知らないままにはできない「鉄工所の島」で生まれた音楽とアートの祭典
もう、知らないでは済まされない。またひとつそんなフェスに出会えた。現役で稼働する鉄工所を舞台にした一日だけの音楽とアートの祭典。去る11月3日(日)に開催された「鉄工島フェス2019」。
規模の大小、アーティストの出演数、来場者数だけみれば、決して大規模なフェスとは言えない。でも、鉄工所だらけの職人たちの島に、これだけの人がやってくるのは、この一日をおいて他にない。
紹介しきれない作品、パフォーマンス、ライブがあったことを先に断りつつ、この日何が起きていたのかを時系列で振り返る。
13:00〜
ENTRANCE いざ、会場へ。
京浜運河にかかる橋を渡って大田区京浜島へ上陸。フェス目的と思われる人たちが、島の入り口でタクシーを降りている。そこから、所々にある手作りの案内板「鉄工島フェス ENTRANCE」を頼りに島の中心部へ。
湾曲する道の先に祭り提灯が見えてきた。
会場へのアクセスはこのエントランスをくぐって。工業用マテリアルをフラワーベースに見立て、相反する自然素材の植物をコラージュしたゲート。人+植物+環境をテーマに活動するVISCUM FLOWER STUDIOによる作品だ。
13:05〜
シャッターアート制作中のSIDE CORE
エントランスのすぐ横、産業廃棄物の運搬・処理をおこなう株式会社 西商店の巨大シャッターを鮮やかにスプレーで色付けている。アーティスト集団SIDE COREの企画「LEGAL SHUTTER TOKYO」の参加作家、ZosenとMina Hamadaのふたりだ。
数日前に取材で訪れたときは無機質だった鉛色のシャッターが、ふたりの個性と自由な感覚が混じり合い、多彩な色使いとなって表現されていた。フェスの後もシャッターはこのまま利用される。
14:00〜
BUCKLE KÔBÔ裏に非日常な宴会の場
BUCKLE KÔBÔの裏側でパシャパシャと水が跳ねる音が聞こえてきた。ビニールシートをかぶせた囲いの中は、噴水のように水が溜まっている。
そこに足場パイプでやぐらを組み、ローテーブルを持ち込んで、酒とつまみで宴に興ずるのは、アートユニット鯰のメンバー。室内のものはすべて京浜島内の廃品回収センターから集めてきた、粗大ゴミや廃棄ゴミだそう。
彼らの飲み会をやぐらの下からただ傍観する。それはそれで体験として楽しめるのだが……と、突然滝のような水が屋根から流れ落ちてきたかと思えば、防災訓練車のように部屋が揺れたり、スモークがあがったり。
なんて事のない日常風景が非日常に一変するものだから、見ているこちらもなかなか腰をあげることができなかった。
14:30〜
セッションアクトに沸く@ゑびす興運
今年、ステージ会場の提供に協力した「ゑびす興運」は、大物の鉄製品など鉄工島ならではの搬送業務を担う企業。まさか自分たちの倉庫内にステージを設営することになるとは夢にも思っていなかったかもしれない。
DedachiKenta、佐藤千亜妃、さかいゆうをゲストボーカルに招いての一日限りのセッションアクト『IRON ISLAND SESSIONS』には、どの回も倉庫がすし詰めになるほどの人で賑わっていた。
15:00〜
京浜島散策
休日の工場は、さながらアート作品のよう
ライブが終わると、みなタイムテーブルを手に思い思い散っていく。足早に次のライブ会場へ、EL CAMIONが提供するクラフトビールのトレーラーへ。
心地いい高揚感のなか、メインストリートから外れた道を歩いてみた。
職人たちのいない工場。回収してきた鉄くずをうず高く盛り上げた鉄の山。削り出した金属片。何台も連なる重機……初めて目にする光景を必死にカメラを伸ばして撮影する人たちがいる。
フェスがなければ、きっとこの島にくることもなかったろう。僕らフェスに参加する側からすれば、この島自体が非日常の空間そのものだ。
16:00〜
京浜島防災広場からお届けします。
移動式FMラジオステーション
フードトラックが並んだ京浜島防災広場の中央付近、一台のリヤカーに目が止まった。Naomi Yamaguchiによる「Mobile Mini-FM Station~ドローカルの情報発信!~」。ここからFM放送のライブ配信をしている。
昨年度京浜島の見学を経て、アイデアを募集した公募企画「鉄工島アイデアジャンボリー」においてグランプリを受賞したのが彼女だ。
17:00〜
夕暮れに佇む、鉄工島の夜の顔。
薄曇りの西の空に太陽が落ちてきたころ、光機械製作所へ向かう。
西野達の作品『鉄工島の夜の主役たち』。職人が帰ったあと、京浜島の主役(運搬トラック、冷蔵庫、街灯、事務所の椅子やソファ)が、ここぞとばかりに自己主張をはじめた。
17:30〜
旋盤の匂いが染み付いた空間
“間借り”ライブ@清新工業所
清新工業所内では、成山剛(sleepy.ab)の無重力的で浮遊するような歌声が電球で照らされた作業場のなかに響いていた。
台車もガラ袋も扇風機も全部そのままのステージ。と言うよりも、工場の日常に演者が身を置いている。鉄工島フェスを象徴するようなライブ空間だ。
18:30〜
またたく灯りが人を呼ぶBUCKLE STREET
今や遅しと石野卓球の登場を待つ人であふれ返ったBUCKLE STREET。エレクトロサウンドを借景ならぬ“借響”にした、特殊照明作家、市川平による路上パフォーマンス。須田鉄工所から漏れてくるSEに合わせて、無数の照明が自在にまたたいていた。
19:00〜
大トリはやっぱり、石野卓球
大トリを務めるのはこの人、石野卓球。闇をさく大音量にレーザーが飛び交う場所はライブハウスでも山間のステージでもなく鉄工所。そんなベルリンさながらのファクトリー感も相まっての熱狂。
踊り、叫び、あっという間の1時間。と、それまで我慢していた雨粒が落ちてきた。それが心地よくてたまらなかった。
11月6日
日常を取り戻した京浜島
フェスから2日後の京浜島。職人たちが戻った島は規則的な金属音をかなで、鉄棒のあとの手についた錆びた匂いが漂っていた。いつものように大型トレーラーが走り、いつものように離陸した飛行機が頭上をかすめて飛んでいく。これが、鉄工所の島の日常だ。
つわものどもが夢の跡──。
アートも、ライブも、作品との出会いはほんのつかのま。なのに、島内を歩けば夢譚のようなあの記憶が蘇ってくる。多くの人にとっては、いまだ未踏の島。フェスを通してものづくりの最前線を垣間見ることができた人は、ほんの一握りにすぎない。
それでも、未来あるこんな話を最後に。
今年、京浜島のとある工場の代表者(40代だそう)や複数の工場の20代、30代の従業員が新たにフェス実行委員メンバーに加わった。80歳近くになるベテラン職人がまだまだ現役のこの島では、働きざかりの年齢層。
来年、再来年、あるいは10年後。一年でたった一度だけ許された、ものづくりの島のブロックパーティーは、僕らの想像をはるかに超えた「祭り」へと成熟している気がしてならない。