なぜ、この時代に「靴磨き職人」として生きるのか?-明石 優-

2008年、東京・南青山のビルの一室にオープンした靴磨き専門店「Brift H(ブリフトアッシュ)」。その創立者の一人が、明石優という人物だ。

目の肥えたハイエンドな客層を相手に、順調にキャリアを重ねた彼は、3年後の2011年に独立。以降はワークショップを通じて手入れのハウツーを広める傍ら、イラストレーター「似顔絵マシーン」として各地を行脚しており、いずれの活動も毎回好評を博している。

とはいえ、誤解を恐れずに言うならば、「靴磨き」と「絵描き」の二足のわらじを履くさまは、こちらが抱く「職人像」とは異なる。彼はいかにして、独自のスタイルを手に入れたのだろうか。そして、現代にそれらを生業とする意味とは?

やればやるほど、
特殊技能が身についた気がした

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ーーはじめに「靴磨き」との出会いを教えてください。

大学3年のときに自転車で日本を旅していると、高松の路上でとある靴磨き職人に出会いました。後に「Brift H」を共同で立ち上げることになる長谷川(裕也)です。一緒に野宿をしていろいろな話を聞かせてもらったのですが、同世代にこんな人がいるんだと驚きましたね。

ーーどのような話をしたんですか?

靴磨き職人は、道具さえあればどこでも仕事ができる。自分の技術で相手に喜んでもらえる。その対価としてお金をいただける。そんなことを教えてもらいました。すごく魅力的だなと。

ーーでも、いきなりそこで靴磨き職人を志したわけではないですよね?

はい。その後、大学を卒業した僕は、デザイナーを目指して専門学校に通ったんです。それでも、長谷川との交流はずっと続いていました。靴磨きの方法を教えてもらって、彼が開くイベントで実際に磨かせてもらっていたんですよ。

ーーそうしているうちに、魅力にハマっていった。 

やればやるほど、特殊技能というか「自分にできること」が一つ増えた感じがしたんです。何度かイベントの手伝いを続けていたら、長谷川から「一緒にお店を開こう!」と誘われて。

ーー当時の年齢は?

23歳。高松で長谷川に出会ってから、約2年後です。

ーー不安はありませんでしたか?

ありましたね。だって、靴磨きですよ?家族や友人に「大学まで行って、なんで靴磨きなんかやるんだ?」と言われて。そもそも、今でさえ「どうやってメシ食ってんの?」って心配されるくらいですから。

ーーそれでも、最終的に靴磨き職人の道へと進んだ。一体、何に背中を押されたんでしょうか?

まったく知らない世界に飛び込んでみたいという好奇心ですかね。若かったので、一度飛び込んでダメなら、また考えればいいという気持ちだったはず。感覚的には「よし、靴磨き職人になるぞ!」というよりは、その方向に“流れた”というイメージのほうが近いかもしれません。

何者でもなかった
かつての「自分」

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ーーとはいえ、僕個人に置き換えて考えてみると、靴磨きと出会ってからの2年間でよほどの成功体験がない限りは、舵を切れないんじゃないかなと思うんです。

あっ。そういえば、その頃に掲げていた「テーマ」も大きいかもしれません。

ーーテーマ、ですか。

すべてに対して「イエスマン」になると決めていたんです。

ーー否定をせずに、すべてを受け入れる。

実は大学生の頃に、カフェのアルバイトの面接でこんなことを聞かれたんですよ。「明石さんはこのお店のために何ができますか?」って。

ーーうーん、なかなか難しい質問ですね。

うまく回答できなかったんです。そのときに、自分は何者でもないし、何のスキルも持ち合わせていない。だから、あらゆることに挑戦しなきゃいけないと思いました。

ーーなるほど。そういう経験もあって、「自分にはこれができる」という専門的な何かを欲していたのかもしれませんね。だからこそ、不安はあったけれど、靴磨きの世界へ“流れる”ことができた。

漠然と自分を表現できる場を作りたいと思っていたのですが、肝心な「何か」が見つかっていなかった。きっと、いろいろな可能性を模索している最中だったんでしょうね。

お客さんが“少しだけ変わる”
その瞬間が気持ちいい

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ーーそして、2008年。長谷川さんと、東京・南青山にBrift Hをオープンさせました。

最初は暇でしたよ。でも、ウチのような「靴磨き専門店」がほとんどなかったので、いろいろな雑誌が取り上げてくれて、少しずつ認知されていきました。

ーー当時はかなり珍しかったんですね。

僕たちの店ではスーツをバシッと着て、バーカウンターの上で靴を磨きます。お客さんはハイチェアに座って、コーヒーやお茶を飲みながら待つというスタイル。 

ーー利用者からすると、相当ハードルが高い気がします。

そういうブランディングをしていました。考えていたのは、「靴磨き職人の地位を上げる」ということ。それまでは、職人が路上に座って靴を磨いていましたよね。つまり、お客さんを見上げていた。そうじゃなくて、目線を合わせることを意識したんです。

ーーなるほど。初めてのお客さんのことって、覚えていますか?

すごく緊張したのを覚えています。でも、1対1で対面すると、やっぱり「人と人」なんですよ。会話をしながら、「綺麗にしてあげたい。喜んでもらいたい」って必死に磨いていると、そういう気持ちは必ず相手に伝わるものなんです。まあ、緊張で汗だくだったんですけど(笑)。

ーー最初はそうなりますよね(笑)。

でも、磨いた後に喜んでもらえるのって本当に嬉しいです。靴を見てニコッとしたり、背筋がピンと伸びたり。お客さんが“ちょっと変わる瞬間”を見るのが気持ちいいんですよ。

靴磨き職人なんて
いなくなってもいいと思う

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ーーそのBrift Hを約3年で退職し独立。代々木公園での「Aozora靴磨き教室」や自由大学での講義「20年履ける靴に育てる」など、靴磨きに馴染みのない人たちを対象とした活動にシフトチェンジしました。ハイエンドな層から180度方向転換したのは、どういった心境の変化からでしょうか?

おかげさまでBrift Hが認知されはじめ、かなり忙しくなりました。多くの人の靴を一生懸命磨き続けたので、「そろそろみんなの足元が、ピカピカになってきたんじゃないかな」と思いつつ、帰りの電車に乗ったんです。

ーーはい。

でも、ショックを受けました。靴を綺麗にしている人って、本当に少ないんですよ。それなら、自分自身で磨けるようになったほうがこの状況を変えられるんじゃないか。そう思ったのが、靴磨き教室のきっかけです。

ーー靴の磨き方を知らない人たちがまだまだたくさんいる。そこに興味を抱いたってことですね。でも、たしかに「難しい」というイメージを持っている人は多いと思います。

はじめは僕もそう思っていました。お金持ちの趣味というか。でも、あまり難しく考えてほしくはないんです。イメージとしては「歯磨き」や「スキンケア」と一緒。手が乾燥したら、ハンドクリームを塗りますよね?

ーー日常の中に、当たり前にある行為。

歯磨きくらい当然のようにケアができるようになったらいいなと思います。そうしたら、モノをもっと大切にすることにつながる。革製品ってもともとは食べ物の副産物じゃないですか?肉を食べて皮が余ったから何かを作ろうと。モノを大切にするという考え方が根底にあるんです。

ーーなるほど。

極端な話ですが、靴磨き職人が世の中からいなくなってもいい。だって、歯磨き職人なんて聞いたことないですよね。もちろん、完全にゼロになる必要はないんですが、本当にレベルの高い一流以外は淘汰される。それくらい多くの人に広まると嬉しいなって。

靴磨きは
社会へのアンチテーゼ

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ーー今までで印象に残っている靴磨きはありますか?

先日、教室を開催したとき、その日に退職したというお客さんがやってきました。30〜40年勤めた会社だと言ってましたね。送別会の話もあったらしいのですが、こちらを優先して来てくれたんです。「この靴は仕事でずっと世話になったから、感謝の気持ちを込めて綺麗にしてあげたい。お疲れ様と言ってあげたい」と。

ーーなんだか温かい気持ちになります。

靴がモノを超えた感じがしたんですよ。一緒に人生を歩むパートナー。靴って、その人とストーリーを共にしているというか、想いが籠っているアイテムだから、それを綺麗にする手伝いができたのが嬉しかったですね。

ーー靴磨きは、単純に身だしなみを整えるための作業ではないってことですよね。ちなみに、自由大学での講義はどういった内容なんでしょうか?

全5回で、最初の4回はひたすら自分の靴を磨いてもらいます。そして、最後の1回は自分にとって大切な人の靴を持参して、綺麗にしてもらうんです。

ーー素晴らしいカリキュラムですね。

さらに、磨き終わった靴の中に直筆の手紙を入れて渡してもらうんですよ。物理的に綺麗にしてあげるというよりは「プレゼント」に近くなるし、相手のことを想う時間も生まれる。モノを買わずに、自分の技術だけで喜んでもらうという体験を味わってほしいなあと。

ーーこの時代に、あえて靴磨きをやる意義は、そういうところにあるのかもしれませんね。決してモノがすべてなわけじゃない。ゆっくりと時間をかけて誰かを想うとか、精神的な結びつきを重視するってことですよね。

希薄になっているコミュニケーションや、せかせかした時間の流れ、大量消費。靴磨きは、そうした現代の問題に対する僕なりのアンチテーゼなんです。

ーー他にも多くの靴磨き職人がいるなかで、「自分の磨きはここが違う」というポイントはあるのでしょうか?

正直いうと、ワークショップを開いているくらいなので門外不出というわけではないし、特別な道具を使っているわけでもない。結局、そのローションやクリームがミソなんじゃないかと言われてしまうので、なるべく市販のものを使うよう心がけています。そういう意味では、完成形に関して「はっきりとこう違う」という点はないのかもしれません。ただし…

ーーただし?

僕は相手に合わせた仕上げ方ができるんじゃないかなあ。たとえば、どんな靴でもピカピカに光らせるのではなく、この人はこういうファッションが好きだろうから、じっとりと濡れたように光っていたほうが好きだろうとか。

ーー相手の好みを見極めるということですか?

一足を磨く時間は20分ほどなので、最初の5分くらいで判断します。

ーーそれは経験のなせる業ですね。場数を踏んでいるからこそ、相手のいろいろな情報にまで気を配れる。

靴ってその人の性格が表れるんですよ。選び方や履き方、汚れ方。かなりの情報量を持っていますよ。中の埃を見ると、家でペットを飼ってるなとか。面白いでしょ(笑)。

ーーすごい(笑)。あくまでも扱っているのは「靴」なんですけど、必要とされる能力は一般企業の営業マンと共通しているのかもしれませんね。目の前のお客さんがどういう人で、どういうものを求めていて、どういうものに喜んでくれるかを見極めなきゃいけない。

職人気質じゃないからこそ
見えた世界がある

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ーー最後にどうしても聞いておきたいのが、「似顔絵マシーン」としての活動です。どういうきっかけで始めたんですか?

そもそも、同じような活動をしている人って、実は結構いるんですよ。僕は、とある海外アーティストを見て、あのダンボールが作りたいって思ったんです。 

ーーきっかけは、イラストよりもダンボールだったんですね。

はい。ただしあれも、1対1のコミュニケーションツール。しかも、靴磨きでは出会えない人たちと出会えるんです。

ーー子どもたちやその親御さんですね。

靴磨きでは革靴を履いている人としか交流できない。その状況を打破するための1つのアイデアですね。似顔絵マシーンなら、老若男女誰でも関われますから。

ーーたしかに、まったく異なる層と出会えそうです。

実は、この活動にも社会へのアンチテーゼが込められているんですよ。おもちゃを買ってもらって当たり前の世の中だけど、ゴミみたいなダンボールでも、工夫次第で遊び道具になるんだよっていう。

ーー目の前の人とのリアルなコミュニケーションと、社会に対するアンチテーゼ。それぞれの活動には、これら2つの共通点がありますね。

そうですね。でも、やっぱり人と触れ合うのが好きなんだと思います。

ーー失礼を承知で質問させてください。「靴職人」と聞くと、その道で何十年も生きているストイックな人だと思われがち。だからこそ、似顔絵マシーンとの二足のわらじは、ともすれば「芯がない」と捉えられる恐れもあるのではないかと。

たしかに、人によっては半端者だと思うかもしれません。ただ、自分の中には芯がある。それが伝わりづらいというジレンマは常に抱えています。

ーーその気持ちをどう消化したのでしょうか?

うーん、難しいですね。でも、一つのことだけをストイックに追い求めてはいないからこそ、靴磨きも今の形になっているんじゃないかなと思うんです。公園で教室を開いたり、自由大学で講義させてもらったり。必ずしもスーツを着るわけではなく、カジュアルな場合も多いですし。

ーーなるほど、腑に落ちました。いわゆる職人気質じゃないからこそ新しい世界が見えるし、ワークショップの開催など明石さんに合ったオリジナルなスタイルと出会えたんですね。

そう思いたいですね。

ーーモチベーションは、目の前の人の笑顔でしょうか?

はい。やっぱり、自分の技術で喜んでもらえるのが一番ですよ。

ーーたしかに、普通に生きていると、目の前の人に喜んでもらえる体験って意外と少ないですもんね。

もしかすると、たくさんありすぎて見えづらくなっているのかもしれないですけどね。でも、わかりやすい形で実感できるのは事実です。

ーーなぜ、この時代に「靴磨き」を続けるのかが少しわかった気がします。

明石 優
1984年生まれ。2006年に靴磨きを始め、2008年に共同でシューズラウンジ「Brift H」をオープン。百貨店や一流アパレルブランドのイベント等で靴磨きパフォーマンスを経験した後、2011年に独立。現在は、数少ない靴磨きの講師としてワークショップを開催しているほか、似顔絵マシーンとしても活動し、人気を博している。
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