【ライフデザインYouth Lab.】
結婚しない自由が前提にある時代の結婚って
“幸せの必須条件”なの?

この記事は大学生を中心とした若い世代とこども家庭庁によって組織されたプロジェクト「ライフデザインYouth Lab.」が作成したものです。若い世代が主体的に、自らのライフデザインについて考える機会の創出を目指しています。

※「ライフデザインYouth Lab.」について詳しく知りたい方は文末をご覧ください。

【記事執筆者】

赤松美空

参加した理由/このプロジェクトでやりたいこと
自分のライフプランを改めて考え直すきっかけだと感じたから。自分の考えを言語化し、他者との対話から視野を広げたい!

朝岡俊永

参加した理由/このプロジェクトでやりたいこと
「自分の考えを社会に発信してみたい」と常日頃考えていたため。

加藤久美子

参加した理由/このプロジェクトでやりたいこと
仕事とプライベートのどちらも充実させた暮らしをするためのヒントになればいいと思ったから。

三浦孝太

参加した理由/このプロジェクトでやりたいこと
就活浪人をする中で、自分の将来に対して深く考える場を設けたいと思ったから。

結婚=幸せはもう前提じゃない

かつて、結婚することは当たり前のことであった。結婚をしないという選択肢はなかったようにさえ思われる。もし、30代になって結婚していなければ「なぜあの人は結婚していないのか」と、周囲から見られることが主流だった時代もあったはずだ。

しかし今は、令和である。時代は進み価値観も多様化してきた。その流れの中で結婚に対する価値観も変わってきた。その一つが「結婚することは、幸せである」というものである。

令和の時代において、「結婚は幸せになるためにするべきもの」という考えはすでに過去の話かもしれない。例えば、FIREすることが幸せという人もいれば、自由でいることこそ至高……!という人もいる。

かつては本人の意志に関係なく結婚せざるを得ない時代もあった。その要因として家柄の問題であったり、女性の経済的自立も難しく捉えられていたはずだ。しかし今は家柄に縛られることも減り、女性も自立することが可能な世の中へと変化している。

この流れに伴い、かつて一元的だった「幸せ」に対する考え方も時代とともに大きく変化していったと考えられる。少なくとも、「結婚は幸せになるための必須条件」という前提は機能しなくなったのではないか。

では、令和の時代における結婚の目的は何か。結婚をしない方が幸せなのか、あるいは令和の時代にも結婚からしか得られない「幸せ」があるのか。読者の皆さんにも私たちと共に、今一度結婚の意義について考えてみていただきたい。

結婚は人生を楽しむためのオプション説

令和の時代において、結婚に対する考え方は変化している。では仮に「結婚は幸せになるための必須条件」ではないのだとしたら、今の人々はどのようにして幸せを享受しているのだろうか。

その一つが「自由であること」ではないだろうか。

近年、筆者の周囲には、男女問わずひとりでいることに幸せを見出している層が徐々に増えているように思われる。その人たちは自分のしたいことをしたいときにする生活を実現していることだろう。こうした生活スタイルについては、結婚生活との両立が難しいと感じる人もいるようだ。

議論の中では、ひとりでいることに充実感を覚える人にとって、結婚は必ずしも優先度の高い選択肢ではない、という整理がなされることもあった。

また、友達と遊んだり、旅行に行ったり、仕事に全力を注ぐといった行為に「幸せ」を見出している人々もいることだろう。そうした生き方を大切にしている人の中には、結婚が自分の時間配分に影響を与える可能性を懸念する声もある。

結果として、結婚による利点と負担を比較したときに慎重な姿勢を取る人がいる、という見方もできる。それゆえ、結婚を選ばないという判断が、その人なりの幸せの捉え方に基づくものとして語られる場面もある。

では、結婚をしたい/している人々はどのように考えているのだろうか。後半では、結婚が幸せとは限らない時代においても結婚を望む人々に視点をあてていくことにする。

それでも結婚がステータスに見える理由

結婚が必ずしも幸せを保証しない時代になった。それでも、私たちは結婚した人を見るとどこか「人生が一歩進んだ」ように感じてしまうことがある。それは、結婚が幸せそうに見えるからというより、社会の中で一定の評価を受けているように映る場面があるからかもしれない。

結婚すると、世間からは「責任感がある」、「社会性がある」、「まともな大人」といったイメージで語られることがある。特に一定の年齢を超えると、結婚しているという事実だけでこれまで必要だった説明が省略される場面も増える。実際、議論の中では結婚は幸せの証明というより「社会に説明しやすい肩書き」として機能している側面があるのではないか、という意見も出た。

私は、本当に結婚が与えているのは幸福感そのものではなく、他人からの安心、承認、そして納得なのではないかと感じている。ちゃんとしている人生、順番通りの人生を歩んでいるという、周囲からの評価を手に入れている感覚。それが、結婚のステータスのように見せている正体なのかもしれない。

しかし一方で、結婚はした瞬間に無条件で評価されるものでもない。例えば、16歳で結婚をした場合の社会的評価はどうだろうか。SNSでは、結婚しているのにもかかわらず「ちゃんと子育てできるの?」「早すぎない?」「無責任じゃない?」といった声が簡単に飛んでくる。同じく結婚している立場であっても、年齢によって受け取られ方が異なる場面がある。

結婚は大人の証のように扱われる反面、年齢が若すぎると、同じ結婚が未熟さの証拠として受け取られてしまう。この矛盾は、結婚そのものに一律の価値が付与されているわけではない可能性を示している。

私たちは、無意識のうちに結婚という事実だけを見るのではなく、年齢や経済力、ライフステージの順番まで含めて、その人を見ているのかもしれない。つまり、結婚がステータスに見えるのは、結婚自体が価値だからではない。社会の中に依然として「わかりやすい人生の型」を求める意識が残っている可能性がある。

だからこそ、結婚は幸せの証明ではなく、幸せになるための選択肢の一つとして、改めて捉え直す余地があるのではないだろうか。評価を得ることと幸せになることは、必ずしも同じではない。

結婚は幸せになる手段の一つ

では、社会の評価を一度脇に置いたとき、結婚は私たちにとって、どんな意味を持つのだろうか。

結婚=幸せという考え方は、すべての人に当てはまるものではなくなってきている。今、結婚は人生のゴールではなく、数ある選択肢の一つとして捉えられることが増えている。

結婚は幸せそのものではない。けれど、幸せになるための手段の一つになり得る場合もある。それが有効かどうかを決めるのは、結婚するかどうかではなく、自分がどんな人生を楽しみたいかという問いである。

誰かと日常を共有したいか。
一人の時間や自由を優先したいか。
安定を求めるのか、変化を楽しみたいのか。

本来は、結婚したいから人生を決めるのではなく、こうした問いに向き合った先に、結婚という選択肢が自分にとって必要かどうかが見えてくる。結婚は人生を楽しくする拡張手段にも、何も考えずに選べば重たい制約にもなり得る。だからこそ大切なのは、結婚そのものではなく、それを自分の意志で選んでいるかどうかだ。

結婚は、幸せになるための唯一の道ではない。でも、自分なりに人生について考えた上で選択するのであれば、その人にとって意味を持つ可能性がある。本記事が、結婚を含むさまざまな生き方について考える際の一つの整理材料になれば幸いである。


 

【「ライフデザインYouth Lab.」とは?】

「ライフデザイン Youth Lab.」とは、Z世代をはじめとする若い世代が、主体的に人生を選択できるようになることを目指す、若い世代から若い世代に向けたライフデザインコンテンツです。

この記事を読んで「私にとってのライフデザインって?」と感じたなら、彼らの活動についてもう少しだけ触れてみてください。
自分らしい未来を描くきっかけに出会えるかもしれませんよ。

【本記事に関するご注意】

本記事は、大学生が恋愛や結婚など「ライフデザイン」について率直に話し合い、その中で出てきた意見や感情をもとに構成を考え、大学生自身によって執筆されています。そのため、内容には強い言葉や極端に感じられる表現、読み手によっては違和感や不快感を覚える可能性のある記述も含まれています。しかし、それらを過度に編集・修正することはあえて行っていません。話し合いを通して生まれた大学生自身のリアルな言葉を共有することに、この取り組みの意義があると考えています。学生の生の声をできるだけそのまま届けることで、読者の皆さんが自分自身の考えと向き合うきっかけになれば幸いです。