「ホスト書店員」、それが通用するのが歌舞伎町。
“ホストの街”にある、異色の書店「歌舞伎町ブックセンター」が10月7日にオープンした。オーナーは、19歳でホストを始めた時から歌舞伎町で生きてきた、手塚マキさんだ。
20代後半からはホストを雇う側へまわり、ボランティア団体を立ち上げたり、従業員から本を買い取るシステムを導入したりと、積極的にホストのセカンドキャリアを考える活動を行ってきた。
彼にインタビューしたところ、話題を集める書店の根底には、やはり「ホストを育てたい」という手塚さんの熱い思いがあることがわかった。
歌舞伎町の「愛」には
包容力がある
——まず、書店についてお聞きしたいです。具体的にどのような人に来て欲しいとお考えですか?本気で愛について悩んでいる人向けという印象も受けましたが…。
手塚 悩んでない人っていないと思います。本屋じゃなくても飲み屋とか歓楽街へ行く人って、彼氏に振られたからとか結婚前だからとか、なにかと恋とか愛にまつわる事で飲みに行くと思う。悩んでいようがなかろうが、愛や恋を言い訳にして飲みに行く。来てほしいというよりも、選択肢にあればいい。そこが本屋であっても。
——愛と言っても、家族愛などいろいろな愛に繋がるんですよね?
手塚 歌舞伎町っていうのがそういう街なんです。人種も性別も関係ない、リアルダイバーシティの街だと思ってて。学歴も関係ないですし。誰でも受け入れる包容力がある愛がある場所です。
——なるほど。私は元々地方出身者ですが、やはり歌舞伎町に対して怖いイメージを持つ人はいると思うんです。そのような人は、どう受け止めたらいいでしょう?
手塚 それはもうしょうがないと思います。実際に、僕達が今回のような事をして変えてくしかない。実際に怖いかどうかと言われたら違うと思いますが。
——先入観というのもありますしね。
手塚 監視カメラはたくさんあるし、警察が来るもの早い。安全だと思う一番の理由は、人が24時間どこにでもいるんですよ。必ず誰かしらいるから全然危なくない。飲んでいる側が泥酔して、問題を起こしたりもしますし。
プロの“ホスピタリティ”を提供する書店
——まず3名のホストが書店員としてスタートすると聞きました。
手塚 そもそもホスト書店員というか、ホストが書店員になるわけじゃない。書店員が積極的にお客さんとコミュニーケーションをとって、どういう本が読みたいのかを話し、進めていくことを“ホスト”と呼んでいます。「私、今こうゆう状況なんですけど、どんな本を読んだらいいですかね」と書店員に聞ける本屋ってないじゃないですか。そういうコミュニケーションをとれるのがこの本屋のウリ。そして、そのアクションをとれるのがホストということ。しっかりホスピタリティーを持っておもてなしをするという意味でもホストですね。ホストクラブから来てる書店員が3人いますけど、これからもっと増えてくれれば嬉しいです。
——お話を聞いていると、これまでも手塚さんが行ってきた「ホストのセカンドキャリア」のために、彼らを育てるという部分にも繋がっているように感じます。
手塚 そうですね。今回、出版業界の方々と組んだことで、外の人にも来てもらえるようなお店になりました。僕の思いだけなら自分達だけでやればいい。でも、自分達だけでやって実際に影響力を及ぼさなかった。なぜかというと、「この本良いよ」とすすめるよりも「この本良いみたい」と誰かに言われた方が入る。僕がいくら本を読めと言っても読まない。でもこの本屋の良い評判をお客さんや知り合いから聞いたりして「あれうちの会社なんだよな」となれば、今日来てないホストも喜んで来てくれると思います。順番が逆なんですよ。
——書店をイベントスペースとしても使っていきたいとのことですが、どのようなイベントを行う予定ですか?
手塚 例えば、出版社が愛の本を出版する時にはここでやるのを通例にしたいですね。愛のメッカにして欲しい。
——ちなみに手塚さんにとって愛とは?
手塚 一言では言えないですけど、パイ生地みたいに包み込むものですかね。「許し」かもしれないですね、愛は。
——それって歌舞伎町で経験を積まれてきたからなんでしょうか?私はまだ「許す」まで辿りつけていなくて…。許せない事もあるんですよ(笑)
手塚 もちろん許せない事もたくさんありますよ(笑)だからみんな未熟なんじゃないですか。愛の達成者って誰もいないと思うんです。だから別に未熟でいいし、全員未熟だし。自分が未熟だなと思うのも愛だし。死ぬまで迷路でいい。
——死ぬまで迷路…!
手塚 いいと思いますね。最後まで出なくても。
セカンドキャリアに繋げるため
学ぶ期間が「ホスト」
——素朴な疑問なんですが、例えば歌舞伎町じゃなくて新宿や都内のどこか別の場所で書店をつくり、普通にエプロンなんかを着て「実は俺ホストだったんだよ」というやり方では駄目だったんですか?
手塚 めっちゃ良いと思います。さっきのアフターキャリアの話じゃないですけど、例えばこれからホストは何にアフターキャリアを見つければいいかという質問をよく受けるんです。でも、別になんでもいいと思います。プラスアルファの仕事だと思うので。
——昔は特に、ホストをやることでガッツリ稼ぐというイメージがありましたが…。
手塚 うん。でもホストじたいが主役じゃないんですよ。お客さんが主役で、お客さんが心地良く思える仕事をするのがホスト。だから、ホスピタリティを学ぶ1つの期間にしてもらって、それをもって何か違うキャリアにプラスアルファしてもらえると良いなというのが僕の考え。だから今おっしゃったように、例えば全然違う場所で本屋をつくって、全員元ホストですってなかったら凄く良いですね。本の知識もちゃんと持っていて、本をすすめられる。「なんか、あの店居心地がいい。なんかあそこで本を買いたいんだよね」「そういえば、あの人たち昔ホストやってたんだよ」となると凄く良い。元ホストは、全面に出すという感じじゃなく。
——プロのホスピタリティを本屋に持ち込む。なんだか最強ですね。
手塚 いや、本当にそうですよね。ホストのホスピタリティーに何かプラスされれば凄く良いと思いますよ。僕はよくそれを電話に例えるんですけど、いつの間にかiPhoneが大手3社から出ている。ソフトバンクから買うのもドコモから買うのも一緒、という時代に例えていて。僕から買うか彼から買うかっていう時代だと思うんです。物に差異が失くなるから。その時、僕から買いたいなって思われるようになるのが、これからの時代かなって思います。それが、ホストのホスピタリティだと思う。
——そうなれば、ホストを辞めたとしても繋がっていけますもんね。今度は本に囲まれた環境で。
手塚 そうです、そうです。また会いたいなって思ってもらえれば何かしら仕事に繋がると思うんですよ。ホストもそう。あの人とまた会いたいなって思ってくれれば、転職したって買ってくれるはず。「あいつパン屋になったから、パン買ってやるか」みたいな。そういうものだと思います。今の時代。
仕掛け人が語る
「ホスト書店員」をつくった理由
どれだけ話題を呼ぶ書店も、仕掛け人がいなければ始まらない。その重要な役割を担ったのが草彅洋平さんだ。
クリエイティブカンパニーの「東京ピストル」や文学カフェなど、これまでも幅広い分野で挑戦を続けてきた彼だが、今回チャレンジを始めるキッカケとなったのは手塚さんとの出会いだった。
その後、神楽坂にある書店のオーナーで校閲会社代表でもある柳下恭平さんが加わり、プロデューサー草彅洋平、オーナー手塚マキ、ブックセレクター柳下恭平という強力な3本柱が揃ったのだ。
“普通の書店”をつくっても通用しない世の中で、まず草彅さんが考えたのは「手塚さんらしい書店とは何だ」という点。
「いろいろな愛の形がある場所で愛の書棚みたいなものを作り、『LOVE』をテーマにするのはどうかと提案しました。本がたくさんあるわけではないけれど、伝える人が大事。それで『ホスト書店員』をつくったのです」
インタビューの冒頭でこのように語ってくれた草彅さん。手塚さんとはまた違った視点で、歌舞伎町に書店を興す意義を感じているようだ。
街の個性が出ている
「歌舞伎町ブックセンター」
——手塚さんから、草彅さんと会う前にも本屋をいつかやりたいという思いがあったと伺いました。ただ、形にする仕方がわからなかったと。2人が出会ったのは、ある意味運命みたいですね。
草彅 僕はブックカフェなどをやっていますが、本屋業をガッツリやっているわけではありません。だいたいプロジェクトをやる時は「こういうのあるんだけどどう思う?」という話をして、そこで反応を見て、自分は正しいのか正しくないのかを確認する癖があります。柳下さんにたまたま道でばったり会ったら「凄い、悔しい」と嫉妬してくれたので、「じゃあやりましょうよ」と誘いました。柳下さんに書店の設計はやってもらった方が良いんじゃないかと思って巻き込んだんです。それでこのチームができた。
——そういう3本柱だったんですね。
草彅 本ってなんというか「不変」というか、1,000年くらい前のものでも感動できたりするじゃないですか。
——します。
草彅 でしょ。でも、作者はもう死んでいる。そんな古いものをなぜ感動できるのかというと、「愛」とか「人間の欲望」って変わらないんですよね。不変だから。そういうものを、これだけ扱う場所って僕は世界にないと思う。歌舞伎町は今、世界に発信できる場所でもあるので、これからもっと世に出して行きたいなと。海外の人にも来て欲しいですね。
——愛は不変。だからこそ、この書店はこの先も生きていくのかなと感じます。
草彅 そうですね。この世に愛で悩まない人はいないと思うんですよね。だからこれだけ本もあるわけですし。そして、この場所でしかこの書店は成立しないと思うんです。これが西麻布とか他の場所にあっても違うんじゃないかなと。
——確かにそうですね。
草彅 書店って、今数が減っていて、本が売れないとかいろいろあると思うんですけど、真のイノベーションを起こしていないと思うんですよね。つまり、もっとチャレンジができると思います。業界として。
——今、ワンクリックで本が買えてしまう時代ですもんね。
草彅 そうなんですよ。でも業界としては旧態然とした書店を続けていて、このIT全盛の時代にちょっとカフェつけるくらいのことしかやらないじゃないですか?そこに手塚さんがホスト形式の書店を引っさげて参入してくるというのは非常に革新的だと思うんですよ!手塚さんは彼にしかできない書店をやろうとしているし、世界に唯一の店を設計しているのが凄く大事だと思います。今回は街に合った店を完全につくれたと思いますね。でもビジネス的に成功するかどうかはまだわからないですね。
——どちらかと言えば、カルチャーをつくっていきたいという方向でしょうか?
草彅 そうですね。ただ、カルチャーだけだと続かないので、ぜひ皆さんにご支援いただけると大変ありがたいと思っています。
愛をとことん語り合える
唯一無二の書店
——これから本のカテゴリーって増えていくんですか?
草彅 カテゴリーは柳下さんが設計しているので、僕は「この本入れて」くらいしか言わないので、柳下さん次第じゃないかなと。ただ、僕と柳下さんって結構意見が割れるんですよ。
——そうなんですか?結構、意気投合されているものだと(笑)
草彅 逆にそれも面白いなと思っていて。そういう違いをキッカケにして書店員と喋って欲しいなって。「私の中だと赤なんだけど、どうして黒にしたの?」というように。
——面白いですね!愛を語り合う場、みたいな。
草彅 そうです、そうです。人それぞれで本の読み方も変わるので、ぜひ話し合ってもらえると。そんな本屋、他にないんじゃないかと思いますね。
これからの世界を創りあげていくであろう
新時代の『イノベーターズの頭の中』を覗いてみよう。