彼らは、あなたのモチベーションを下げる「危険な同僚」。

どんな上司がいても、どんな会社の文化であっても、文句しか言わない人はどこにでもいるものです。

彼らは言ってしまえば、ただ単に仕事ができない人より何倍もタチが悪い。職場にいる"有害人物"とは、そこそこの業績を出しつつも、自分が優位になるよう静かに周りを洗脳していくタイプ。流されやすい人は、いまにも彼らの毒に染まっているかも…。

思い当たる節はありますか?「Inc.」のJeff Hadenさんが記す有害人物の8つの特徴と早速照らし合わせてみましょう。

01.
ミーティングが終わってから
少数で「愚痴会」を開く

ミーティングとは、提案や意見が飛び交い、決断が下される場です。それは、全員が参加し、物事を進めることができる特別な機会。

でもそれが終わった途端に、また別会議を催す人を私はたまに目にします。会議で共有しなかった意見を今更シェアしてきたり、決まりごとについて反対意見を言い出したり。

仕舞いには「これは最悪なアイディア。やれと言われたらやるしかないよな…やってみよう」なんて言ってくる。

彼らは気づいていないようですが、そもそも「今更」では遅いのです。会議が終わってから「納得がいかない」と口にするのは、「賛成はするけど、やるとは限らない。むしろそれを阻止しようと働きかける」と言っているのと一緒です。

会議に参加している責任放棄も、いいところです。

02.
一度成果を出しただけで
威張りつづける

昨年、先月、昨日同僚が出した成果には、もちろん感謝しているはず。

とは言え、今日は新しい一日です。仕事での成果とは一度出せばいいものではなく、継続的に成果を出していくことで価値を見出してもらえるものです。

「もう成果は出した」と言うのは、「もう頑張る必要はない」と言っているのと同じ。そういった態度は、ひとりが見せると周りが変に影響されてしまい、怠けのカルチャーが築かれる恐れも。

03.
口癖はいつも
「でも、それ私の仕事じゃないし」

小さい会社ほど地位に関係なく、柔軟に対応する力や順応力が問われるもの。

つまり、マネージャーがトラックに機材を積む必要があったり、機械工がこぼれた溶剤を片付けないといけなかったり、会計士が大急ぎの注文の対応をするためにお店に出ないといけなかったり、緊急時にCEOがカスタマーサービスの対応をしなければいけなかったり…こういった状況が発生する"可能性"があるということ。

いま持つ役割の"うち"であり、非道徳的であったり違法でない限りは、頼まれたタスクを遂行するのが社員の役目です。デキる社員は、むしろ自発的に問題を探し出し、解決策を生み出します。

「私の仕事じゃない」と反発するのは、裏を返してみれば「自分のことしか考えていない」ということ。このフレーズは、みんなで協力し合えば成功できたものを一瞬にして壊してしまいます。

04.
「過去の経験」を
いつまでも引きずっている

経験はもちろん大切です。でも、その経験値が何かしらのスキルやパフォーマンスを通して確認できなければ価値があるとは言えないでしょう。ただ経験を"持っている"だけでは、残念ながら意味がないのです。

あるとき私の同僚が、若きスーパーバイザーたちに向かって「私の役目は、あなたの役に立つことです」と言い放ったのを覚えています。

そう言ったのはいいものの、結局彼がしたのは、自分のオフィスに引きこもり、誰かのノックを待つのみ。最終的に誰も彼のオフィスに立ち寄ることはなく、「経験があるのはいいけど、仕事してくれないかな……」と思われるだけでした。

ここでわかるのは、何かをやってきた"年数"よりも出してきた"成果"のほうがよっぽど重要だということ。

「経験がある」と言うのは「自分の判断や行動を正当化する必要はない」と言っているのと一緒です。

経験や地位があるだけでは、論争には勝てません。知恵、論理、そして鋭い判断力を持つ意見が勝つべきなのです。地位関係なしに、です。

05.
口をひらけば愚痴パーティー

ある会議の前、みんなで部長の愚痴をこぼしていたそんなとき。新しい上司が、私たちに向かってこう言いました。

「やめろ。張本人に伝えない限り、愚痴は禁止だ」

それまで、私は愚痴が会社の"文化"であるという認識がありませんでした。愚痴はただ愚痴として"存在するもの"だと思っていたんです。

どこへ行っても、こういった文化はありますしね。でもこれは、決して好ましい文化とは呼べません。それに、自分が愚痴の的となった日には気分もガタ落ちするでしょう(次第に、愚痴を言う人がそもそもいけないのだと気づきましたが)。

たとえば「Aさんの悪口を、多くの人にこぼしているのなら、Aさんに直接言ったほうが周りも救われるのでは?」と提案すると、「Aさんにそんなことを言える立場じゃないし…」なんてセリフが。

それなら、愚痴を言える立場ではそもそもないのです。

悪口を言いたがる人は、それ以外話すことがない人間だと思われてしまいます。

愚痴は効率的な会話に当てる時間を削りますし、「同僚を軽視してもいい」という考えを蔓延させます。社員の尊厳や敬意を軽視する行為をする人には、辞めてもらったほうがいいのです。

06.
プレッシャーをかけて
頑張っている人の足を引っ張る

たとえば新卒の子がひたむきに長時間働き、ターゲットを達成し、期待を超越する結果を出したとしましょう。そこで、ある社員からこう言われたらどうでしょう。

「キミが成果を出しているせいで、僕たちが悪く見えるだろう」

前提として、比較は周りとではなく、自分とするべきです。勝つことは、昨日の自分の結果を超えること。

デキない社員とは必要以上に動こうとせず、周りの稼働量をコントロールしようとします。彼らは勝ちたいのではなく、負けないように周りを支配したいだけ。

「働きすぎだよ」と言うのは、「あんまり働きたくないから、周りもあまり働かないべきだ」と言うのと一緒。

この発言は、チーム全体のやる気を低下させます。

07.
仕事はいまいちなクセに、
成功を独り占めしたがる

彼らが全部こなしたのかもしれません。あらゆる壁を乗り越えてくれたのかもしれません。ひょっとしたら、彼らなしでこの結果は導けなかったのかもしれません。

……と、思うかもしれませんが、その可能性は低いでしょう。

そもそも巨大なプロジェクトとは、ひとりの力で成されるものではありません。ただ威張りたがりが多く存在するだけです。

みんなから愛される社員やチームプレイヤーは、成功を分かち合える人です。

躊躇せずに「みんなの功績」だと言うことができ、周りを称えたり、良さを引き出せるタイプこそが好かれるでしょう。リーダーシップを担う人にとって、これは一層大切な特徴です。彼らは、部下の成功が自身の成功につながると心得ているのです。

「これは全部私の成果です」、「これは私のアイディアでした」と言い張るのは、この世が彼らを中心に回っていることを世に知らしめたいタイプ。

08.
自分のせいなのに
責任をとろうとしない

供給業者からの苦情。顧客が貧乏くじを引いた気分になっている。同僚の機嫌が悪い。こういった出来事は、"誰か"のせいかもしれません。

でも中にはたとえ自分のせいじゃなくても、責任を負う人がいます。器量が大きい彼らは、どんな批判も罵りにも耐え切れちゃうのです(もしかしたら、彼らは本来の責任者がそれに耐えられないことを理解しているのかも)。

自分に責任があることを知りつつも、誰かに償いを求めるのは、「私たちは同じ戦艦で戦っているわけじゃない」と突きつけるのと一緒です。

本来会社に勤めているのならば、周りと同じ船に乗船しているような感覚であるべきなのです。

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