「クラブ」は本当に必要か?【大沢伸一×瀬戸勝之 対談】
音楽、ファッション、アートなど、さまざまなムーブメントを生み出してきた「クラブ」という場所とそれを取り巻くカルチャー。
ソーシャルディスタンシングの重要性が叫ばれる今、そんなクラブの存在意義が問われている。
「これからの時代、クラブって本当に必要?」。
90年代前半からつねにトップDJのひとりとして活躍してきた大沢伸一さんと、イベンター、そしてサウンドクリエイターとして業界をリードする瀬戸勝之さん。
シーンの最前線でクラブカルチャーを牽引してきたふたりは、その問いにどう答えるのか──。
撮影協力:WOMB
3Dミュージック制作スタジオ「studio SpaceLab」を主催し、サウンド&サラウンドクリエイターとして活躍。神戸最大級のクラブ「club JUNC」をプロデュースしたほか、2017年、未来型花火エンタテインメント「STAR ISLAND」の演出を手掛け「経済産業省マッチング・アワード2017」の審査員特別賞を受賞。
STAY HOMEでは味わえない
ダンスミュージックならではの音圧と熱
──休業や時短営業、深夜帯を含めた営業再開など対応が分かれるなかで、今の社会状況を鑑みつつ、クラブがもつ価値についてあらためて考えたいと思っています。まず、お二人にとってクラブとはどんな場所なのか教えてください。
瀬戸勝之さん(以下、瀬戸):僕は音響監督になる以前に神戸でクラブを経営していましたが、個人の体験から話すと、クラブって“サブカルチャーの宝庫”だと思うんですね。
テレビでは届かない、その場所に行かないと出会えないコミュティがある場所だった。
一方で、いろいろなモノやコトがデジタルに移行していくなかで、クラブという箱がなくてもコミュニティを共有しやすくなりつつあります。
たとえば、僕はVRやネットの世界を現実世界と合わせたクラブイベントも計画していますが、これまではクラブという箱のなかで完結していたけれど、オンラインでは箱という制約を超えてさまざまな人種や国籍の人たちとチャットを通じて出会うことができる。
それはそれで楽しいです、たしかに。
だけど、依然として現場主義の存在意義も残っている。
デジタルのクラブイベントって、コミュニティとしては成立していますが、クラブカルチャーとしての音圧であったりとか、体感するライブ感は届きにくい。やはりヘッドホンでは体感値としては弱いんですよ。
大沢伸一/ミュージシャン、DJ、プロデューサー
大沢伸一さん(以下、大沢):もっと簡単にいっちゃうと、デカい音で音楽を聴ける場所がないのは問題だと思うんです。
僕の曲も基本的に大きな音で鳴らすことを想定しているので、そもそもリファレンス自体がクラブなんですよ。
やはり音楽はある程度大きな音で聴くものだと思うし、ダンスミュージックは大きなフロアで鳴ったときに最適に聴こえるようにチューニングされているべきです。
逆にいうと、Beatportで売られているテクノど真ん中の曲をヘッドホンで聴いても、曲の本当のよさがわかるわけがない、と。
たとえば、リッチー・ホウティンの曲をヘッドホンでしか聴いたことがないのに「いいねー」っていってる人がクラブにきたら、その音にビックリしますよ。全然違うんで。
家で聴くのとクラブで聴くのでは、純粋に音楽体験だけフォーカスしてもまったく違う楽しみ方ですね。
瀬戸:クラブにいったことがない人は、そこで音楽体験が止まっている可能性さえありますよね。
大沢:そういう潜在的な音楽ファンを増やすためにも、クラブって必要だと思っています。
デジタルが
クラブカルチャーの魅力と可能性を
再認識させる
──新型コロナ以降、バーチャルなクラブイベントが少しずつ普及しつつあります。それらはかつてのFace to Faceに価値を見出してきたクラブカルチャーという文脈から見たとき、どういった意味をもつと思いますか?
瀬戸勝之/サウンドクリエイター
瀬戸:デジタルは“ツール”としてはアリだと思っています。
音量感でいえばクラブには届きませんが、今のテクノロジーを活用すれば、世界観の再現は近いところまで可能です。そういったオンラインイベントを入り口に、実際にクラブまで足を運んでもらうきっかけ作りにしたいと思っています。
結論、今まではCDやレコードが入り口だったけど、それが配信に変わっただけで基本的には何も変わっていません。
ただ、フロアの熱量をどう遠隔で届けるかという問題はあって、実験を繰り返しつつ試行錯誤しています。
大沢:人の匂いとか温度とか、あとは腹に響く低音とか、そういうフィジカルなものって絶対にデジタルやオンラインでは置き換えられない要素のひとつです。
だから、クラブがアリかナシかでいうと、形や定義は変化するにしろ、なくなるわけがないよねって思います。
瀬戸:本来、クラブってコンプライアンスから離れた場所であることが魅力でもあると思うんですよ。だけど、バーチャルでのクラブコミュニティが普及するにつれて、きっと規則ができてくると思うんです。
というのも、バーチャルだとお客さんを選ぶことが難しいので、今のところ年齢認証なしで参加できる。そうなると、やがて子どもに悪影響のある歌詞の曲は使えないといった規制が強化されていくんじゃないかと思います。
認知度や普及率が高まってメジャーになるほど、コンテンツクオリティは縮小していきます。
そして、その反対の概念としてアンダーグラウンドなクラブが存在していて、バーチャルのコンプライアンスから逃れてきたパフォーマーやオーディエンスの受け皿になる。
このリバウンド現象はいつの時代でも変わらないと思います。
大沢:クラブでかかる曲は昔からヒットチャートに入る音楽ではなくて、むしろヒットチャートには絶対に入り込まない音楽と出会うための場でした。
「こんな音楽を好きな人が俺のほかにもいたんだ」って確認する場でもあったんです。ウェブ上での取り組みがどれだけ進化したとしても、メインストリームとは違うところに存在し続けているものだと思いますね。
──近年、マーケティング界隈では「マスはなくなった。あるのはスモールマスだ」といわれるのですが、クラブにとってメインストリームとアンダーグラウンドの境目はどこにあるんでしょう?
大沢:本当は境目はないと思いたいですが、あるとするとやっぱり一般的には“数”なんじゃないでしょうか。
音楽はどこまでいっても商業芸術なので、SpotifyだろうがApple Musicだろうが、残念ながら数とは切っても切れない因果関係がある。チャンネルがYouTubeだろうが配信だろうがそれはかかわりなく、どれだけ聴かれているかが基本的な判断基準です。
ただ、数が少なければ闇雲にアンダーグラウンドってわけでもない。
どんな種類の人が、どんなふうにサポートしているかという図式まで含めた数が透明化されることで、ものすごく大きな数をもったアンダーグラウンドになるし、実際にそういうものも存在しています。
クラブはそういったもののひとつであってほしいですよね。
瀬戸:僕がクラブを経営していたころは、海外旅行や留学にいった人のほうが明らかに曲を知っていたけれど、ネットの世界は探せば見つかるじゃないですか。好きな時間に好きなだけ調べられるインターネットというツールが入ってきたときに、アンダーグラウンドとマスの差がわかりづらくなった。
だから、もはやクラブでも曲を知っているか知っていないかは関係がなくなりつつありますよね。
DJがかける曲の展開がよければ盛り上がる。
──ただでさえクラブに対して「怖い」というイメージを抱いている人たちは、コロナ禍でどれだけクラブが打撃を受けていたとしても、まったく気にしていないように思います。
瀬戸:そもそも「クラブが怖い」とひとくくりでいったとしても、年代やジャンルによって怖さの質が違うと思いますね。
ジャンルでいえばヒップホップはいろいろなカルチャーの融合なので、仲よくなれる共有の場でもあるけど、ぶつかる瞬間もあったりする。90年代頃はとくにそういった衝突がありましたね。そういう衝突を繰り返して「問題が起きるとイベントが終わる」と気づいて、平和的解決を目指すようになっていったイメージがあります。
大沢:僕、今でもクラブ怖いんですよ(笑)。
これだけの人数が集まるんだから、どれだけ排除しても悪いことするやつがいて、悪いことに巻き込まれるんじゃないかって怖さもある。単純にこんなデカい音で音楽を聴き続けたら頭おかしくなるんじゃないかってときもあるし、これ以上酒飲んだら終わるなってときもある。
でも、いろいろな怖さがあって当たり前なんです。
とくに10代のころなどは怖いのが当たり前で、責任が伴うからこそ怖いんです。それをあえて経験しにいくことで、大人の階段を登るんだと思います。
僕はそれを闇雲に安全に整えるのはやり過ぎだと思う。「怖くないから遊びにおいで」ではなく「怖いところだから、ちゃんと覚悟して遊びにおいで」って。
ヘンなやつもいればちゃんとしたやつもいるのは、なにもクラブに限った話ではなんですよ。
そのへんの居酒屋だろうがパチンコ屋だろうが、ヘンな人はヘンで、まともな人はまともなんで。それが社会じゃないですか。ある意味で尖ったカルチャーだからこそクラブは社会の縮図になっていて、逆にいうと人生勉強できる場所でもあると思うんです。
真面目に狂うことができる場所
──そういったネガティブなイメージを持つ人がいたり、VRでのコミュニティ作りが進んでいたりするなかで、今、あらためてクラブの“場”としての存在意義とは、具体的にどういうものでしょう?
大沢:音楽的なこと以外でいえば、僕が20代前半のころは小さなキャパの箱こそがクラブといわれてた時代でした。そういう箱にいくと、渋谷のどこを探してもいないぐらいカッコいい人がいるんですよ。男性も女性も。
しかも、その人が普段街中で見ないような格好で踊っているのをみたときに「こんなの、ほかのどこにいっても出会えない」っていう......視覚的な体験ですよね(笑)。
瀬戸:街を歩いていたり、仕事で出会う人とは違う人種が集まるので、ビジュアル的にカッコいい人やきれいな人もいるし、そういう人もじつは普段はおとなしい格好で会社に勤めてたりする。
大沢:で、もしかしたらその人たちと乾杯できるかもしれないし、そのときのお酒の味はそこらのバーとはまったく違うし、話の内容も違う。クラブというフィルターを通すだけで、さまざまな体験が一変してしまうわけです。
あと、クラブだから許容できる人もいっぱいいるじゃないですか。
「この人、実生活、大丈夫?」って人もいるけれど、そういう人を受け入れる許容量というか独特の深さがある。
たとえばクラブのフロアの真ん中で「ウギャーーーッ!」って叫んだって別に誰もビックリしませんよね。でも、街中でそんなことやったら、下手すると通報されますよ。
そういう感情を受け入れる懐の深さって、クラブがもっている“優しさ”だと思う。実際に僕は何回も発狂してますし、泣きましたし、歓喜しました。それが実生活で体験できる場所ってほかにちょっと思いつかない。
瀬戸:総称すると“真面目に狂うことができる場所”ってことですね。
大沢:その懐の深さがあるからこそ、魂の交歓やアイデアや肉体的な交換であったり、ありとあらゆる価値が共有されてきた場所がクラブだと思っています。
音圧や汗の匂いといったわかりやすくバーチャルで共有できない事象だけじゃなく、あのときの、あの瞬間にクラブにいなかったら体験できなかった瞬間や、出会えなかった人、自分に起きた変化……。
それらを全部ひっくるめて考えると、クラブの存在意義って言葉にできないほど、とんでもなく大きな価値だと思うんですよ。
瀬戸:今まで考えたこともなかったけれど、クラブのカスタマーエクスペリエンスということですね。やはり、いいイベントはいいバイブスが出ています。
大沢:僕が東京に出てきたばかりのときに、まさしくある女性のDJから「クラブってバイブスなんですよね」って、同じ言葉を聞きましたね。
その言葉を聞いたとき、当時、田舎から出てきたばかりの僕は「東京、勝てへんわ」って思いました(笑)。でも、何十年経っても、結局同じなんですよね。
瀬戸:音も波動だし、場の雰囲気も波動なんですよね。
物理の世界でいえば、何をもって生命体か否かといえば、それは“周波数”なんですよ。自ら振動しているものが生命体で、そうでないものは生き物に該当しない。つまり、すべては周波数、バイブスであり、ここを突き詰めていくと人はつながっていく。
バイブスがつながっていくと、話している内容もラジオのチューニングが合うみたいに明確になっていく。
この共鳴はデジタルでは難しいかもしれないですね。
今だからこそ話せる、これまでとこれから
──新型コロナの出現はクラブに大打撃を与えましたが、今後のクラブカルチャーはどう変化していくと思いますか?
大沢:もちろん、ネガティブな影響は大きかったし、今後も大きいです。箱の大小問わず、場所を維持して従業員を守り続けるのは大変だと思います。
その反面、この状態になったことで、追い風になった面もあると思うんですよ。
なぜなら、本当にクラブが好きなやつらしか戻ってこないから。好きなやつらが戻ってくることによって、熱量って倍加するので、絶対に人が集まるんですよ。
僕はクラブカルチャーは“やり直しの時代”だと思っていて、それは別に規模を縮小して小さい箱からはじめようってことではなく「なぜやるんだっけ?」や「好きだからこそやりたい!」という原点まで立ち返って、確認して、もう一回はじめる。
そう考えると、決して悪いことばかりだとは思っていないんですよね。
瀬戸:もともとクラブはカルチャーの発信地だと思っているんですが、もし新型コロナがなかったら、オリンピックも予定通りおこなわれて、イベントのクオリティに関係なくお客さんは満員だったと思うんです。でも、そういう状況だと新しいことを試すのは難しい。
逆に今、コロナで一度立ち止まったので、新しい空気も入れやすいのかなって思いますね。
それは企画の段階から「クラブとはこういうものだ」という定義を踏み外して、新しいスタイルを作るチャンスではないかと思っています。
大沢:こういう言い方は悪いけど、EDMブームがはじまってからの何年間は、音楽が好きというよりは大騒ぎするのが好きなだけのお客さんも増えて、僕にとってクラブの暗黒期で「ここは僕の居場所じゃないかもしれない」とまで思いました。
今はハードルが高いがゆえに、本当に純粋培養された人しかこないと思うんですよね。そこに戻るいいチャンスですし、原点回帰することでクラブそのものの吸引力は増すと思うんです。
瀬戸:再開予定のイベントに対しても「なんで今やるの?」と思う人がいるのは、ある意味で正解です。
だけど、東京はここにしかないカルチャーやパワーがあったのに、街から人が消えてしまった。本来、人臭さがあったり体温を感じる猥雑さがあるからこそ、ストーリーが生まれ、クリエイティブが生まれる。
だからこそ、柔軟に物事を考えて、今の状況でクラブという人の温度や猥雑さのある場所で何ができるかを提案していきたいと思っています。
これからいくつかのクラブとも協議するんですが、クラブが地球環境やサステイナビリティ、SDGsといった日本が立ち遅れているジャンルの物事に興味のある子たちの溜まり場になってもいいと思うし、社会問題に対してアウトプットできる場所になるといいなと思っています。
大沢:僕はコロナ以降に環境問題に覚醒したんですが、むしろパンク的な精神を持ち合わせた人のほうが、環境や社会に対する意識が高まっていると感じています。
ただ、どうやってもクラブって“カッコよくないとダメ”で、僕はそこは譲れない。
コロナ禍を経て熱量を増したクラブなら、そういう場になれるんじゃないかなって、そんなふうに本気で感じています、今。
※対談時は、出演者、スタッフともにつねにマスクを着用しています。撮影時、出演者がマスクを外している場合がありますが、話すなどの行為はおこなっていません。