ブランドが「検討すらされない」時代がやってくる!?

EY(アーンスト・アンド・ヤング)が2026年5月に公表したグローバル調査レポート「The EY State of Consumer Products」が、消費財業界に静かな衝撃を与えています。世界の消費財企業のシニアエグゼクティブ850名超への調査から浮かび上がったのは、AIがブランドと消費者の関係を根本から書き換えつつあるという現実でした。

「見られる」から「選ばれる」へ

これまでブランドの競争は、いかに消費者の目に留まるか──つまり「認知」の獲得が最大のテーマでした。テレビCM、店頭の棚割り、SNSでのバズ。どれも「まず知ってもらう」ことを起点にした戦略です。

しかし、EYのレポートが指摘するのは、その前提そのものが揺らぎ始めているという事実。同レポートによれば、ブランドの競争軸は「消費者に見られること(to be seen)」から「選ばれること(to be selected)」へと明確に移行しつつあるといいます。

背景にあるのは、AIアルゴリズムやプラットフォームの台頭です。ECサイトのレコメンデーション、検索エンジンの提案、さらにはAIエージェントが代行する購買判断──。消費者が商品を「発見」するプロセスそのものが、人間の直感や偶然ではなく、システムの設計に委ねられるようになってきました。

調査対象の77%超の組織が、リテーラーやプラットフォームとのパートナーシップを市場参入戦略の中核に据えていると回答しています。もはやブランドは、消費者の注意を奪い合うだけでなく、アルゴリズムの中で「優先的に表示される」ポジションを勝ち取らなければならない段階に入ったのです。

「拒否」ではなく「不在」のリスク

このレポートで最も印象的なフレーズがあります。それは、多くのブランドが直面しているのは「消費者に拒否されるリスク」ではなく、「そもそも検討されないリスク(never being considered)」だという指摘です。

従来のマーケティングでは、ブランドが消費者に嫌われること、あるいは競合に負けることが最大の脅威でした。ところがAIが購買の前段階を代行する世界では、アルゴリズムの推薦リストに載らなければ、消費者の選択肢にすら入れません。嫌われる以前に、存在を認識されないのです。

実際、47%の経営幹部が「アルゴリズムによる商品レコメンデーションに影響を与える能力が今後5年以内に競争上不可欠になる」と回答しました。しかし、現時点でそれを実行できると考えている企業はわずか21%。危機感と実行力の間に、大きな溝が横たわっています。

この構造変化は、消費者の側にも影響を及ぼすのではないでしょうか。AIが「あなたにぴったり」と提案する商品は、本当に最適な選択肢なのか。アルゴリズムが絞り込んだ候補の外側に、もっと自分に合うものがあるかもしれない。選択の多様性が静かに狭まっていく可能性は、私たち消費者も意識しておくべきテーマだと感じます。

テクノロジーより先に整えるべきもの

興味深いのは、変革の最大の障壁がテクノロジーではないという点です。EYの調査では、変革を阻む要因の1位は「ガバナンスの複雑さと不明確な意思決定権限」(35%)、2位が「リーダーシップの整合性」(31%)。テクノロジーとデータ基盤は3位(30%)にとどまりました。

さらに衝撃的なのは、セールス・マーケティング・Eコマースが統合的な成長エンジンとして機能していると回答した組織がわずか11%だったこと。統合された商業データを日常的に部門横断の意思決定に活用している組織も15%にすぎません。

EYグローバル・アメリカス消費財セクターリーダーのRob Holston氏は、「多くの企業がAIを最適化に使っているが、機会創出には活用できていない」と指摘しています。同氏によれば、「価値はセールス、マーケティング、サプライチェーンの個別ではなく、それらの間のクローズドループから生まれる」とのこと。

これは日本企業にとっても示唆に富む指摘ではないでしょうか。部門間の縦割り構造は、日本の組織文化においても長年の課題として語られてきました。AIツールを導入する前に、まず組織の意思決定の流れそのものを見直す。地味に聞こえるかもしれませんが、レポートのデータはその優先順位の正しさを裏付けています。

人間の判断を「残す」という選択

もうひとつ注目したいのは、AIと人間の役割分担に関する回答です。61%の経営幹部が「完全自動化されたAI意思決定よりも人間の判断を優先している」と答えました。

AIの進化が加速する中で、「どこまでAIに任せるか」は経営哲学の問題でもあります。先進的な組織は、AIが人間の判断を補強し、スピードと一貫性を向上させつつも、説明責任と信頼を維持するシステムを設計しているとレポートは伝えています。

完全自動化への誘惑は大きいでしょう。しかし、ブランドの価値判断や消費者との信頼関係の構築は、数値化しきれない領域を含んでいます。AIを「使いこなす」とは、すべてを委ねることではなく、人間が責任を持つべき領域を明確に線引きすることなのかもしれません。

購買ジャーニーがアルゴリズムやAIエージェント主導のインターフェースに移行していく流れは、もう止まらないでしょう。その中で、ブランドが問われているのは「どんなAIツールを使うか」ではなく、「どんな組織として意思決定するか」という、より本質的な問いです。戦略は未来を見据えているのに、組織の動き方は旧態依然のまま──。EYが浮き彫りにしたこの「意思決定ギャップ」を埋められるかどうかが、これからのブランドの命運を分けることになりそうです。

Top image: © iStock.com / gorodenkoff
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