女性が主役の「発電所フェス」で感じた”新時代のフェスの在り方”
シンガポールと聞いて、あなたはどんなイメージを持つだろう?
「マーライオン」や「マリーナベイ・サンズ」といった人気観光地を有し、ゴミの少なくてきれいな街。公用語が4つほどあり、多様な人種の人々が暮らす土地。チキンライスや肉骨茶、ラクサといった特徴的な郷土料理が楽しめる国。
もちろん、こういった特徴はすべて正しく、実際にシンガポールに足を踏み入れればそれらを否応なしに五感で感じることになるわけだが、同国には言葉で表現するのが難しいようなポジティヴなエネルギーと独特な風土がある。
今回、筆者はシンガポールで行われた音楽フェスティバル「The Alex Blake Charlie Sessions」に取材で訪れたわけだが、シンガポールという国が秘める世界の新しい可能性を五感で感じることができた。
以前にも紹介したように、取材に訪れた「The Alex Blake Charlie Sessions」は、女性アーティストを主役に迎えた、社会的な要素の強い音楽フェスティバル。
とはいっても、フェス自体にはそんな堅苦しい雰囲気は皆無。どんな客層のオーディエンスも楽しめるような設計がされており、今回はいちオーディエンスとしてここで感じたことをレポートしたい。
まず、同フェスをみんなにオススメしたい大きな理由とも言えるのが、その会場。
都心部から程近い写真上の巨大な建物は、かつて発電所だったという施設。1953年に建造され、シンガポールで2番目にできた発電所だったらしい。1990年代に廃止された後、現在は内装をすべて改装したうえで、空調設備まで導入し、さまざまな展示会や音楽イベントが開かれているという。
ちなみに、同フェスの開催は、今回で2回目。2019年にこの場所で開かれた初回は大盛況で、イベントコンセプトからインディ・ポップやロック、フォークなどの分野にまたがる音楽性まで、かなり好意的な反応を得ていた。
筆者は、まず金曜のプレパーティーに会場をチェックしに行って、アートの展示を観たり、DJの音楽を楽しんだりして初日の夜を満喫。
ちなみに、今回は参加することができなかったが、フェスが開催される週末の前5日間は、フェミニズムをテーマとした映画ショーやワークショップも開催されていたらしい。
その後、フェスの関係者や出演者らも滞在していた、「M Social Singapore」というホテルに戻り、当日に備えてひと休み。立地するエリアはシンガポールのなかでも穏やかで、ゆったりとした時間を過ごすことができた。
ジムからプール、美味しいシンガポールの朝食まで、どれも洗練されていて、ここでの時間も今回の旅のハイライトのひとつとなった。
さてフェスティバル当日、米国のベッドルームポップシーンで大きな注目を集めているSoccer Mommyや、LA拠点のアジア系アメリカ人シンガーソングライターDeb Neverなど、世界中からアーティストが集結。
いずれも慣習的に男性優位の音楽業界にあって、確固たる意志を持ちながら音楽性を確立している女性たちだ。
また地元シンガポールの音楽シーンで活躍する気鋭のバンドComing Up Rosesなども起用されており、しっかりと自国のカルチャーを打ち出す姿勢を感じることもできた。
ここ日本からは青葉市子が出演しており、廃工場に優しく鳴り響く天使のような歌声は、個人的にとても印象的だった(ライブの後に行われていたサイン会も大盛況で、たくさんのファンが押し寄せていた)。
また、会場の中央にはシンガポール拠点のアーティストGeraldine Limによるユニークでファンタジー要素のあるインスレーション(神話と女性像というような特殊なテーマ)が飾られていたり、ウクライナ出身のパティシエDinara Kaskoが3Dプリンターで制作した芸術作品のような食べられるケーキも販売されていたが、これらを製作しているのも、すべて女性たち。
会場の人通りが多い部分には、「Chio Books」というブックストアが出店していたが、ここにはたくさんのレインボーが掲げられており、同性愛や音楽をテーマにした興味深い本がセレクトされていた。
最初にも述べた通り、このフェスティバルでもっとも感銘を受けたのは、これらの試みがすべて“ナチュラルに受け入れられている”コト。
文字で書き並べると、政治的な印象を抱かせてしまうかもしれない。が、観客は普通の音楽イベントとして遊びに来ていて、当たり前のように各々の楽しみ方でフェスを満喫していた。
また、ホスピタリティ面も充実しており、大規模なフェスで問題になることが多いトイレ問題も、この会場ではまったく問題なし!
むしろ、とても清潔なトイレが併設されていて、シンガポール発の国産オーガニックブランド「COMO Shambhala」による良い香りのソープが、快適な気分にさせてくれた。
COMO Shambhalaは、フェスではコスメを中心に出店していたが、マインドフルネスをテーマにヨガクラスを開催していたり、身体と心のことを考えた料理本なんかも出していたりするので、気になる方はぜひチェックを!
フェス当日には、ここでは書ききれないくらいの多様なコンテンツが用意されており、朝から晩まで飽きることなく楽しむことができたことは言うまでもない。
また、バンドとバンドの転換時間には、インダストリアルな空間に合うDJブースで音楽が鳴らされており、観客は徐々に上がっていくテンションの高さをキープしながら、夜まで遊ぶことができたように思う。
暗くなってからエネルギーは増え続け、最後は、年齢問わず多種多様なオーディエンスが音楽を心から楽しんでいるように映った。
個人的に今回の「The Alex Blake Charlie Sessions」でもっとも感銘を受けたのは、何度も繰り返しようにここに来ていた“シンガポールのオーディエンス”がフェス楽しむその姿勢にある。
“シンガポールのオーディエンス”とは書いたものの、もともと移民によって建国された歴史をもつシンガポールにおいて、この言葉は多様な意味を含んでいると思う。シンガポールで生まれ育った人(もちろん肌の色もさまざまだ)もいれば、仕事の駐在で一時的に住んでいる人やその家族もいる。
恐らく、彼らは常日頃から様々な価値観を受け入れて、それについて意見交換をすることに慣れており、少し変わったものに対しても主体的に楽しむ姿勢が身についているように思えてならない。
海外のフェスに行ったことがある方は体験したことがある人も多いかもしれないが、こうして多様な人種に囲まれてジェンダーの垣根を超えて音楽を共有できる体験はとても神秘的だ。
このようにフェミニズムをテーマにしたフェスが存在し、それが多くの人に受け入れられる。こういった構図が成り立つのは、特殊な文化の歴史によって培われてきたシンガポールという国のポテンシャルそのものではないだろうか。
そんなことを感じながら音楽に揺られていた筆者は、幸せを噛み締めながら、夜の工業地域とは思えないほどに熱気に包まれた会場をあとにして、ホテルへと戻った。
近年アジアのフェスティバルシーンが活発化するなかで、コンセプチュアルなフェスティバルが世界的に注目を集め、商業的にも成功を集めることは、同じアジアに住む私たちにとっても非常に大切なコトだ。
アジアのカルチャーシーンの動向が気になる方。来年の「The Alex Blake Charlie Sessions」には(もし開催されれば)、是非とも足を運んでほしい。