心にひっかかるトラウマを乗り越える「マインドフルネス」な生活

生きている限り、どうしても避けることのできない不遇に見舞われることがあります。自身の努力では到底太刀打ちできない事象に出会ったとき、どのようにして乗り越えていけば良いのでしょうか?

禅僧でありながら医師の肩書きを持つ川野泰周さんの著書『あるあるで学ぶ余裕がないときの心の整え方』では、「今この瞬間に、価値判断をすることなく、注意を向けること」である「マインドフルネス」を使い、トラウマ体験や困難を乗り越える考え方を教えてくれています。

大切な人との
別れが受け入れられない

とんちで有名な一休宗純(一休さん)という禅僧がいます。一休さんは自分の母親が亡くなったとき、転げ回って泣きわめきましたが、すぐに泣きやんだそうです。誰よりも深く悲しみ、誰よりも早くその悲しみから立ち直ったのです。

この逸話は、耐え難いほどの悲しみに見舞われたときには、その感情を我慢せず、寄り添いなさいということを教えてくれています。あなたが今大切な人との別れが受け入れられないと苦悩しているならば、無理やりポジティブな気持ちにすり替える必要はありません。感情や感覚だけをただ味わい尽くすことです。

湧き上がるネガティブな感情を否定せず、受け入れてあげてください。そうすることで、自分ではどうしようもできなかったことを受け入れられる日が必ずきます。

どうしても
両親と気が合わない

親は、離れて住んでいようが同居していようが、近すぎる存在です。そのため、かえってお互いの関係性について気づかないことが多々あります。人間は嬉しかったことよりも辛かったことのほうが、心に残りやすい性質を持っています。

親との関係性に悩む人は、ネガティブな出来事が誇張されて心に深く残っている可能性が考えられます。

もし「親にはひどいことばかりされた」と考えているなら、親にやってもらって嬉しかったことを思い出すように努めてください。ここで大切なのは、人は一面だけではない、と知ることです。ひどいことばかりされたと思い込むのではなく、自分を大切に思ってくれている一面を見つければ、辛かった思い出が誇張されることはなくなります。

印象深いネガティブな記憶だけで上塗りしてしまっている状況だからこそ、ありのままの親の存在に目を向けたいものです。

恵まれているのに
なぜか空虚さを感じる

他人から見たら羨ましがられるほど恵まれているのに、なぜか心に虚しさを感じている…という人は少なくありません。高い収入、理想的な家族、やりがいのある仕事などを「人生の価値」と定義してしまうのは、自分の気持ちを空虚にさせてしまう可能性があります。

なぜなら、これらの幸せには上限がなく、満たされることがないからです。

唐の時代に百丈懐海という禅師がいました。ある日、一人の僧が「この世の中で一番素晴らしいことは何でしょうか」と問いかけると百丈禅師は、「独坐大雄方(今こうして座っていられることが、最も尊く素晴らしい)」と答えたのです。

多種多様の価値観がありますが、全ては生きているからこそできることだ、と百丈禅師は教えてくれています。今、ここに生きていることを感じられるようになると、自分自身や周りの人、いつも見ている景色が尊く見えてきます。そういう思いを持つことで、日常の空虚感がなくなっていくのです。

つい自分と他人を
比べてしまう

近年ではSNSが広がり、友人たちが充実した休日を送ったり、成功したビジネスの話題を知れば知るほど、どんどん自分が世間から置いていかれているような感覚を味わってしまう人がいます。でも、よく考えてみてください。世間は世間、人は人、自分は自分です。

比べて焦ったところで、現実は何も変わりません。禅やマインドフルネスでは、世間ではなく自分に注意を向けることを大切にしています。自分の外側ばかりを見ていたら自分を見失います。内側を見つめ「主体性に気づく」ことの大切さを見つめ直してください。

すると、あなた自身の存在そのものを丸ごと受け入れられるはず。

これこそが真のマインドフルネスであり、「内なる自分との出会い」です。自分の人生の主人公はあなたなのです。人や世間は関係ありません。まずは比べることをやめることから始めてみましょう。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。