「無理して夢は持たなくてもいい」
小橋賢児が本に込めた想いとは?

俳優として数多くのドラマに出演し、芸能活動を中止した後にダンスミュージックフェス「ULTRA JAPAN」のクリエイティブディレクターや、未来型花火エンターテインメント「STAR ISLAND」の総合プロデューサーを歴任。肩書きを一言で表すのが難しいくらい、幅広い分野で活躍する小橋賢児。今年はキッズパーク「PuChu!」のプロデュースをするなど、さらなる飛躍の年になりそうだ。

そんなタイミングで、自身初となる著書『セカンドID』が発売されることになった。

既存の枠にとらわれない彼が語る、本に込めた想いとは?

──今回の本は、もともと企画していたわけではなかったとか?

 

じつは、これまでも出版社の方から声をかけてもらうことはあったんです。だけど「僕の本なんて誰が読むんだろう?」って。そこを今回の版元であるきずな出版の編集長から、ものすごい熱量で説得をされて……。

それで自分の過去を振り返ってみると、枠にとらわれずに多くのことをやってきたな、と。その体験から多様化した現代を生きる人に伝えられることがあるかもしれないと思い、出版を決意したんです。

 

──タイトルは「セカンドID」。その意味するところは?

 

簡単に言えば、もうひとつのアイデンティティ。僕はそれを持つことによって「本当の自分」につながっていくと考えているんです。

そもそも日本人って、自分のアイデンティティさえも分からないんじゃないかなと思っていて。「本当の自分」は、普段は接しないコミュニティに飛び込んだり、いまいる枠から外れた時にこそ発見できると思う。それは、今まで知らなかった、もしくは忘れていたもうひとりの自分――セカンドIDです。

夢を持つことは大切かもしれない。だけど、その夢ってじつは先人たちのつくったものなんですよね。闇雲に追ってしまうと、過去や未来にとらわれてしまったり、「本当の自分」を見失っちゃったりする。無理して夢を持つ必要なんてないんですよ。

 

──夢を設定しておくとラクな部分もありますよね。レールが敷かれるというか、やることが決まるというか。

 

そうそう。だけど、夢から逆算をして、何をするか決めて。型にはまろうとして、結局苦しんでいる。本当はそれぞれの人に、それぞれの物語があるはずなのに。誰かの物語をなぞることを夢だと思いこんでしまって、辛くなる。

しかも、現代は誰もがいろんな情報を手に入れられる時代です。ゆえに、他人と比べてしまうんですね。

 

──夢という型にはまって、自分を見失ってしまう、と。

 

そうそう。

例えば、パナソニックの松下幸之助さんが、最初っから何百億円の価値がある企業にするぞとか、こんなプロダクトで多くの人を幸せにするぞとか考えていたら今のパナソニックになってないと思います。

彼は、過去の事例にとらわれずに、ただただ世界をより良くしたいというシンプルな想いで、とにかくなんでも試してみた。真っ暗闇の中を突き進んでいたら、突然明るい未来がやってきたんだと思う。

僕の周囲を見渡しても、自分の人生を手に入れている人って、意外と狙ってないんですよね。何者かになろうなんて決めていない。言い換えると具体的な夢なんて持ってなかったりする(笑)。

 

──ただただ好きという衝動だけで行動してる?

 

いや、ちょっと違うかな。だって、自分の熱量がどれくらいあるかなんて、はっきり言って分からない。そんなことよりも、置かれた状況をどうとらえるのかが大切なんだと思うんです。

僕自身、27歳で俳優を休業して、アメリカに語学留学に行きました。日本に帰ってきた時には、なんでもやれる気になっていたけど、仕事がうまくいかず、30歳直前で一文無しみたいになって、肝臓を壊して、死の淵をさまよったんです。

そのまま30代を病気を理由に何もやらないで過ごすこともできたけど、落ちるところまで落ちたから病気を治そうとしたんです。そして、自分の誕生日をイベント化しようと、ふと思った。やったことのないチャレンジです。

今思えば小さなことだけど、気づいたら仲間と一緒にイベントを作るようになって、企業からお誘いをいただくようになって、ULTRA JAPANまでつながった。

別にイベントをプロデュースしたいという夢を持ってたわけじゃない。最初からそこに熱量があったわけじゃない。その時々に自分が置かれた状況のなかで、何かをやってきただけなんです。

そして、それが自分でも気づいていなかったアイデンティティになったんです。

 

──無一文になったり、病気になったり。そういったマイナスな状況もプラスに変えてきた?

 

点でみると最悪の出来事だけど、それがあったから閃きがあり、行動につながった。でも、巨大なフェスをやってやるぞ!と考えて、未来から逆算して誕生日イベントをやっていたら、絶対にULTRA JAPANに関わることはできなかったと思う。

先人たちが作った道をなぞって、打算的に「これをやっておこう」なんて考えても意味がない。誰かになろうとするのは間違っているし、誰かを目指すと苦しくなっちゃう。

たまたま僕はすべてがなくなる経験をして、それがきっかけになった。目の前で起きていることにフォーカスしたら、自分が行くべき道のヒントが実は隠れている。ある人にとっては、それがボランティア活動かもしれないし、それがリストラかもしれない。

今、置かれている状況が、セカンドIDを見つけることにつながる。忘れないで欲しいですね。

──『セカンドID』はどんな人に読んで欲しいですか?

 

夢や自信が持てない、本当の職業が決まっていない、やりたいことが決まっていない人。

 

──あとは、無理やり夢を持っている……なんて人もいそうです。

 

そうですね。そんな人こそ、誰かの作った夢や目標に縛られて、苦しいんじゃないかな。

僕も好きで山によく行くんですけど、山登りでずっと頂上を見ていたら、疲れちゃいますよね。「うわ、まだ距離があるな……」みたいに。

実際には登山の際は、足元を見ながら歩きます。ずっと歩いていると、クライマーズハイみたいなゾーンに入ってくる。そのほうが頂上を見ているよりも、いろんな気づきがあるし、自分では信じられなかった力が湧いてくることもある。そして、思ってもみなかった場所に辿り着くことだって。

 

──あえて未来を考えないことも大事なんですね。

 

自分にはこれしかないと思ってしまうと、本来行くべき場所を見失ってしまうと思うんです。

旅行なんかもそうじゃないですか。道中でやることを決めすぎてしまうと、偶然の出会いを逃してしまう。もっと面白い場所に連れていってくれる人に出会っても、断ってしまうかもしれない。それじゃあ、もったいないと思うんですよ。

人生に置き換えると、みんな似たようなことをしてしまっているんじゃないかな。居心地がいいと思い込んでいるけど、本当は苦しんでいる。人間は変化していくものだから、ずっと同じ夢や目標を持っている方がおかしいんです。

だから、どんな小さなことでもいいから、やってみたらいいんですよ。

 

──それが小橋賢児のメッセージ?

 

いえ。この本(『セカンドID』)には、夢を持とうとか、こんな目標設定が大事なんて話は一切出てきません。

僕が人生の答えを教えるなんておこがましいですよ。僕の経験を照らし合わせたこの本で、ちょっとした気づきを得てもらえれば。僕ができるのは、気づきのきっかけを作ることくらいですから。

 

──拝読しましたが、すこし気が楽になったというか……。

 

うん。ありがとうございます。

この記事を読んで『セカンドID』ってなんだろう?と気になったら、騙されたと思って読んでみて欲しい。本当に「これしろ」「あれしろ」なんて書いてないですから(笑)。

すぐに答えが出なくてもいい。未来の自分が振り返った時に、今が「セカンドID」につながった瞬間かもしれない。だから、今目の前で起きていることから、目を逸らさないで欲しい。日々のトラブルも、何かヒントがあるかもしれない。

この本を読んで、そんなふうに今を楽しんでもらえれば幸いです。

 

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。