「マインドフルネス」の最前線──外界との接触を「遮断」するマシンとは?

私たちの感覚は、つねに外部の世界とつながっています。それは、視覚や触覚といったものだけでなく、重力を感じ続けながらバランスを取るという無意識のなかにも存在します。強い浮力をもった水に浮かぶことで、外部の刺激から極限まで解放され、究極のリラックスを体験できる「フローティングタンク」。長い歴史を経て、半ば伝説的に語られることさえあるこのシステムに、「クリスタルボウル」の奏者である私 Magali Luhan(マガリ・ルーハン)が迫ってきました。

水に浮くことにより
自然に「導かれていく意識」

フローティングタンクは「フロート(浮く)するタンク」という名称の通り、人が水にプカリと浮くための装置です。

タンクのなかには、非常に浮力が強く、体温と同じくらいの温度に保たれた水が浅く張られ、泳げない人でも仰向けに寝転がった状態で自然に浮くことができます。

全身の力を抜いて浮き続ける(沈まない)体験は、違和感ゼロ。

極上のウォーターベッドで寝ているような心地よさ。そして、意識がすーっと落ち着き、マインドフルネスの感覚を得ることができます。

私が手がけている「クリスタルボウル」という楽器を用いたサウンドヒーリングでは、心地よい音に心身を委ねることでヒーリングや瞑想の体験を呼び起こしますが、フローティングタンクは心地よく水に浮くことにより、“無”のなかから体験を呼び起こしてくれます。

今回は、フローティングタンクを日本で唯一メディカルクリニック内に併設している「HIKARI CLINIC」の院長・遠迫憲英さんにお話を伺いました。

フローティングタンクは
「何かをする」以前のアプローチ

©2019 TABI LABO

Magali Luhan(以下 マガリ):フローティングタンクを使うことで、どのような体験が得られるのでしょうか?

 

遠迫憲英(以下 遠迫):まず、大きくリラックスできます。

普段の私たちの知覚というのは、常に外側に向かっています。目に見えるものであったり、耳に聞こえるものや、手に触れるものであったり。

そういった外部の変化を認知することで、私たちは“自我”を保っています。

タンクのなかで水に浮かぶと、知覚を刺激する外的な要因を徹底的に減らすことができます。タンクのハッチ(蓋)を閉めれば真っ暗になり、水の中に耳を浸けることで騒音も消えて、手足を伸ばしてもぶつからない広さがあります。

さらに、水に浮いている状態では重力からも解放されます。

私たちは立っているときでも座っているときでも、無意識に重心を考えて体のバランスを取っているんですよね。海で浮かんでいても完全に脱力するのは難しいですが、タンクであれば浮いたまま眠ることもできます。

60分や90分という時間にわたってそのような状態に身を置いておくと、脳は外側へ感覚を開いておく必要がなくなるので、意識が自然と内側へに向かっていき、眠っているような起きているような感覚で、自分の心臓の鼓動の音とか、体液が流れる音とか、呼吸の音などをゆったりと聞くことができます。

 

マガリ:感覚的には……都会の雑踏のなかから高原の静かな別荘へ移り住むような?

 

遠迫:そうですね。静かで安全なだけでなく、重力からも解放されるという体験は、ほぼすべての人が生まれて初めてのことだと思います。

これと同じ状態は、母親の子宮のなかで羊水に浮かんでいたときしかありません。あくまで仮説ですが、子宮の体験は思い出せる記憶になくても、身体的な記憶としては残っているのではと思います。

香りが記憶を呼び起こすことがあるように、子宮とよく似た環境にポーンと投げ込まれることで、身体的な記憶を刺激されて、どこか懐かしく、ずっとココにいたいという気持ちになっていくのかもしれません。

もっとも、難しいことを考えすぎず、安らぎながら極上のウォーターベッドで一眠りしてやるんだみたいな感じで楽しんでいただいて、寝てしまえるなら寝てしまうのが贅沢です。

 

マガリ:未体験の方にとっては「寝たら沈まない?」とか「無意識に寝返りを打たない?」という不安などもあるかと思うんですが……。

 

遠迫:よっぽど力を使って「沈んでやろう!」としない限りは沈まないですね。

また、浮いている状態だと体のどこにも“つっかえ”がないので、寝返りもできないんですよね。寝返りをするときって「よいしょ」っと筋肉を動かしているじゃないですか。浮いた状態だとそれはできません。

つっかえなく浮いた状態だとどんどん体が緩まっていき、まるで体がどこまでも伸びていくような感覚を味わうこともあれば、伸びきったところでピタっと止まって、体の境界線が分からなくなるような不思議な状態に入っていくこともあります。

©2019 TABI LABO

マガリ:タンクに入ることで、感情が“よくない方向”へ動くことはありませんか?

 

遠迫:静かな環境なので、不思議と落ち着きますね。もし違和感があったとしても、水から立ち上がれば一気にシラフの世界へ戻ってこられます。タンクのある部屋は完全にひとりで使ってもらっているから、出入りを何度しても構わないですし、自由に過ごせます。

 

マガリ:たしかに、水から出ると一気にシラフに戻りますね。あの感覚はなんだろう……ざばぁっ! 現世!みたいな。

ただ、ちょっと意地悪な言い方になりますが、「水に浮かびます。以上!」だと、そこに価値を見出すのはかなりレベルが高くないでしょうか? 私自身、クリスタルボウルの音楽イベントをやっていても、ヒーリングとか瞑想という文脈だと、なかなか人が集まりづらいというか……。

同じお金と時間を使うなら、爆音でウェーイって盛り上がったほうがいいと感じる人もいるのかなと。

 

遠迫:そうですね。でも、それは本当は「楽しいこと」をやりたいのではなく、ひょっとしたら「苦しいこと」を忘れたいだけなのかもしれませんよね。

爆音に包まれることで非日常の光悦感が得られるのであれば、そのまったく逆をやってみることにも価値はあると思います。

タンクはその究極です。

ストレスを解放するには大騒ぎをしなくちゃというのが、そもそも先入観かもしれません。激しい音楽に対するカウンターカルチャーとして、(静かな音楽である)アンビエント文化のリバイバルが90年代以降にあり、フローティングタンクがイメージ的にも寄与したところは大きいと思います。

 

マガリ:なるほど。到達する点は同じで、方法はたくさんあるということですね。

 

遠迫:水に浮かんだまま無音で何もせずに過ごすというのは「欠落した状態」ではなく、そもそものスタート地点であって、爆音もストレスも後から付け加えられたとものともいえますよね。

タンクではそれらを取り除いているわけだから、当然そこには落ち着きも安らぎも気づきもあります。タンクは「何かをする」以前のアプローチであり、「何もしていなかったときに戻す」という、かなり独特なアプローチです。

また、タンクによってリラックスする感覚というのは非日常感ではあるけれど、その経験があれば、日常のなかでも体験を思い出すことができるし、自分のストレスの度合いやリラックスの度合いを計りやすくなると思います。

 

マガリ:手段がたくさんあるといいですよね。「あー、ゴチャゴチャしてる!」とイライラするより、「あー、ゴチャゴチャしてるからタンクへ入りたい!」というのがあれば、イライラが客観視できますもんね。

「無」がもつ無限の可能性と
現代ならではの有用性

マガリ:タンクの歴史についても紹介していただけますか?

 

遠迫:1950年代にアメリカの脳科学者であるジョン・C・リリー博士が考案しました。

もともとは「アイソレーションタンク」と呼んでいて、アイソレーションとは「遮断する」という意味です。外部からの刺激を遮断したときに、脳がどのような働き方をするのかを実験するための装置でした。

近年は脳の研究用というよりも、浮力の高い水のなかで全身をリラックスさせる装置ということで、呼び方も「フローティングタンク」に変わりつつあります。

また、リリー博士は「脳を拡張させる」という研究において、海のなかにいるイルカが非常に脳を発達させた哺乳類であることに着目して、それと同じ環境に身を置けるものとしてタンクを使用し、イルカとの異種間コミュニケーションの実験もおこなっていました。

 

マガリ:異種間コミュニケーション!?

 

遠迫:イルカのような知性のある哺乳類を水族館に閉じ込めるのはけしからんということで、もっと自由な環境にして、コンピューターでイルカの言葉を翻訳したり、海で遭難者が出たときなどはイルカに助けてもらったりできないかというような研究でした。

 

マガリ:1950年代から作られていたのに、微妙にマイナーなのはなぜなのでしょうか……?

 

遠迫:どうしても装置が大掛かりだし、メンテナンスが大変という理由はおおいにあります。

また「24時間戦えますか。」(※1)みたいなイケイケの時代には、タンクに入って無になろうというのはエッジーすぎて、一般のOLやサラリーマンには受け止めにくかったのだと思います。

今の日本人は「24時間戦う」みたいな意識はなく、あの時代はおかしかったと感じているから、タンクに入ることもシンプルに「いいね!」となっているのかなと。

最近では若い女性がヨガとかマッサージとかウェルネスの延長として、フィーリングできていることが多い印象です。

©2019 TABI LABO

マガリ:メンタルクリニックである「HIKARI CLINIC」にタンクを設置している理由は?

 

遠迫:私は精神科医を志すなかで、1950年代に起こったビートニクや60年代のヒッピームーブメントなど、既存の固定概念と規制だらけの文化に対抗する、いわゆる“カウンターカルチャー”が持つ、自由な精神のあり方に強い影響を受けました。

私がクリニックでおこなう治療の理論にも、そういったカウンターカルチャーから影響を受けた要素があるので、同じようにカウンターカルチャーのなかに存在していたタンクを併設することで、自分たちの立ち位置・姿勢を示したかったんです。

あと、クリニックのシンボルとしての側面もありますし、自分自身がタンクに入るのが好きなので、自分が入るためにも欲しかったというのもあります。

タンクのセッションは医療とは違うから保険は効きませんが、リラックスを求めている人とか、瞑想的な体験をしてみたいけどどうしていいかわからない人、ワーカホリック気味だけどどう休んでよいのかわからないような人にオススメしています。

 

マガリ:なるほど。でも、ワーカホリックな人ってリラックスすることへの抵抗感もありますよね。私自身、会社員だったころは「休めっていわれても目の前に仕事があるし!」という状態でした。

 

遠迫:タンクに入って無の時間を過ごし、「自分に必要なもの」と「いらないもの」に気づけば、ムダなことはしなくなるから、能率が上がって労働生産性は上がるのではないでしょうか。

脳の血流や機能を高めて、意識を拡張していこうと思ったら、リラックスするというのは大前提であり、相反するものではありません。

まず、リラックスありきです。

スポーツでも学校のテストでも、よーいドンのまえに無の時間が必ずありますよね。タンクはリラックスするという部分を地球上で可能な究極の部分まで高めた装置だと考えています。

 

マガリ:タンクと似たようなものって、ほかにもあるのでしょうか?

 

遠迫:重力から解放されて静かにリラックスできる体験となると、地球上にはないと思います。似たことをやろうとしたら、どうしてもタンクのような形になるのではないでしょうか。

 

マガリ:私もタンクは大好きなのですが、なかなか抽象度が高い体験なので説明が難しいですよね。「美人になります」とか「金運が上がります」というものでもないし。

 

遠迫:そうですね。あとは、体験しちゃうと「何もいうことはない」になってしまう難しさがあります。人それぞれ、毎回入るたびに得られるものが変わって、ふたつと同じものがない。タンクのなかって無の沈黙の世界だから、同じ沈黙はない、と。

 

マガリ:詩的な表現ですね、“同じ沈黙はない”。

 

遠迫:言葉があれば同じ結果を導き出せるかもだし、結果を予測することもできるけど、沈黙はふたつとして同じものはないですよね。無の世界であるタンクは毎回入るたびに得られるものが変わるし、なおかつ毎回満足できます。

 

マガリ:タンクが作られてから長い年月が経っているわけですが、この世界はよりよい方向に向かっていると思いますか?

 

遠迫:よい方向に向かっていると信じているけれど、ある種の過渡期と感じています。

スマホやインターネットのようなテクノロジーの進化によって、個人の扱える情報量が飛躍的に増えたから、それぞれのポテンシャルは昔の人より上がりつつ、その一方で衆愚的になってしまう恐れもありますよね。

ただ、それもひとつの通過点として、もっとよい方向に変化してくれるのではないかなと思っています。

そして、そう信じたいと思っています。

©2019 TABI LABO

「対談を終えて……」
Magali Luhan

対談でも触れていますが、タンクは本当に抽象度が高いものなので、なかなか説明が難しく、長くなってしまいます。でも、単純にすごく気持ちよいものでもあるので、私も大好きです。

ジョン・C・リリー博士は「脳を拡張させる」ための研究をおこなっていました。それはまだ実現できていないものですが、一方で私たちが触れる情報の量は1950年代とは比べものにならないほど増えました。つまり、脳が拡張されないままに処理すべき情報だけが増えてしまったのが現代の社会なのです。

古いパソコンに膨大なデータを処理させようとしているようなものだから、そりゃムリも出てくるのだと思います。

タンクのなかで無の時間を過ごすことで、本当に自分に必要なものを再認識して、処理を滞らせている余計なものを手放すのは、現代の私たちにこそ必要な行為かもしれません。

瞑想やマインドフルネスをやってみたいけれど、なかなか落ち着かないという方。自宅で実践していても気が散ってしまうという方。

タンクで浮かんですべてを消し去れば、いとも簡単にその状態へ到達できるかもしれません。しかも、すごく気持ちよく!

※1/1980年代後半にエナジードリンクの広告に使用されていたキャッチコピー。

遠迫憲英/精神科医、「HIKARI CLINIC」院長

大学時代は音楽活動、格闘技に熱中。またバックパッカーとしてインド、東南アジア、中米、地中海沿岸など各地を放浪する。幼少期から人間の意識についての興味が深く、古代の啓明とテクノロジーの融合を治療に活かすべく精神科医を志す。2009年に「HIKARI CLINIC」を開院。
http://hikariclinic.jp/

Magali Luhan/「クリスタルボウル」奏者

2005年よりクリスタルボウルの奏者としての活動をスタート。毎月開催する定期イベントのほか、各種コラボやリトリート、完璧な暗闇空間での演奏など、全国各地で年間100回を超える演奏をおこなう、旅するクリスタルボウル奏者。当企画の「聞き手」としてマインドフルネスに関わる情報を発信していく。
https://crystal-soundbath.com/

Top image: © 2019 TABI LABO
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