10年以上かけて、河原から「◯◯な小石」だけを拾い集めた男がいる

1985年にスタートした、つげ義春のシリーズ連作漫画『無能の人』。主人公の助川助三は、多摩川の河川敷で拾った石を掘建て小屋に並べ、その石を売る。妻に愛想をつかされ罵倒されながらも、日々、石を並べては思索にふける……という、インテリゆえに貧乏する男のストーリー。そんな漫画の世界を、まさに地で行く(?)人物がスイスにいた。

ブリーク在住の愛石家André Quirinus Zurbriggenさんは、じつに10年以上かけて、スイスアルプスの沢で小石を拾い集めた。執拗なまでに彼が追い求めたもの、それがアルファベット26文字だ。

石に魅せられた男の執念
探し当てた石の「A to Z」

写真左上から順に並べられた「A to Z」、いささか寛大な解釈が必要なものも中にはあるが、読んで読めないことはないはず。大文字だけでなく、ちゃんと小文字だってある。

これらを組み合わせていくと、ひとつの文章がきちんと読めてしまうからフシギだ。たとえば、こちら。

Hello ,

 who

 are

 you ?

といった具合に。

単に、キレイな小石を見つけ出せばいいというものではない。彼のこだわりは、この26個のレターにあったのだから。沢や小川で足元に目を落とし、まさに目を皿にして拾い集めた自然物がつくり出す文字の一つひとつ。気の遠くなるような作業を、コツコツと10年以上に渡って続けてきたAndréさんの偏愛ぶり、はたして理解できる?

「石のフォント」でタイピング
画像ダウンロードもできる

長い年月をかけて、ただ文字に読める石を拾っただけでは、それこそ“無能な人”で終わってしまう。もちろんAndréさんはそうではない。なんせ彼、本業はアーティストだから。

最後の1ピースを拾い上げた日から、彼は収集した大小合わせて52文字の小石を使って、インタラクティブに楽しめる“石のフォント”を作成。専用サイト「Stones」では、文字を打ち込み画像としてダウンロードできる仕掛けが、とにかくおもしろい。

愛石家は日本にも。
いにしえより継承される
水石(すいせき)文化

ところで、こうした自然の造形物・石を愛でる楽しみは、ここ日本でも古来より伝わる、れっきとした文化であることを忘れてはいけない。室内で石を鑑賞する「水石(すいせき)」は、古くは公家社会の趣味人たちの間でもてはやされた、たしなみのひとつだ。

山水景を感じる自然の石に魅せられ収集したり、また拾った石を売買する文化が、今も愛石家の間で行われていることを付け加えておこう。

石をインテリアのアクセントに用いるか、それとも拾った石で一攫千金を狙うのか。どちらにしても、もっとも“無能”なのは、河原で足元に目を向けないことなのかも。

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