ハリー・スタイルズも悲鳴。全米で相次ぐ公演中アーティストへの「モノ投げ」行為、時勢が若者にもたらした3つの悪影響

昨夏に日本で問題となった、音楽フェスでの痴漢行為。

国内でもイベントの警備体制を見直す風潮が高まっているが、どうやらこれは日本だけの問題ではないらしい。実はいま、アメリカでコンサート中の「モノ投げ」行為が多発し、警察を巻き込む事態にまで発展している。

記憶に新しいのは、ハリー・スタイルズが昨年のツアー公演中に投げ込まれた謎の物体によって目を負傷した事件。ファンへの“神ファンサ”で知られるハリーだが、ライブの度にファンからモノを投げつけられていることには、さすがに心身ともに耐えかねている様子だ。

また、米歌手のピンクの公演中にはなんと母親の遺灰が入ったビニール袋が投げつけられるなど、もはや挙げればキリがないほどに横行している。

一体なにが観客をそこまで駆り立てているのか?原因の一つとなっているのは、世界が直面した“あの鬱憤”かもしれない。

コロナ禍、TikTokやインフレetc...
観客のマナーを変えたのは「時勢」?

状況が悪化した背景として考えられているのは、昨今の時勢。特に言及されているのが新型コロナの影響だ。

パンデミックによって若者に蓄積されたフラストレーションが、ロックダウンの解除によってポップコーンのように弾け、「何をしても許されるムード」が高まったという寸法である。

イギリスの演劇組合「Bectu」の報告書はこの考察を裏付けており、いわく、劇場スタッフの約90%が観客の悪質な行為を目撃し、70%がパンデミック以降状況が悪化したと考えているとのこと。

また、TikTokの流行も観客のマナーを変えた一因とされる。

「歌手に携帯電話を渡し、自撮りをしてもらう」動画がバズるようになると、若者のトレンド欲求は激化し、今ではスマホをステージに投げつける行為が後を経たないという。

さらにもう一つ考えられるのが、チケット価格の高騰

「ダイナミックプライシング(需要に応じて値段が変動するチケット販売システム)」が主流になりつつあるアメリカでは、大都市圏であれば同じ公演であっても価格の幅が大きく開いてきており、時には4万〜150万円相当のレンジにまで拡大することも。

タイミングによっては寧ろ破格の値段で買える場合もあるが、あまりの高騰ぶりに客層の偏りが生じつつあるらしく、ファンではない富裕層の増加が指摘されているのだ。

米国において、こうした“金のばら撒き”に興じる富裕層はバッドマナーであることが多いようで、(好きでもないアーティストの)パフォーマンスを退屈に感じた客は「モノ投げ」を行う傾向が高いという。

これを踏まえると、客層比率の見直しも業界全体で取り組むべき課題と言える。

広がり続ける危険行為に対し、アーティスト側も警戒を強めているのだろう。ヒットチャート常連の歌手であるチャーリー・プースは、Xにて「お願いだから、音楽だけ楽しんでね…」とファンに懇願する文章を投稿していた。

© Charlie Puth/X

このような注意喚起の例は珍しくなく、事態はアーティスト側が積極的に警鐘を鳴らすところまで進んでいる。

文化圏全体で相次ぐ、観客による「暴動」

さらに、こうした「公演中における妨害行為」の横行は、もはや音楽業界だけの問題ではなくなってきているようだ。

昨年4月にマンチェスターで行われたミュージカル『ボディガード』の公演中、2人の観客がキャストと一緒に歌い出したのを機に、公演が中断され警察が出動する事態に発展。その他ブロードウェイの演劇においても妨害行為が報じられるなど、近年の文化圏全体で観客のマナーが激化してきていることは確か。

一種の暴動にも思える迷惑行為だが、冷静に俯瞰し、同様の行為が横行するのは「今に限ったことではない」と考える見方もあるようだ。

Z世代の支持を集めるビリー・アイリッシュは、この問題に対して「もう6年ほどステージ上で物を投げつけられてる。今になって、さも新しい現象かのように取り上げられているのが不思議」と語っている。

観客研究を専門とするブリストル大学のKirsty Sedgman博士も「賞賛や不快感を表す手段として、人々は200年以上も前からステージに物を投げてきた」とビリーの意見に賛成した。

たしかに、これは一理ある。

例えば相撲の世界でも、格下力士が横綱に勝利した際など、観客の興奮が最高潮に達するような場面では「座布団投げ」と呼ばれる江戸時代から続く風習があるし、大道芸に見られる投げ銭も近いニュアンスを持っている。

こうした行為は時代が進むにつれて規制されてきたが、「観客は座って静かにするべき」とする考えは、比較的最近始まったと言える。

ただし留意しておくべきなのは、昨今のモノ投げは、いわゆる観客の熱狂とは比較的無縁であるということ。そして、そもそも「風習だったら問題ないのか?」ということだろう。

ファンサの要求やアピールであったり、SNSにセレブの自撮りをアップしたいであったり、果ては暇つぶしであったり。

理由はなんであれ、コンサートは「ファンがアーティストに横暴する場」では決してない。いまや危険を冒しながらもパフォーマンスを続けるアーティストへのリスペクトも含め、社会はこの問題にもう少し踏み入る必要があるはずだ。

Top image: © JMEnternational/Getty Images
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