたんですよね。もともとお金儲けのために始めたわけではないストリートミュージシャンだったのに、知らぬ間に目的がお金にすり替わっていたんです。その時点で、音楽が地獄に変わっていました。

紀里谷 カメラマンでも映画監督でも、最初のきっかけは純粋にそれがやりたいから始めるんですよね。しかし、次第に多くの人が食べていくために、やりたいことをやめて、お金を作ることを目的にしてしまう。お金を作ることが目的だったら、もっと効率的な方法はたくさんあるんですけれどね。

久志 ただ、多くの30代にとってお金から解放されることってなかなかないですよね。生活を維持するためにお金は必要ですから。

紀里谷 そこなんです。その「生活」というものが何を指すのかを、もっと突き詰めて考えてみると、それは往々にして、本当に生きていくための最低限の生活ではなく、「周りの人からこう見られたい」という生活なんですよね。つまり、生活を維持したいという気持ちの根底には、「こうあらねば」という自分の姿との比較があり、「あるべき姿と違う私だと、周りに愛されないかもしれない」という恐怖があるのだと思います。

洗脳を解くには、
「良いもの」を知る
必要がある

紀里谷 「足るを知る」という言葉もありますよね。「Enough is as good as a feast(満足ならば、ごちそう)」という英語の諺もあります。10万円のフレンチを食べながら「おれはあそこで20万円のものを食べた」「いやいや、おれはあそこでもっといいものを食べた」と言い合っている人と、近くの定食屋でおばちゃんが作ってくれたおにぎりを食べて満足感を味わっている人と、どちらが幸せでしょうか。必ずしも前者が幸せだとは限らないですよね。

久志 ただ、そういう話が出ると、聞かれるのは「10万円のフレンチを知っているから、定食屋のおばちゃんのおにぎりにも価値があるとわかるのではないか」ということですよね。

紀里谷 私の父親は、贅沢品を持つこと、味わうことで人間の価値が上がるという「洗脳」をあまり受けていません。もともと物がなかった時代に生きてきましたしね。ですから、10万円のフレンチよりも、近くの回転寿司屋で十分幸せを感じられます。一方、私たちは贅沢品を持ったり味わったりすることがかっこいいし、それを持っていないとかっこ悪いという洗脳をされてしまっています。だから、贅沢品を確認して、その洗脳が嘘だったと確認しないと、洗脳を解くことは難しいのかもしれません。要は、洗脳がなければよかっただけなんですけれどね。

今、国立競技場で2500億円の予算をかけようとしています(インタビューは2015年7月1日。)いろいろな考え方がありますが、なぜそういう物を作ろうと思ったかを考えると、そこには日本という国のコンプレックスが透けて見える気がします。「華々しい建物を作らなければ。アジアの成長に対して、日本の力を見せつけなければ」と、今ある日本がかっこ悪いということを前提として行動しているように思えます。

恐怖を植えつけない教育を

久志 ヨーロッパでは、古くから続いているものが素晴らしいという文化がありますよね。

紀里谷 うーん、ただ、それを作らせた当時はコンプレックスの裏返しで壮大なもの、きれいなものを作らせていますからね。ルイ14世は晩餐会を公開して見学できるようにしていましたし。ヨーロッパでも中国でも、ありとあらゆる場所で同じようなことが起こっていると思いますよ。

久志 となると、ものの見方を変えていく必要がありますね。

しかし、大人たちは恐怖に洗脳されてしまっていて、そこから逃れられません。まるでカルマのように、次から次へと「ひとかどの人間になれ」と教育してしまいます。

紀里谷 そこを変えていかないとならないでしょうね。資源が有限である以上、みんなが「もっともっと」と求めていくことはできません。しかも、それは不幸への道です。子供の時からコンプレックスというものが必要でないと言い続け、子供が比較を始める段階で、「比較を始めると、お前も比較されるよ」ということを教えなくてはいけないのではないでしょうか。親が子供に、「何をしようと、何もしなかろうと、私はあなたを愛している」と、安心させなければならないと思います。

7歳くらいまでに人格が形成されるといいますが、そのくらいのときに植えつけられてしまった恐怖は大きな影響をもたらします。私の父親は7歳ぐらいの段階で戦争によって「食べ物がない」という恐怖を植えつけられてしまいました。だから未だに、提供されたものは、たとえどんなにおなかがいっぱいでも全部食べてしまいます。それと同じで、7歳くらいまでに満たされない思いを与えてしまうと、一生「足りない、足りない」と思ってしまうのではないでしょうか。

テクノロジーの力で
人に安心感を与えられたら

久志 子供のときに「ひとかどの人間になりなさい」と教育することで、「ひとかどに人間にならなければ、愛されないのかもしれない」と恐怖心を植え込んでしまう。そしてその恐怖がコンプレックスを植え付け、人々を過剰な行動に駆り立ててしまう……。一理ありますね。では、教育の変更でしか、私たちは救われないのでしょうか。

紀里谷 教育の変更と同時に、希望的な観測ですが、テクノロジーの力を使って「十分である」という安心感を全人類にもたらせられたら、と思っています。

久志 その「テクノロジー」というのは、どういうものですか?

紀里谷 60年代にバックミンスター・フラーという人がいて、その人は生涯を通じて人類の生存を持続可能にするための方法を考え続け、様々な発明をしました。また、構造力学者・工業デザイナーのジャック・フレスコが、現在ヴィーナス・プロジェクトというものを提唱し、再生可能エネルギーの拡大や、産業の完全自動化による生産増大の方法などを主張しています。「十分であると安心させるために、テクノロジーを駆使していく」という発想でいろいろと研究が進められているのです。

食料、エネルギー、水、労働力……、ありとあらゆるものへの「足りない」という恐怖は、様々な問題を引き起こします。そこに、例えば非常に効率の良い代替エネルギーが発明されて、限りなく無料に近い形で供給されれば、石油をめぐる戦争はなくなりますよね。同様にレアメタル。テクノロジーの進化によってレアメタルを必要せずに様々なものが作られるようになれば、レアメタルをめぐる戦争もなくなります。

ソイレントという、人口増加に伴う世界的な食料不足を解決するために作られた製品もできていますが、テクノロジーの力を使って砂漠であろうとどこであろうと水と食料が作れるようになれば、飢餓への恐怖に起因する戦争もなくなります。

最低限の必要を充たし
その上で整えるべきが
マインドセットである

久志 それは紀里谷さんのいう、物質的な豊かさを満たすということではないのですか? 精神的な安心というよりも、物質的な安心のように感じます。

紀里谷 いえ、これは繋がっているのです。2つの層があると考えてください。たとえば、お金を例に挙げてみましょう。多くの研究結果でも実装されていますが、年収50万円の人と、年収500万円の人を比べると、その幸福値の差は非常に大きい。当たり前ですよね。食べていけないかもしれないのは困りますから。しかし、500万円の人と、5000万円の人とではその差は格段に小さくなります。そして、5000万円の人と5億円の人との差では、ほとんどないに等しいほどです。

それなのに、なぜ5000万円の人は年収5億円にならなくては、と思ってしまうのでしょうか。そのときに出てくるのが「だって、食べていけないですよ」という発言。恐怖心の表れとしか思えないですよね。

実際問題として食べていけないのであれば、それは解決しなくてはいけません。でも、テクノロジーの進化によって、子供の頃から死ぬまでの間、豪華ではないけれども確実に食事があって水があって、エネルギーが保証されているという世界が実現できたら、あとはマインドセットの問題です。

こういう世界観は共産主義的で、多くの共産主義国が失敗してきたのは事実です。しかし、共産主義国がなぜ破綻したかというと、それは有限な資源を全員に行き渡らせることができなかったからでしょう。思想は間違っていなかったけれど、テクノロジーが追いつかなかったということではないでしょうか。

久志 おもしろいですね。ある一定の幸福値になるまではテクノロジーによって、必要な部分の供給を満たす。その上で、恐怖を煽らない教育によってマインドセットを変えていくということですね。現代における多くの物質的な欲求はコンプレックスからきているから、上限がない。でも本当はある一定のレベルに達すれば満足できるはずなのですよね。

今、世の中で示されている模範って、突き抜けた、非常に裕福な人たちや、贅沢な住居などでしか示されないですよね。そうではない形で、「こういう暮らしで、こういう人が今の世の中的に幸福値が高い」と周知する必要があるなと思います。

紀里谷 北欧は、そういう方向に向かっていますね。江戸時代の江戸っ子も、同じように「足るを知って」いたのだと思います。「今は長屋に住んでいるけれど、いずれは城に住んでやる」と思っていた人は少ないでしょう。

久志 だから江戸時代は続いたし、文化は花開き、クリエイティビティが生まれたのですね。

紀里谷 鎖国ゆえに、多大なるエコシステムを作って、完全に自給自足でやってきたのですよね。そこに黒船が来て、「海外にはこんなにすごいテクノロジーを持っているやつらがいる。開国しなくてはやられてしまう、追いつかなくちゃ」と恐怖を持ってしまったのです。それで明治維新が起こったわけですが、明治時代の人々は西洋に対するコンプレックスの塊だったのですよね。そこで富国強兵というスローガンを掲げて、挙げ句の果てに起こったのが太平洋戦争です。

太平洋戦争で大敗してぼろぼろになって、そこから、文字通り「食べていくために」頑張ってきたのが高度成長期だという認識を私は持っています。食べていけるだけの水準になるまでは、必要を満たすための純粋な行動で、コンプレックスなんてかまってはいられなかったはずです。ただ、その後にバブルが起こったあたりで、ラインを超えたのでしょう。食べるためにやってきたことが、フェラーリを乗るためにやることにすり替わってしまったのです。「必要十分ライン」を考えなかったのですよね。

途上国ですら
「必要十分ライン」を
意識せざるを得ない

紀里谷 今、少しずつ人々がこの「必要十分ライン」を考えるようになってきています。ミニマリストや断捨離も、その一環でしょう。ITテクノロジーの進化によって、かつては首都圏で住み、働くしか方法がなかった人たちが、地方で暮らし始めています。ファストファッションも、いろいろと批判はありますが「洋服はそこまで高価なものでなくても十分ではないか」という感覚を人々にもたらしました。文化として始まっているように思います。

久志 うーん、それはどうでしょうか。確かに自然発生的に始まっているとは思います。ただ、まったく逆の価値観を持っている人もたくさんいます。今は入れ替わりのフェーズなのかもしれませんね。先進国の人々の中には「必要十分ライン」を意識し始めた人もいるかもしれませんが、途上国は「やっぱり10万円のフレンチを食べてみたい」というような意識で、「もっともっと」と上を目指す人が多いと思います。

紀里谷 それはそうでしょうね。ただ、そこでよく言及される中国とインドについて、私は興味深い面があると感じています。中国は驚くような成金が生まれている一方で、実際に行ってみるとベースが共産主義だからなのか、金持ちになんかならなくてもよい、という意識をもつ人々も確かに存在しているのに気づきます。また、インドにもガンジーの思想が根付いています。こういった面には私は希望を持ちたいと思っています。すでに資源の枯渇が始まっていますから、「必要十分ライン」を意識せざるを得ない状況に気付くかどうかだと思います。

先ほど、テクノロジーの進化によって戦争が無くなっていくかもしれないという話をしましたが、今はまだ世界でたくさん戦争があるように思いますよね。事実、戦争はたくさん起きています。ところが、戦没者数をプロットしていくと、第二次世界大戦とくらべて現在は非常に減っているのです。長い目で見れば、今は一番平和な時代だと言えます。

情報の「必要十分ライン」の
不備を満たしていきたい。

久志 となると、テクノロジーの発展と、人々のマインドセットを整えて「足を知る」で生活していくことの周知という2つが、多くの人が幸せに生きていくために必要になりますよね。後者は、ぼくはアートや情報コンテンツが担うものだと思うのですが、紀里谷さんは何か関連する映画を取る予定はないのでしょうか。

紀里谷 企画はありますよ。ただ、これは一つの作品だけで達成しうるものではないと思います。ジョン・レノンも「IMAGINE」で核心をついたことを訴えましたし、それは多くの人の心を捉えましたが、それだけで大きく変わったとはいえませんよね。アートだけでもダメで、あらゆる方向からやっていかないといけないと思います。

久志 確かにそうですね。お話を聞いていて、今、自分のやりたいことが明確になってきたように思います。かつてはキリストやブッダなど、その時代に合った暮らしや幸福論を明確に示す、象徴的な人たちがいました。現代でも、時代に合ったかたちで満たされた生活を実践している人はいますが、そういった人の存在は見えにくい。それをやろうとすると、ともすると「ノマドがブーム」、と騒ぎ立てる方向になりがちです。

紀里谷 「すでに実践している人たちがたくさんいる」と紹介すると、安心する人はいるでしょう。ただ、それを「まわりの人もやってるから、やらなきゃ」とか「まわりの人も持っているから持たなきゃ」という方向ではなく、「まわりの人とは違うけど、それでハッピーなんだし、これでよいのだ」と思えるように伝えることが重要なのだと思います。

久志 そのとおりですね。かつてキリストやブッダなどがやってきたことは、やっぱりやる必要があると感じます。お話を聞いて、30代に餓死してでも純粋にやってみたいことができました。

TABI LABOで、今の時代にあった暮らしや幸せの形を明確に提示するということをやっていきたいです。もちろん、その際には、これまでの「もっと物質的に豊かになろう」、「他の誰かから搾取しよう」「周りの人がやっているからやらなくては」という発想とは全く異なる文脈で、テクノロジーもデータも使って、人々に共感してもらえる形でできたら、と思います。

大変おもしろい話、ありがとうございました。

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