大人になってからの片想いって、ほんとうにツラい。
「気が多い女の子」の記事でもありましたが、大人になってから、ついつい、うっかり、人のことを本気で好きになってしまったときって、改めて恋愛の苦さを思い知ります。
お互いに恋人がいないものの、「ぜんぜん脈ないよね」って分かりきってるとき、ほんとうに、その人だけを一生懸命に想いつづけることって、意味があるんでしょうか?
男性って、捕まえたくなるような女性が好きって言うし。
辛くなってしまうくらいにまっすぐ想ってしまったら、もう『うまく転がすこと』なんて、できないです。つぎ会える保証もないのに、誘いを断るとか。わざと既読無視とか。
もちろん、こんな恋愛ばかりしてきたワケじゃありません。だからこそ、こういう片想いって勝ち筋が見出せないことも気付いてます。
たいして好きじゃない人の心は、思った以上に掴めたりするのに
うっかり堕ちる恋こそ、うまくいかなくて、ドツボ行きなんて人生は手厳しいですよね。
「あ〜あ、ズルい女になりたい」。
一喜一憂に疲れて、片想い仲間にポロっと弱音を吐いたら
「いや、それは思わないわ〜」って言われてしまいました。
え、今まで散々この苦さに共感してくれてたのに?
「だって、ズルくなるのなんて簡単じゃん」
はっ……。
刺さりました。グサって。
社会に出て、自分で稼いで生活している20代半ばにもなって、まだ中学生みたいな片想いをして、うまくいかない現実を夕暮れ時に嘆いている。
放課後の教室で食べていたポッキーの代わりに、ビールとおつまみにはなったけれど、確かにそう言われてみれば、あの頃に比べて「ズルくなる」ことは容易になったはず。
テキトウな恋愛を楽しむ機会だってそれなりにあったし、大人になったということを言い訳に、下心をむき出しにして『遊び』と称することだって。
でもいま、私たちは苦しい恋愛をしている。恋をしている。片想いをしている。脈なしを認めたくないくらいの。
うまくいかない片想いに、みっともないくらい嘆くことができるのは、人生であと何回だろう。
──この先、ずる賢くなるチャンスはいくらでもあるかもしれないけれど、その逆は、確かに、もう、ないのかもしれない。
たったひとりのことを想って、心をエグられたり、悩んだり、「おはよう」だけで喜ぶような時間を過ごすこと自体を、何より大事にするべきなのかもしれない。
だから、「もっと遊んだら?」とか、「うまくいかないなら次行きなよ」とか、「時間がもったいない」って言われるたびに、この恋心をないがしろにしてやりたくなるけれど。
まだ苦しいと思えるうちはグッと堪えて、馬鹿だと知りながら、まっすぐ大事にしてみようと思うのですが、ご一緒にどうですか、片想いに悩めるみなさん。