【栗城史多×野口健 対談】「職業・登山家」僕らが山に挑み続ける、大きな理由
自分の道を極める2人の探求者が、自由な発想で語り合うスペシャル対談。登場するのは、世界の山々の登頂に、果敢に挑戦しつづける登山家栗城史多氏と世界の最高峰に挑むかたわら、清掃登山や環境学校の開校など多岐に渡って活動するアルピニスト野口健氏。この対談はきっと、物事の新しい見方を紐解く鍵となるはず。本コンテンツは栗城氏のメールマガジンより引用したものです。
1982年北海道生まれ。大学山岳部で登山を始め、これまでに6大陸の最高峰を登り、8000m峰4座を単独・無酸素登頂。2009年からは「冒険の共有」としてのインターネット生中継登山をスタート。2012年、重度の凍傷により手の指9本を失うも、2014年にブロードピーク(8047m)登頂で復帰を果たす。2015年秋には、5回目となるエベレスト登頂を目指す。
1973年アメリカ生まれ。高校時代、植村直己氏の著書に感銘を受け、登山を始める。1999年エベレスト登頂に成功し、7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立。2000年からは、エベレストや富士山での清掃活動を開始。全国の小中学生を主に対象とした「野口健・環境学校」を開講するなど、積極的に環境問題への取り組みを行っている。
「やりたい」と「やる」は
まったくの別物
栗城 健さんに初めてお会いしたのは、今から10年ほど前ですね。こんな風に人前で対談できるとは、夢にも思っていなかったです。今日は本当にありがとうございます!
野口 いえいえ、こちらこそ。僕のところには「七大陸最高峰を制覇したいんです」とか、いろんな人が相談しに来るのね。その中でも、栗城さんは印象的だったんだよ。
栗城 どんなところがですか?
野口 「やりたい」ってことと、実際に「やる」ってことは違うじゃないですか?「やりたい」って思うことは簡単だけど、現実的にどう実現させるかって考えるのは難しい。
だいだい「やりたい、やりたい」って言ってても「こいつはやらないだろうな」って人がほとんど。夢を語るのは簡単だけど、「その夢をどう実現させるか」って考えることはハードルの高さが全然違うんです。でも栗城さんの場合、「きっとやるな」って印象だった。
栗城 そうだったんですか。ありがとうございます。野口さんには「秋のエベレストに登りたいんです」って相談したこともありましたね。そうしたら、「99%無理だから!」ってボロクソ言われた(笑)
野口 登ってないじゃん、実際に(笑)
栗城 確かに、秋は冬に向かって寒くなっていくから、プレッシャーがとても強い。それに日照時間が短い。朝方にちょっと陽が出ると、すぐに暮れていく感じで。
野口 やっぱり秋はやめた方がいいよ。でも、栗城さんは頑固だからな。昔から頑固なの?
栗城 いや、ほとんど「これだな」と思ったことにはチャレンジしてきましたね。とはいえ、健さんも頑固ですよね?
野口 俺は頑固なフリをしているの。だから一回秋に登って、「これはヤバイ」って思ってからは、すぐ春。もう楽なのがいいよ。なんといっても酸素の旨さ! 栗城さんと一緒にエベレスト行って、横で旨そうに酸素吸いたいね(笑)
栗城 酸素の旨さですか?
野口 酸素を吸ってないと、神経がやられて世界が暗くなるんだよ。でも、吸った瞬間に、狭かった世界がブワッと広くなる。最高ですよ、あのラリっていく感じ(笑)酸素大好き!
栗城 酸素大好き!?
野口 そう、2,3年前にレギュレーター(調整装置)がサウスコールの手前で壊れて。脳をやられて、降りてきてもずっと吐き続けてね。医者に診てもらったら、脳浮腫っていう脳が膨張して脳内出血するやつのちょっと手前だった。だから酸素って本当に大切なの。
栗城 脳浮腫は、高山病の一番怖い状況ですね。僕も無酸素で登っていて、7500メートルで日記を書いたことがあるんです。その時、漢字がまったく思い出せなくて。
野口 普通、そんなところで日記書かないよね(笑)
何から何まで自分でやる
登山家=経営者
野口 「登山家って、どうやって生活しているの?」って思われません?うちの娘にも、人から「お父さんの仕事って何?」って聞かれると困ると言われて。
栗城 確かに。娘さんはなんて答えているんですか?
野口 ゴミを拾う「ゴミ屋さん」。だったりしてね(笑)
栗城 本当に素晴らしいことをやっていらっしゃるのに。
野口 確かに、僕らって山登りのガイドをやっているわけじゃないし、「職業・登山家」っていっても、意味が分からないよね?でも、気付いたら二人とも登山家としてやっているんだよね。
栗城 僕は健さんのことをすごく尊敬しているんですけど、“同士”みたいな感覚もあるんです。人が行かない道を行って、ごはんを食べるっていうか、生きて行くっていうか。
普通、スポーツ選手って、どこかに所属するじゃないですか?それで、スポンサー探しとか色々してもらう。でも僕たちは、全部自分たちでやって来たじゃないですか。
野口 そこなんですよね!
栗城 そこが、健さんのことをすごく素敵だなと思うところなんですよ。
スポンサー探しの鍵は
Win-Winの関係を築くこと
野口 夢を語るのは誰でもできるけど、実際にはお金を集めて、いかにやっていくかって話だからね。相手にもメリットがあって、お互いWin-Winの関係をどうやって築いていくか。これが結構ハードル高いんですよ。なかなか出来る人が少ない。
でも、栗城さんから10年前に相談されたとき、質問が細かくって、きちんとやっていきたいんだなってことをすごく感じた。
栗城 おお、そうですか。
野口 例えば、僕らより体力があったり、技術がある登山家はいっぱいいるんですよ。山の世界には、「こんな難しいところに登って…。やめときゃいいのに!」って人が本当にいっぱいいる。
栗城 そうですね、たくさんいらっしゃる。
野口 そういう人たちって、素直にすごいな〜と思うんです。ただ、大きな冒険をするだけの環境作りができない人がとても多くて。だから、登山家にとってお金を集めることは難関でもあるんですね。
栗城 すごいわかります。
野口 まだ学生の頃にあちこちの企業を回ったんだけど、目の前で計画書を破られたことがあって。「ここには君の冒険のことしか書いてない!」って、すごく怒られた。
栗城 いや〜、そんなことがあったんですね。
野口 その瞬間は、「そりゃそうだろ。これはあんたの冒険じゃないぞ!」って若い僕は思ったわけ。でも、よくよく考えてみたんです。もし、「我々が一生懸命働いて出した利益の中から、なんで君の遊びにお金を出さなきゃならないんだ?」って言われたら、素直に「だよね~」って思ってしまった。
栗城 「だよね~」と(笑)
野口 それからは、相手の会社のことをしっかり調べて、僕を応援することで相手側に起こるストーリーを頭のなかで描くようになった。毎晩ずっと考えるんです、そのスポンサーと僕のストーリーをどうやって成立させるかって。
でも、それが描けるとね、意外とスッと決まるんです。冒険する側と応援してくれる側がピタッといくと、付き合いは本当に長くなりますよ。
栗城 本当、そう思います。
野口 冒険に失敗した時に、去っていくスポンサーっているでしょ?
栗城 はい、経験あります。
野口 あれは、一番落ち込むけど、しょうがないから、気にしないでいいの。僕も何社も経験あります。でも、登山っていうのは、「登頂できない」「登頂できない」の繰り返しだからね。
栗城 なるほど。
野口 けっこう大変なんですよね。冒険しながら、自分が経営者だから。
人を巻き込みながら
大きなアクションに
発展させていく
栗城 僕は自分でやってきてよかったと思うんです。「冒険の共有」を目指して、ヒマラヤからネット中継をやっているんですが、ものすごくお金がかります。もし仮に、どこかの事務所とかに所属していたら、多分不可能だと思うんです。
野口 僕が事務所の社長で、そこに栗城ってタレントが来て、金儲けしようと思ったら相当無理しないとね。冒険の時以外は、ずーっと講演してもらわないと。それで、3割貰ってね。あれ、それも悪くないかな(笑)
栗城 いやいや~。
野口 でもね、登山家になって何がよかったかって、一人でなんでもすることなんです。大きな会社に入ると、広報とか営業とか経理とかの部署があって、役割が分かれているでしょ?でも、登山家はそうじゃない。実際に冒険活動するし、荷物の調達もする。トータルでやらなきゃいけないから、社会の流れも分かるようになるんです。
冒険っていうと人間の社会から離れたところでやっているんだけど、実は社会との繋がりの中で冒険している。そういう意味で登山家って面白いんですよね。
栗城 そうです。何でも自分が動かないと、ですね。
野口 そういうことを学生時代からずっとやってきて、すごく助かっています。今、冒険活動以外にも、清掃活動とかいろんなことをやっているけど、まったく同じ。
例えば、富士山で僕一人だけがこっそりゴミを拾ったって意味無いでしょ?この活動をどういう風に外に向けていくかっていうこと。ちゃんと問題定義して、みんなに「富士山をきれいにしないとね」って思ってもらわないと。
それにはお金も掛かるから企業に協力してもらう必要があるし、政治家も巻き込んでその活動を守っていく制度も作っていかなければならないんです。
栗城 それって、本当すごいことですよね。
野口 そうするとね、学生時代に自分の冒険を伝えるために試行錯誤していたことが、今、冒険以外のこういった活動に当てはまるんです。いかに伝えて、人を巻き込んで、大きなアクションにするかってことが大事で。そういったことが学べるから、登山家って職業は面白い。今度、栗城さんもぜひ富士山に清掃に来てくださいよ。
栗城 はい、必ず参加します。今日は本当にありがとうございました!