野生トマトが「毒」を取り戻した!それは退化か、進化なのか?
食卓に彩りを添える真っ赤なトマト。甘くて、栄養価も高く、私たちの生活にとって、もはやあたりまえの存在。けれど、その「あたりまえ」が、人間の手によって巧みにデザインされた結果であるとしたら……?
私たちは、より甘く、より大きく、病気に強いトマトを追い求める過程で、何か大切なものを見過ごしてきたのかもしれない。遠く離れたガラパゴス諸島で起きたある発見が、進化は必ずしも“前進”ではないという、おもしろくも根源的な問いを私たちに投げかけている。
「毒」を取り戻したトマト
学術誌『Nature Communications』に掲載された論文によると、カリフォルニア大学リバーサイド校の研究チームは、ガラパゴス諸島の野生トマトが、数百万年前にその祖先が持っていたはずの「毒」を再び生成していることを発見した。
その毒とは、ステロイドアルカロイドという、害虫から身を守るための化学物質。私たちがスーパーで手にする栽培トマトは、品種改良の過程でこの苦味や毒性の元となるアルカロイドが少ないものが意図的に選ばれてきた。しかし、灼熱の太陽や少ない水、そして絶え間ない害虫の脅威に晒されるガラパゴスの野生トマトは、生き抜くために、進化の過程で眠らせていた防御システムを再起動させたと考えられるらしい。それは、まさに「先祖返り」と呼ぶべき現象。
研究チームの一員であるBryan Resinski氏は、発見の重要性をこう語る。「これらは、私たちが家畜化(栽培化)の過程で失ってしまう可能性のある種類の新しい形質です」。氏の言葉は、私たちが「おいしさ」や「生産性」という名の効率化と引き換えに、作物が本来備えていたはずの、たくましい生命力を削ぎ落としてきたという事実を、静かに、しかし鋭く突きつけてくる。
事実、ある研究によれば、私たちが食べているトマトの遺伝子は、その野生の近縁種が持つ遺伝的多様性の、わずか5%未満しか含まれていないという。この衝撃的な数字は、現代農業が抱える構造的な問題を象徴しているかのようだ。
人類にも起こりうる?
眠っている遺伝子が目覚める「環境的圧力」
「退化」や「逆進化」という言葉には、どこかネガティブな響きがつきまとう。だが、ガラパゴスのトマトに起きていることは、生命の驚くべき柔軟性そのものではないだろうか。変化する環境に最適化するための、きわめて合理的な生存戦略。それは「退化」ではなく、むしろ未来に向けた新たな「進化」の一形態なのかもしれない。
では、この驚くべき現象は、私たち人間にも起こりうるのだろうか?
研究者のAdam Jozwiak氏はこの問いに「理論的にはイエスです」と答えている。「遺伝子の仕組みはそこにあり、不活性化されているだけです。もし十分に強い環境的圧力がかかれば、理論的には再活性化される可能性があります」と。
もちろん、これはSF映画のように、ある日突然、人類が祖先の形質を取り戻すという話ではない。しかし、この視点は私たちの未来を考える上で、重要な示唆を与えてくれる。たとえば、日本では近年、GABA(ガンマアミノ酪酸)の含有量を増やしたゲノム編集トマトが市場に登場。これは人間が遺伝子をデザインし、望む形質を引き出すテクノロジーの最前線だ。
いっぽう、ガラパゴスのトマトは、自然の圧力によって自らの遺伝子を目覚めさせた。人為的な「編集」と、自然な「再起動」。生命の設計図が、いかにしなやかで、書き換え可能なものであるかを、このふたつのトマトは示している。
食卓の75%を支配する「12種類の作物」
この脆い均衡の先にあるもの
ガラパゴスの小さなトマトが私たちに教えてくれるのは、進化は単純な一本道ではないという真実と、私たちが築き上げてきた食の「あたりまえ」がいかに脆い土台の上にあるか、という現実である。
国連食糧農業機関(FAO)の報告によれば、20世紀の間に、作物の遺伝的多様性の約75%が地球上から失われたという。さらにWWF(世界自然保護基金)は、人類が摂取するカロリーの約75%が、わずか12種類の作物と5種類の家畜に依存していると警鐘を鳴らす。特に、米、小麦、トウモロコシの3大穀物だけで、植物由来のカロリーの60%を供給しているのが現状だ。この極端な偏りは、未知の病気や急激な気候変動が起きたとき、私たちの食料システム全体を崩壊させかねない、巨大なリスクをはらんでいる。
遺伝的多様性という、目には見えないセーフティネット。私たちはその価値を、本当の意味で理解しているだろうか。
野生のトマトが生き残るために「毒」を取り戻したというニュースは、単なる珍しい科学トピックか。それとも、食卓に並ぶ野菜一つひとつに秘められた、壮大でダイナミックな生命の物語であり、私たちが選択してきた「進化」の道のりそのものを問い直すきっかけと捉えるべきなのか。
今夜、あなたが口にするその一口が、私たちの食と進化の未来に、どう繋がっているのか……。そんな壮大な問いに、思いを馳せてみては?






