「この時代に、魔術を実践する者」バンギ・アブドゥルINTERVEW

テクノロジーが数々の「不可能」を「可能」にするこの時代に「魔術」の存在を信じ、実践する人物がいる。「現代魔術とは、何千年という人間の歴史のなかで培ったノウハウと、現代の科学技術や思想がリンクした結晶である」──。そう主張し、さまざまな魔術書の翻訳や魔術に関するワークショップを主催している磐樹炙弦(バンギ・アブドゥル)氏に「現代魔術とは何か」、そして「なぜこの時代に魔術を実践しているのか」について話をうかがった。

すべてのテクノロジーは
「魔術的発想」を具現化したものである

──いきなり現実的な質問で恐縮ですが、現代魔術師の活動以外に普段はどういったお仕事を?

 

磐樹炙弦(以下 バンギ):タロットカードや現代魔女宗に関する資料の翻訳をやったり、岡山の心療内科でフローティングタンクの管理やグループセラピーに参加しています。

フローティングタンクによる変性意識体験やグループセラピーへの参加、企画は、私にとっては現代魔術への関心と重なるもので“同じことをやっている”という感覚です。

 

──なるほど。それでは、現代魔術の道を進むようになったきっかけを教えてください。

 

バンギ:もともとはメディア論がきっかけです。

私が20代だった90年代はインターネットが盛り上がりはじめた時期で、コンピュータ文化はマーシャル・マクルーハン(カナダの文明批評家)のメディア論やティモシー・リアリー(アメリカの心理学者)といった人文社会系、またどちらかというとオカルティックなバックボーンをもつ人たちがベースを作ってきた経緯があるんです。

それで彼らに大きな影響を与えた魔術師であるアレイスター・クロウリー(イギリスのオカルティスト)について調べはじめたのがきっかけですね。

 

──ティモシー・リアリーも「俺はアレイスター・クロウリーの生まれ変わりだ」と自称していたそうですね。とはいえ、一般的には現代科学と魔術に深い関連があると考える人は多くないと思います。

 

バンギ:そもそも科学の発端は中世の錬金術にあるように、また17世紀の英国で王立科学協会が発足したときに教会と対立したように、本来、魔術と科学の立ち位置は非常に近しいものでした。

インターネットがいい例ですが、20世紀以降の現代科学はサイバネティクスという視点、「人間の精神をいかにして拡張してコントロールするか」という衝動に突き動かされていて、魔術の目的もまた「人間の精神の拡張とコントロール」なんです。

そういう意味では、精神分析や心理学ともスコープを共有しているといえます。

これは欧米ではなんとなく常識的な感覚として理解されているんですけど、日本人にはあまりピンとこない感覚のようです。

 

──「高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」という、SF作家のアーサー・C・クラークが残した言葉は有名ですね。

 

バンギ:インターネットだって「世界が蜘蛛巣状につながって、世界中の人とコミュニケーションができたらいいな」という魔術的想像力が源泉になっているわけです。

「世界の裏側にいる人と話したい」や「月の裏側にいきたい」といった想像力がまず先にあって、テクノロジーが後追いで実現していく。

魔術的想像力がないとインターネットもスペースXも生まれなかったんですよ。

 

──なるほど。では、多くの人がいちばん気になっているであろう、「魔術に本当に効果があるのか否か」についてお聞きしたいんですが……。

© 2019 NEW STANDARD

バンギ:具体的だけど陳腐な問いですね(笑)

TV番組も70年代からずっと「ネス湖にネッシーはいるのか、宇宙人は存在するのか」というような問いを繰り返してて、まったくその先の話に進まない。いったい、なんでなんでしょう?

 

──「わからないものをわからないままにしたくない」のでは?

 

バンギ:なるほどね。さっきの問いに戻ると、アレイスター・クロウリーは「魔術とは意志に基づいて現実に変化をもたらす術」と定義しています。

たとえば「いたいの いたいの とんでいけ」なんかは極めてわかりやすい魔術の例です。お母さんがそう唱えて傷に手をかざすことで、実際に子どもは泣き止む。呪文や動作が含まれた儀式によって、子どもは痛みを忘れる。痛みを乗り越える力を得る。

つまり、魔術が現実に影響を与えたんです。

 

──たとえば「丑の刻参り」(深夜、憎い相手に見立てた藁人形を神社境内の樹木に打ちつける呪術の一種)でも魔術としての効果を得られる?

 

バンギ:呪い殺したいぐらい憎い上司がいるOLさんが、6ヵ月間ずっと丑の刻参りをやったとする。6ヵ月後に800本目の釘を打った瞬間に、彼女の顔がさぁっと晴れて「あー今日も気持ちよかった。なんか上司のことなんかどうでもよくなったな」と思ったとしたら、それは丑の刻参りの効果が現れたといえますよね。

 

──なるほど。

 

バンギ:魔術的事象は“上司が交通事故で死ぬ”という結果で起きるかもしれないし、“上司は元気なままだけど彼女の気が晴れる”という結果で現れるかもしれない。どっちにせよ、丑の刻参りを続けていたら、現実に変化が起きる。

ちょっと考えればわかりますが、この現実社会では「何か」をして「何も起きない」ということは、あり得ない。偶然の事故にせよ治癒的な回心にせよ、何かは起きるわけです。

これはとても魔術的なプロセスであり、魔術が現実に効果を及ぼすか否かと問われると、答えはイエスです。

 

──ですが、丑の刻参りと上司の死には因果関係は存在しないですよね?

 

バンギ:人間はいつか必ず死にますから、上司は偶然、不運な事故で死んだのかもしれません。

ですが、丑の刻参りをやっている最中に上司が交通事故で死んだとしたら、本人のなかでは「丑の刻参りをやったら相手が死んでしまった」という事実だけが残るわけです。これを引き受けていくのは、結構辛いことですよ。

魔術師として生きるというのは、そういう世界観や倫理観を引き受けて生きる、ということなんです。

事実に対する認知は自分で変えることができて、常に自分に都合のいい認知、あるいは自分の意志や内的倫理に沿った認知に切り替えていく技術こそが現代魔術であり、そのために必要な認知の柔らかさを得るストレッチ技術が「現代魔術」ともいえます。

「魔術」を否定することは
「科学」を否定することと同意である

──魔術を実践してみたいと思った場合の具体的な方法は?

 

バンギ:現代魔術ってコンテンポラリーな文化だから、トランスパーソナル心理学や精神分析、認知論などの寄せ集めなんですが、最初のとっかかりとしては、やはり呼吸法や瞑想からになるでしょうか。

普通に日常を過ごしているだけでは呼吸していることすら意識しないものですけど、そこを意識してゆっくり呼吸してみる。目をつぶって瞑想の真似事をしてみる。

それだけで、普段気づかないものに気づけたりするものです。

 

──手法としてはマインドフルネス瞑想と似通ってる点も多いんでしょうか?

 

バンギ:むしろマインドフルネスがここ100年ぐらいの西洋的オカルティズムの蓄積からスピンアウトしたものと捉えるほうが正確ですね。

東洋の瞑想を宗教色を抜いて、誰でも可能なコンパクトな技法としてパッケージするという指向性は、クロウリー以降の西洋現代魔術に通底しています。

 

──魔術というと、真夜中に月桂樹の葉を水に浮かべてじっと眺める、みたいなイメージがありますが。

 

バンギ:もちろん、そういった儀式もあります。実際に儀式をやってみれば「なんで自分はこんなことをやってるのか」など、いろいろ考えるものです。ある意味、馬鹿げたことを真面目にやることで、硬くなった認知を柔らかくほぐすわけですね。

しかも、そのときに震度2ぐらいの地震がたまたま起きたとしたら、儀式をやっていた人にとっては「儀式によって地震が起きた」と信じるに足る「原因」と「結果」を体験することになる。

だから、儀式をコンスタントにおこなうのは、魔術的体験を起こしやすくするコツなんですよ(笑)

 

──じつは、取材の前日に昼寝をしてたら夢にバンギさんが出てきて、目が覚めてメールをチェックしていたらバンギさんから「明日、よろしくお願いします」とメールが届いていたんです。「取材前にバンギさんについて下調べをしていたから」など、理由のつけようはいくらでもあるんですが、タイミングがよすぎて、どうにも不可解で……。

 

バンギ:まさに魔術的体験ですね。でも、私は別にあなたの夢に出てやろうと思って何か儀式したりはしてませんよ(笑)。

それはさておき、私はよくいろいろな人から「夢に出てくる」っていわれますね。たぶん、私が他人の夢に出がちなのが事実だったとして、「夢ターネット」みたいな場があると仮定すると、私はどちらかといえば夢ターネットをよく使う人で、しょっちゅうログインしてるのかもしれない。

こういった話に興味をもつことで、脳が夢ターネットに接続しやすくなってる、みたいなことなのかもしれませんね。

© TOKYO RITUAL

ダンスセラピスト・原キョウコとのユニット「お変路さん」東京公演より (2019)

──夢ターネットとは、ユング心理学やトランスパーソナル心理学でいう「集合的無意識」のようなものですか?

 

バンギ:そうですね。ユングやトランスパーソナル心理学だって「そんなものはオカルトだ」っていう人もいるけれど、社会全体としては「まぁ、あってもおかしくないでしょ」という程度には受け入れられてるじゃないですか。

「あるかどうか、まだわからない」というのが科学的に正しい立ち位置であって「絶対にない!」って言い切ってしまうのは、科学的態度とはいえません。

 

──科学で立証できること“以外”を信じるべき理由は?

 

バンギ:アーティストや科学者がトランスパーソナルな事象を完全に否定しない理由は、人の役に立つからなんですよ。

死んだおばあちゃんが夢に出てきて「元気でね」って語りかけてきたら癒されるでしょ? だけど「そんなのは科学的にありえない。まやかしだ」と否定しちゃうと、癒しの機会を逃してしまう。

科学偏重の態度が人間の幸せを破壊するのであれば、それは科学本来の目的ではないし、人間が美や癒しを必要だと求めているときは、それを無下に否定する必要はない。

重要なのは、その物語が魅力的かどうか、物語が役に立ってるかどうか、なんですよ。

 

──たしかに……。では最後に、カルトとオカルトの境目はどこにあると考えますか?

 

バンギ:カルトは悪い予言を信じさせたり、認知をむしろ硬く固定化することで人を操ります。

一方で「良い占いは受け入れろ。悪い予言は信じるな」というのが、魔術師的な態度です。

認知の柔らかさを手に入れ、それを操れるようになることで「おばあちゃんと夢のなかで会えてよかった」と思えたり「丑の刻参りで人が死んじゃった?そんなの偶然でしょ」と笑い飛ばせるようになる。

みんな小さい頃は「いたいの いたいの とんでいけ」で泣き止んでいたのに、大人になったら効かなくなっている。それは大人になるに従って“認知の柔らかさ”を失ってしまったということなんです。

魔術というのは人類が何千、何万年という歴史のなかで連綿と継承してきた「いたいの いたいの とんでいけ」の力を奪還するという切実な希求であり、サブカルやナードの慰みものに留まるような、矮小なものではないのです。

磐樹炙弦(バンギ・アブドゥル)/現代魔術研究、翻訳、詩人

メディア環境、身体、オカルティズムと文化潮流をスコープとし、翻訳、執筆、ワークショップを展開。メアリー・K・グリーア『タロットワークブック あなたの運命を変える12の方法』(朝日新聞出版)やレイチェル・ポラック『タロットバイブル 78枚の真の意味』(朝日新聞出版)などを翻訳、海野弘『魔女の世界史』(朝日新聞出版)ほかを編集。クリエイティブユニット「東京リチュアル」主催。
bangivanzabdul.net

Top image: © TOKYO RITUAL

Psychic VR Lab. 移転パーティでの公開儀式「Invocation of BPHMT」(2017)

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。