ドルとセントが支配する国で、音楽フェスを続けること。シンガポールのアートシーン

先日、取材で訪れた音楽フェスティバル「The Alex Blake Charlie Sessions」は、女性のアーティストを主役に迎えたシンガポールの音楽フェスティバルだ。

4年ぶりに開催された今年のイベントでは、Soccer MommyやDeb Neverら気鋭の女性アーティストに加えて、地元シンガポールの音楽シーンで活躍するComing Up Rosesや日本からは青葉市子が出演しており、その尖った音楽性で大きな注目を集めていた。

イベントレポートでも書いた通り、ある「発電所跡地」を会場とした同イベントは、あらゆる方面で活躍するアーティストたちが一堂に会する空間でもあり、その様子はシンガポールという国がもつ固有な風土を象徴しているように思える。

そんななかで、フェスティバルを運営している団体である「24OWLS」主宰者のMarcia Tanと話す機会を得ることができた。シンガポールのカルチャー事情に精通した彼女に、ビジネスのことからフェスに対する思い、社会のことまで語ってもらいました。

© 24OWLS/YouTube

「The Alex Blake Charlie Sessions」2023の様子

メイド・イン・シンガポールの音楽フェスティバル

 

——まずは、今年の「The Alex Blake Charlie Sessions」お疲れさまでした。とても思い出に残るイベントになりました。改めて、フェスティバルを終えての感想を聞かせてください。

 

 私たちは新型コロナウイルスの流行を経て、フェスティバルを復活させるためにずっと努力してきました。そのことが報われて、今はとてもうれしく思っています!

長く続いた雨天の後の素晴らしい天気、私たちが制作を楽しんだのと同じくらいにフェスティバルを楽しんでくれた美しい観客たち、初めてのアジアでの演奏を楽しんでくれた素晴らしいアーティストたち、正直なところ、これ以上の結果はないと感じてます。

中国語には「天時地利人和」という熟語があります。これは「適切な時期、適切な場所、適切な条件」を意味します。この言葉が、チームとして第2回の「The Alex Blake Charlie Sessions」で感じたことでした。

©24OWLS

——イベントは、「女性が主役」というコンセプトを掲げた実験的な側面のあるフェスティバルでした。そもそもこのフェスティバルを立ち上げようと思ったきっかけは何だったのでしょう?

 

 まず初めに、私と私の右腕であり制作の責任者でもあるデズモンドは、私たちが以前に手がけた大規模なイベントである「Laneway Festival」での日々を思い出していました。

その時に私たちがイベントで感動したのは、セイント・ヴィンセントやハイム、FKAツイッグス、サヴェージズ、グライムス、Daughterといった女性のアーティストたち。これは、もしかすると女性だけをフィーチャーしたフェスティバルを実現することができるかもしれないと予感したんです。

そして発電所(今回の会場となった「PASIR PANJANG POWER STATION」)の一時リースを取得したとき、他にはないユニークで独創的なフェスティバルを創り上げたいという思いがありました。

ある意味で私たちは、シンガポールに独創的なものが何も出てこない現状にうんざりしていてたのかもしれません。何か違うことを試してみたかったのです。

そして、イベントに「性別的に中立である名前」を取って「The Alex Blake Charlie Sessions」と名付け、その後ノンバイナリーかジェンダークィアかに関係なく、女性パフォーマーをフィーチャーする方向性に舵を切りました。 重要なのは、音楽がおもしろくて、そのショー自体が魅力的なものであるということです。

©24OWLS

——一方で、個人的には今回のフェスティバルでは観客の多様性にも感銘を受けました。シンガポールの音楽・アートシーンについてどのような思いがありますか?

 

 シンガポールには、盲目的にトレンドを追いかけたり、イベントで写真を撮るのに忙しいだけじゃない、何か違うことを望んでいるアンダーグラウンドのグループが存在すると思います。 そして、それらに心から関わりたいと思っていて、新しいことを発見するのが好きな、オープンな心を持っている人たちが多くいます。

必ずしも大勢の聴衆が集まるわけではないかもしれませんが、芸術や文化、そして私たちの社会における重要性を理解するという意味では、彼らは大切な聴衆です。 時々、フェスティバルの主催者たちは人数を集めることにこだわりすぎているように感じますが、それは飽くまでも1つの指標にすぎません。

私たちは、あらゆる年齢層、多様な背景を持つ人々、そして何よりもコミュニケーションを求めて集まり、人間的なつながりを持つ人々が集うフェスティバルを創ることが大好きなんです。今回のイベントでこの2つの要素を掛け合わせることができたことを光栄に思います。

もっとも、私は「社会的・人間的な相互作用」の力を強く信じています。 コンテンツのデジタル消費やソーシャルメディアに対する継続的な入力だけでは、アートシーンは構築されません。 シンガポールの人が独自のアイデンティティとテイストを育み、純粋に輸入されたアートで私たちのシーンを構築できることを願っています。というのも、シンガポールのオリジナルコンテンツを心から生み出したいからです。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。