Trex「移住説」浮上。7000万年前、アジア発・北米経由で最強の座へ?

「恐竜界の絶対王者」ティラノサウルス・レックス、通称T.rex。その名は、太古の地球に君臨した究極の捕食者を想起させる。映画やあらゆるメディアで描かれるその姿は、多くの場合、北米大陸の大平原ではないだろうか。

けれど、この“常識”に一石を投じる、なんともおもしろい研究成果が報じられた。

なんでも、T.rexの祖先はアジア大陸からベーリング陸橋を渡り、北米大陸へとやってきた「移住者」だったかもしれないというのだ。

ルーツは遥かアジア?
7000万年前のグレートジャーニー

「CNN」が報じたところによると、この衝撃的な説を提唱したのは、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)に所属する研究チーム。彼らの分析によれば、T.rexの直接の祖先は、今から約7000万年前、アジアから当時の陸橋(現在のシベリアとアラスカを結んでいたベーリング海峡)を越え、北米大陸にその第一歩を記した可能性が高いらしい。

研究を主導した同大学の古生物学博士課程に在籍するCassius Morrison氏たちのこの発見は、T.rexがアジアの大型肉食恐竜タルボサウルスと遺伝的に近いという過去の研究とも符合するという。いっぽうで、かつて北米の生態系の頂点にいたとされるダスプレトサウルスとは、やや縁遠い関係。この事実は、長きにわたり古生物学者たちを悩ませてきたT.rexの起源論争に、新たな視点と熱気をもたらすものとなった。

「化石サイレンス」を打ち破る
データドリブン古生物学の夜明け

しかし、数千万年という悠久の時を超え、太古の生物の移動経路を正確に描き出すのは至難の業。特にT.rexのような食物連鎖の頂点に立つ捕食者は、獲物となる草食恐竜に比べて元々の個体数が少ないため、化石として後世に残る確率は極めて低い。Morrison氏はCNNに対し、「彼らは数が少ないため、化石記録として保存される機会も少ない」と、その困難さを語っている。

そこで研究チームが駆使したのが、数学的モデリングという最先端のアプローチ。既存の化石データはもちろんのこと、T.rexの進化の系統樹、さらには当時の気候や植生といった環境要因までをも変数として組み込み、複雑な数式を解き明かす。これにより、化石だけでは決して埋まらない「歴史の空白」を、データに基づいて科学的に補完しようという試みだ。

まるでSFのような話だが、このモデルは将来新たな化石が発見されれば、その情報を取り込んでアップデートも可能だというのだから、まさに古生物学研究におけるパラダイムシフト。「AOL」の記事によれば、当時のベーリング海峡周辺は、現在のカナダ・ブリティッシュコロンビア州に見られるような温帯雨林が広がっていたと推定されており、T.rexの祖先たちは、緑豊かな森を抜け、未知なる新大陸を目指したのかもしれない。

なぜT.rexは「巨人」になったのか?

では、新天地アメリカ大陸に到達したT.rexの祖先は、なぜ、あれほどまでに巨大な体躯へと進化を遂げることができたのだろうか。

研究チームは、その背景に地球規模での気温低下、すなわち「寒冷化」があったと指摘する。より厳しい環境に適応するため、大型化が有利に働いた可能性あるそうで、彼らが羽毛をまとっていた、あるいは現代の鳥類や哺乳類に近い恒温動物であったという説も、この寒冷化適応説を力強く後押しするものとなる。

さらに、もう1つ見逃せないターニングポイント。それは、UCLからのニュースリリースによると、カルカロドントサウルス類として知られる、T.rexに匹敵する、あるいはそれ以上の巨体を誇った別の大型肉食恐竜グループが、約9000万年前に歴史の舞台から姿を消したこと。これにより、北米大陸の生態系のトップに突如として「空白の玉座」が生まれたらしい。

T. rexの祖先たちは、この千載一遇のチャンスを逃さず、そのニッチ(生態的地位)を埋めるかのように、急速に巨大化の道を進んだというわけだ。恐竜時代の終焉が近づくころには、T. rexは最大で9メトリックトン(約9000kg)もの体重を誇るに至った。これは「巨大なアフリカゾウや軽戦車に匹敵する」ほどの質量。まさに、自然界が生んだモンスターと言えよう。

この一連の進化のドラマについて、今回の研究には直接関与していないエディンバラ大学の著名な古生物学者Steve Brusatte氏も、「CNN」の取材に対し、同論文を「ティラノサウルスや他の肉食恐竜の進化の軌跡を法医学的に丹念に追跡し、気候変動との関連性を比較検討した、極めて優れた学術的業績」と高く評価。

「もっとも巨大で支配的な力を持っていた恐竜でさえ、天候、すなわち気候変動の影響を免れることはできなかったのです。ティラノサウルスは、より冷涼な気候が大型化を促進したと思われる時期に、異なる系統で独立して何度も巨大化することができたようです」とBrusatte氏は続ける。

気温が低い環境下では、体が大きい方が生存に有利だった。つまり、恐竜の王たちは、はじめから王として運命づけられていたのではなく、地球環境という壮大な舞台装置によって、その座へと導かれたということのようだ。

7000万年前の「移住者」が教える
変化を恐れぬ、知的好奇心の価値

T.rexの祖先がアジアから北米へと渡ってきたというこの発見は、私たちの固定観念を揺さぶり、地球史の壮大なスケールとダイナミズムを改めて突きつけてくる。

大陸は絶えず形を変え、気候は激しく変動し、そこに生きる生物たちは、終わりなき進化のドラマを繰り広げる。それは、遠い過去の話であると同時に、私たちが今まさに直面している地球環境問題や、急速に変化する社会構造を考えるうえでも、示唆に富むものではないだろうか。

かつてT.rexの祖先が新天地を目指したように、未知なるものへの探求心、そして変化を恐れずに新たな視点から世界を見つめ直す勇気。それこそが、複雑で予測不可能な現代を生き抜く私たちにとって、もっとも大切な羅針盤となるのかもしれない。

この発見は、単に恐竜の一種の起源を明らかにしただけでなく、科学的探求の持つ無限の可能性と、知的好奇心を満たすことの純粋な喜びを、私たちに教えてくれている。

Top image: © iStock.com / chaiyapruek2520
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