ドルとセントが支配する国で、音楽フェスを続けること。シンガポールのアートシーン
アルゴリズムを超えたラインナップ
——フェスティバルを主催している「24OWLS」という組織が生まれた経緯と活動内容を聞いてもいいですか?
私たちの主なビジネスはプロデューサー業務を行う代理店です。この発電所を引き継いだとき、ツアーやプログラムを担当する新しい事業体を設立しました。
私たちはこのようなアーティストのマネジメント業務を行なっているほか、クラシック音楽のコレクティブである「Tangent Moves」 の下で、クラシック・ミュージシャンのグループに対して芸術指導の取り組みも始めています。じつは、今回のフェスティバルで青葉市子がシンガポール拠点の音楽家とコラボレーションをおこなったのは、この取り組みから生まれたものでした。
——このフェスティバルの存在を知った時に、アーティストのブッキングがとてもシャープで素晴らしいと感じました。 出演者に関して、誰がどのようにして決定を下すのでしょうか? また、日頃はどのように音楽シーンの動向をチェックしていますか?
いつも自分たちが紹介したいアーティストのリストアップから始めますが、最終的には私たちが最初に想定していたものとは異なるものになることが多いですね。これは、バンド側のスケジュールの都合やアーティストがアジアツアーでの公演をエージェントが望むことが多いためです。
今回、多くのアーティストたちがシンガポールでの1回限りの公演のために来てくれたことはとても幸運でした。 一部のプロモーターたちは、出演者を決める際にアルゴリズムを使用していることを知っていますが、果たしてアーティストたちの人気をそのように測定することができるのでしょうか?
私たちは、人気やそれだけに固執するのではなく、何がおもしろいのか、全体としてどのように機能するのかに気を配っています。私たちイベント主催者は、本質的にはプロデューサーであり、それがフェスティバルを魅力的なものにするんです。フェスティバルはコンサートではなく体験の創造だと思っていますから。
——実際にフェスティバルに訪れて、まずはその会場にとても感動しました。あそこは、もともと発電所だったのですね?
そうです。この未使用の発電所跡地を初めて発見したのは2017年で、2019年10月に場所を引き継ぎました。その後、ここを改修し、イベントに備えすべてを整えました。
古い建物は自然のままで、電気や水道さえもアクセスできない会場だったので、改装は本当に大変でした。はじめはシンガポール観光局の協力を得て、2ヵ月でスペースをひっくり返し、「The Alex Blake Charlie Sessions」の初開催に向けて準備を進めていたのですが、残念なことに、コロナの感染拡大を受けて閉鎖を決断しました。そのため、すべて一からやり直さなければなりませんでした。
シンガポール国家は、残念ながら国として芸術と文化を優先して考えているとは思えないので、きっとこの会場ももっと商業的な場所へと転換していくんじゃないかと予想しています。
ドルとセントが支配する国で、個性を持つこと
——シンガポールの女性アーティストの地位については、どう考えていますか?
実際に女性の演技と男性のパフォーマンスを別々に分類しているわけではありません。 性別に依存しないためにフェスティバルには「The Alex Blake Charlie Sessions」という名前をつけましたし。
私たちにとって女性アーティストのみを起用することは、とても自然な流れであったので、多くの人がそれに驚いていることを時々戸惑うんですよね。プログラムはコンテンツと私たちのコンセプトやアイデアとの関連性が第一であり、男性、女性、ノンバイナリー、LGBTQであるかどうかは、私たちにとって関係ありませんから。
——音楽だけでなくシンガポール製の化粧品やアーティストの展示などもあって、シンガポール全体のカルチャーシーンのプロモーションにもつながるフェスティバルだと感じました。
このイベントが、できる限り多くのクリエイターのためのプラットフォームになれればと思っています。 今私たちの多くは、デジタルの消費についてを考えていますが、例えば自分は本が大好きなので、インディーズ書籍のブックストアにも参加してもらいました。
アートギャラリーの友人たちからは、私たちのようなフェスティバルではアートを販売できないと言われたこともあります。私は同意しませんが、アーティストにそのようなプラットフォームを提供できることを信じています。
分野を超えた仕事やコラボレーションを望んでいるんです。普段知っていることの外で考えることを強いられるため、多くのアイデアや創造性がかき立てられ、単なる音楽を超えた異なる形で仕事を視覚化できます。
私にとってコラボレーションは創造的な交流です。 今回のフェスティバルでは、青葉市子とシンガポールのミュージシャンをペアにさせていただきましたが、そのうちの一人が楽曲の編曲も担当しました。きっと皆さんもこのやりとりから何かを取り戻せたのではないでしょうか?
——「24OWLS」は間違いなく、シンガポールのアートシーンのハブになっていると実際に現地で感じました。 この国の今後のアートシーンについて、どう考えていますか?
この国のインディペンデントなシーンは、推進し続けないと失われてしまう可能性があります。物事がドルとセントだけで測られることが多いこの経済国において、個性を持ち続けることがとても重要なのです。
私たちは今、社会が経済成長に夢中になっていて、芸術は社会と文化を反映するものであることに気づいていないのではないかと心配しています。 国家が、アートシーンとその社会的影響、そしてそれがもたらす恩恵を十分に重視していないのではないかという危機感を抱いています。
【編集後記】
人々が集まる場所としての“音楽フェスティバル”には、大きな社会的意義が含まれていることがある。Marciaの言葉からは、彼女自身が“音楽フェスティバル”の持つ社会に対するカウンター的な意味合い、つまりアートが社会に対して不可欠な存在であることを強く信じていることが伝わった。彼女が語ったように、国が多くの観光資源に投資を行う一方で、土着的なアートシーンに対して無関心であることは、もしかすると日本にも通ずる問題なのかもしれないが、フェスに参加した個人の意見として、シンガポールの国民は“より刺激的なアート・体験”を求めていることを強く感じた。
アジアのフェスティバルが今後数年で大きな市場となると多くの人が予測する中で、シンガポールも間違いなく大きな成長を迎えると考えられている。アジアの中でも複雑な歴史を持ったこの多様な民族国家から今後どのようなカルチャーが育まれていくのか、主体的に注目していきたい。