学校では教えてくれない、世界の「離島」にまつわるストーリー

世界には、魅力的な「離島」がたくさんあります。その島の歴史やルールを紐解いていくと、そこには必ず理由があります。

おもしろ地理学会が編集した『世界史からこぼれ落ちた離島伝説』を読むと、そんな離島に関する秘密が興味深くまとめられていました。

謎の壁画を残したのは、海賊?
【ピピ島】

ピピ島は、タイの南部クラビ県に属した島。正確には大小6つの島々の総称で、プーケット島からおよそ45㎞離れています。この島の最大の見どころは「バイキング・ケイブ」。ゴツゴツした岩場に大きく口を開けた洞窟で、現在は一般の立ち入りが禁じられています。

この洞窟には謎の壁画があることでも有名で、描いた人が誰なのかは、いまだに判明していないそうです。洞窟の深さは500mにも及んでいて、奥は鍾乳洞のようになっています。洞窟の右側に壁画があり、そこにはヨーロッパ、アラブ、中国といったあらゆる地域の船が描かれています。

海賊の隠れ家だったのではないか?とも言われており、バイキング・ケイブという名も、そうした言い伝えからつけられているのです。

残念ながら詳しい年代はわかっていませんが、絵は鳥の血と土を混ぜて描いたものだそうです。もし海賊船を描いたものだとすれば、いつの時代のことなのか…。なんともミステリアスです。

コロンブスが心から愛した
【エスパニョラ島】

カリブ海のほぼ真ん中に位置しているエスパニョラ島。マイアミから飛行機に乗れば2時間程度でたどり着くことができます。エスパニョラ島の大きさは北海道と同じくらいで、西側をハイチ、東側をドミニカ共和国で分け合っています。

この島は、1492年にコロンブスによって発見されました。最初の航海でエスパニョラ島を発見した彼は、まず島に砦を築き、39人の部下を置いて一度帰路につきます。しかし、2回目の航路で島に戻ってみると、砦が壊され、部下も全員殺されていたのです。

しかたなく別の場所に都市を建設しますが、先住民の反対、疫病の蔓延など、多くの災難に見舞われてしまいます。彼にとって、エスパニョラ島は散々な思い出しかないのです。

しかし、コロンブスは「自分が死んだらエスパニョラ島に遺体を安置してほしい」と遺言を残すほど、この島を愛していました。どんな出来事があろうとも、その後の奇跡の始まりとなったエスパニョラ島への想いを人一倍持っていたようです。

自動車やバイクも禁止の
芸術家の島
【イドラ島】

ギリシャにあるサロニコス諸島のひとつイドラ島。総面積が64㎢で細長くて小さな形が特徴です。イドラ島の美しさと静かな雰囲気は多くの芸術家の卵を惹きつけ、今では「芸術家の島」とも呼ばれています。

この島は自動車やバイクの乗り入れが禁止されていますが、じつは使いたくても使えない事情があるのです。最大の理由は、その地形にありました。イドラ島は、山が多くて道幅が狭く、急な階段や複雑に入り組んだ路地も多く、そもそも自動車の通行に適した道がほとんどないのです。

重い荷物を運んだり、遠くまで移動する場合はどうするのか?海岸沿いはポートタクシーが使われる一方、陸上で人々の足代わりになっているのは、なんとロバ。世界広しといえどもロバタクシーには、滅多にお目にかかれないでしょう。

確かに不便な面があることは否めません。その代わり、この島は自動車を導入することができないため、静かで美しいたたずまいを、これからも残していけるに違いありません。

※上記内容はすべて、書籍刊行時点での情報です。