20年前のシリア。受け取ってもらえなかった入浴料は、二度と払えなくなった。

シリアの首都ダマスカスにある学校に通っていた、1996年の夏。欧米・アジアの外国人そのものが珍しかったこの頃は、どこへ行っても「日本人か?」のあとに、「ソニ〜」「トヨタ〜」「ミツビシ〜」「トーシバ〜」…と次々に日本企業の名前が出てきたものです。世界における日系メーカーの存在感が高まっていただけに、とにかく「日本は素晴らしい国だ!」と賛美を聞かされていました。

これは、そんな時代のアレッポ(シリア第2の都市)のお話。

「ああ、ゆっくりと風呂に浸かりたい。」

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学校が休みの日にアレッポにやって来ては、1泊数百円の安宿に泊まりウロウロしていた僕も、長く日本を離れると、そこは日本人。やっぱり、ゆっくりと風呂に浸かりたくなったり…。

しかし、アラブではほとんどがシャワー。バスタブも無くはないのですが、高級ホテルや一般の家にある程度です。

そんな時に見つけたのがアレッポ城の真ん前にあるハンマーム(トルコ式公衆浴場)でした。汗を流すには最高の場所ですが、いかんせん見た目も日本の銭湯、という感じではなく大きなドームがある、モスクのように品格のある建物。僕が見つけたのは「ハンマーム・ヤルブガー」というシリアがマムルーク朝という時代の1491年に建てられた由緒あるハンマーム。

何とも敷居の高い、なかなか入りにくいものではありました。

しかし、汗だくで暑い中を過ごす毎日で背に腹は変えられず。ある日、意を決して城の前のハンマームの扉を開いてみました。

扉の横には受付らしき、いわば「番台」があり若い兄ちゃんが座っています。拙いアラビア語で「ハンマームに入れますか?」と聞いてみると、彼はやっぱり「どこから来たのか?」と聞いてきます。僕が日本人と知るや、満面の笑みで「オー、ジャパーン!ナンバーワーン!オーケー!ノープロブレム!」と歓迎してくれました。

ガラスを通じて差し込む、陽の光のなかで…

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建物の中に入るとドームの中はちょっとした待合室のような感じ、風呂上がりにお茶を飲んだり、というようなところです。ドームの上からは古く大きな照明が垂れ下がっています。促されるまま更衣室に入り服を脱ぐと、タオル係のおじさんが登場。これまたニコニコ顔で下半身に巻いたタオルをしっかりと締め付けてくれます。

彼について行くと、別の大きなドームがあり、そこが浴場。ドームの屋根にはガラス玉が埋め込まれていて、日光がそのガラスを通じて浴場に差し込みます。

今度はアカスリ係のおじさんが現れ、大理石の上に転がされると勢い良く湯をジャブジャブとバケツで掛けられて、石鹸とタオルでゴシゴシと体中をこすられます。バシャンバシャンと体中を洗い流されると試合終了。

待合室に戻るとタオル係のおじさんが上半身・下半身・頭と3枚のタオルで体中をしっかりと巻いてくれます。タオルを巻き付けた体でドームを見上げていると、受付の兄ちゃんが「ジャパーン!ナンバーワーン!オーケー!ノープロブレム!」とキンキンに冷えたコーラを持ってきてくれました。

当時のシリアのハーフェズ・アサド大統領(今のアサド大統領の父)は徹底した反米姿勢で知られていました。なのでコーラももちろんコカ・コーラではなく、シリア・ブランドのよく分からないものでしたが、それでも風呂上がりの一杯の格別さは万国共通。

なぜか、お金を受け取ってもらえなかった。

アラブ版のチェスのようなゲームに講じるおじさん連中以外は、静かな時が流れるドームでコーラを飲みながら過ごした僕は、受付の兄ちゃんに「シュクラン(ありがとう)」と声を掛け、お金を払おうとしました。ところが兄ちゃんは財布を出そうとする僕の手を押さえて「ノー!ジャパーン!ナンバーワーン!オーケー!ノープロブレム!」とお金を受け取るのを拒み、そのまま出口まで見送ってくれました。

いやいやいやいや、コーラ代を奢ったのと勘違いしてんじゃないか?と僕は改めてお金を払おうとしたのですが、彼はどうしても受け取ってくれず。満面の笑みで最後まで「ジャパーン!ナンバーワーン!オーケー!ノープロブレム!」の4語のみを発し続け、僕の視界から消えてしまいました。

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結局、入浴料とコーラ代の日本円にすれば数百円程度のところを、一銭も払うこと無く僕の強烈なハンマーム初体験が終わりました。

アレッポと言えば今では内戦の中心地、危険な街というイメージしかなく、この「ハンマーム・ヤブルガー」のドームも内戦で破壊されてしまったと伝えられ、改めて入浴料を払いに行く先が無くなってしまいました。しかし、僕にとってアレッポは、今でも笑顔で手を振る受付の兄ちゃんの姿が忘れられない街なのです。

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