しあわせじゃない人が受けるべき「アラン先生の授業」って?

今からまだそんなに遠くない未来のお話。

日本全国から選り抜きの「不幸な高校生」ばかりが集められた「私立不限高校(通称:フコウ)」が設立された。いじめや貧困、無気力に自殺願望など、とにかく不幸な高校生ばかりが通う「フコウ」にある日、奇妙な先生が赴任してきた。

彼の名前は亜蘭幸男(あらんさちお・通称 アラン先生)。「世界三大幸福論」のひとつ、『幸福論』(1928年)の著者である哲学者・アランの化身である彼は、フコウに通うさまざまな生徒の悩みに答え、彼らに「幸せになるためのヒント」を与えていく。

…この物語は、五百田達成さんによる実用エンタメ小説『アラン先生と不幸な8人』。

今回は本書に登場する7人のなかから、命の大切さがわからない「自殺男」とアラン先生のやりとりを紹介します。

幸せは「絶対評価」
比較ではなく
自分がどう感じるか

お昼休み、アラン先生が屋上でサンドウィッチを食べていると、自殺男がやってきた。アラン先生には目もくれず、フェンスを登っていく自殺男。すぐに事態を把握したアラン先生は、思いっきりその男の足を引っ張った。

アラン 危ないだろう! 突然何をするかと思えば…。たしかキミは先週もリストカットをして、救急車で運ばれたそうじゃないか。どうしてキミはそんなに死のうとするんだ?

自殺男 どうせいつか死ぬのに、どうして生きなきゃいけないのかがわからないんだ。

アラン …。うん、それで?

自殺男 それでって…理由はそれだけですけど。

アラン まさか、それがキミのたび重なる自殺未遂の理由なのか?

自殺男 そうだよ!だって、みんないつか死んじゃうんだよ?生きていたって意味ないよ。それなら今死んだっていいじゃないか。むしろ、いつか人生が終わることにビクビクしながら生きていくなら、いま死んだ方がマシだ!

アラン 人がいつか死ぬなんて、子どもだって知っていることだ。だけど、そんなことで悩むのは、キミみたいなヒマな人間だけだ。

自殺男 僕がヒマ!?

アラン はっきり言ってやろう。キミはそんなことを崇高な悩みであるかのように思っているみたいだけど、全然そんなことはない。単にヒマを持て余しているだけだ。

自殺男 僕はヒマなんかじゃない!「繊細」なんだよ!

アラン ふんっ、「繊細」なんて上等なもんじゃない。不安に対してはもっと鈍感になりなさい。幸せになるための唯一の手段は、自分の不機嫌を無視することだ。

自殺男 無視なんかできないくらい辛いから、死にたいんだよ。

アラン そんなのは贅沢病みたいなものだ。目の前に差し迫った問題がないから、「考えても仕方がないこと」をわざわざ遠くから引っ張り出してきて悩むんだ。だって、今日食べるものにも困ってる人が「どうして生きなきゃいけないのか」「自殺の何がいけないのか」なんて考えていると思うか?結局のところ、キミはくだらないことを考えて、ヒマつぶしをしているだけなんだよ。

自殺男 たしかに差し迫った問題はないけど、これって本当に考えても仕方がないことなのかな?

アラン 仕方がないね。だって正解が出ない問題をグジグジ考えても仕方がないし、そんなことで思い悩むなんて、それこそ無意味だよ。

自殺男 そんなこと言ってもなぁ…。やっぱり考えちゃうよ!だって僕、これまで生きてきて、ひとつもいいことがなかったんだ。これまでの人生を振り返ると、ものすごく憂鬱になる。それに、この先もこれまでと同じように何もないんだとしたら、これまた憂鬱になるんだ。

アラン なるほど、よくわかった。キミのなかではもう「過去を見ると憂鬱になる」という答えが出ているんだから、これまでのことはもう考えるな。

自殺男 過去を振り返るなということ?

アラン 振り返ってそこから前向きに学ぶならいいけど、今のようにただ嘆くだけの「後悔」なら振り返る必要はない。それに、まだ見ぬ未来を思い悩むなんてバカなこともよせ。さっき「正解が出ないことを考えるな」と言っただろ。もっと今に集中しろ。行き当たりばったりで生きるようにしなさい。

自殺男 そんなの意味のない人生じゃないか。

アラン 意味のない人生で何が悪い?無意味でいいじゃないか。ドラマチックなイベントや楽しい思い出がないからって、悪い人生ってことはないよ。

自殺男 だけど、やっぱりほかの人と比べるとガッカリするんだ。

アラン 他人と比べるな。キミみたいに「あの人は成功しているのに、自分は…」なんて比べるのが一番愚かだ。他人だけじゃないぞ。「自分はこんな人間になりたかったのに」って、想像上の未来の自分と比べるのもダメ。「昔はあんなにイケてたのに」って、過去の自分と比べるのもダメ。とにかく比較は禁止だ!

自殺男 どうしてダメなの?

アラン 幸せってのは絶対評価なんだ。「今この瞬間、自分がどう感じるか」だけが幸せにおいては大事なこと。それなのに相対評価なんてしたら、せっかくの幸せが目減りするぞ!

幸せも不幸も自分次第
「幸せになる」と
思ったら幸せになる

自殺男 つまり、自分が楽しいと思うことが大事だということだよね。…だけど、僕にとっての楽しいことって、なんだと思う?

アラン そんなこと知らないよ!先生はキミじゃないんだから。でも同じ年齢の子たちが楽しそうにしていることを真似してみたらいいじゃないか。彼女を作ってもいいし、部活をしてもいいし。

自殺男 そんなの気休めにしかならないよ。

アラン 気休めだっていいじゃないか。というか、気が休まるなんて、なんて素晴らしいことなんだ。そうだな、直接的に気を休めるのもいいぞ。瞑想して心が落ち着くならそれでいい。いろいろ試しているうちに、自分が本当に楽しいと思えることが見つかるよ。

自殺男 たしかにそれらは首を吊ったり、手首を切ったりするより痛くなさそうだしね。頑張って自殺に取り組むより楽そうだ。

アラン さっきからキミと話していて思ったんだけど、キミは「死」とか「生」について考えることが大好きなんじゃないか?怖いのに、そんなに熱心に考えているわけだからね。悩んでいると言いながら、キミはあれこれと考えること自体が好きなのかもしれない。

自殺男 そうなのかな…。

アラン もしかしたら、キミにとっては「考えること」が絶好のヒマつぶしなのかもしれないな。

自殺男 考えることか…なんだか難しそうだけど。

アラン 別に難しくなんかないよ。一生懸命考えたことを、これからの人生に役立てたりしなくてもいい。単純に「知って楽しかった」だけでいいんだからさ。

自殺男 それならできそうだよ。

アラン だとしたらキミが死なない理由も見つかったな。「死についてとことん考えるため」だ。こうなったら当分は死ねないよ。だって、死んだら考えられないから。

自殺男 なんか、謎かけみたいだね(笑)。

アラン じつは先生も、答えが出ないことを考えるのは嫌いじゃないんだ。

自殺男 僕には「考えるな!」と言っておいて?ひどいよ!

アラン キミはすぐに思い悩んで不幸オーラをまき散らすからな。そんなヤツに「考える資格」はない!考えていいのはポジティブな人間だけ!なぜなら、不幸になると思ったら不幸になるし、幸せになると思ったら幸せになる。呪いをかけるのも魔法をかけるのも自分なんだよ。だからさ、とりあえず今日死ぬのはやめて、明日も学校においでよ。で、キミが欲しがっている「生きる意味」を一緒に考えようよ。

自殺男 先生、ありがとう。

アラン 大丈夫!キミは今、生きられているんだから、これからだって今みたいに生きていけるさ。

【アラン先生の教え】

「過去」はもう過ぎたことだし、「未来」はまだ来てすらいない。
つまり、「後悔 -過去-」や「不安 -未来-」は幻である。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。