聖地巡礼が浸透しすぎて、もはや「日本が聖地化」している件
日本って「聖地」多くないですか?
そう聞いて皆さんが思い浮かべた場所は、浄土教の聖地たる熊野古道のような場所か、それとも『君の名は。』の舞台である岐阜県飛騨市のような場所か。
おそらく、後者の方が多いことと思います。そう、この国、「聖地」の捉え方が独特なのです。
以前、筆者が成田空港で飛行機に乗ろうとした際、搭乗口までの通路脇にこんなパネルがあるのを見かけました。
大見出しは「アニメの舞台と日本を旅しよう」、
そしてそのすぐ下には「アニメ聖地を楽しもう!」。
そこに記されたロケーションの数は88。空港に掲載するほど経済効果の見込める(比較的代表的な)ものだけでこれだけあるわけですから、まあ多いと言えるでしょう。
話を戻すと、このように日本ではアニメや映画、ドラマ等のロケ地を“聖なる場所”とみなす文化がかなり浸透しています。わざわざ確認するまでも無いことのように思えますが、実はこうした傾向は世界でも非常にユニークなもののようで、現代日本固有の興味深い”価値観”とさえ言えるかも知れません。
例えば、Google検索で「聖地巡礼」と検索した結果。
ヒットするのはズラリ、片っ端から「アニメやドラマ等にまつわる地域」の情報で、宗教的な場所に関する記事はゼロ。これも、昨今のPRやマーケティングに特化したネットのアルゴリズムからすれば当然のように感じられる知れませんが、違うんです。
なんとこの単語、そもそも宗教との関連性が低いようなのです。
「聖」の字がつくと俗的になる?
アニメやドラマの関連地をめぐる通例として普及している言葉ではありますが、「聖」という文字が使われている以上、本来の意味は宗教的な慣習であるはず。筆者もそう思っていたのですが、ネット上の情報を見る限り、どうもそういうわけではないらしい。
先ほどのGoogle検索結果の最上部、Wikipediaの「巡礼(通俗)」のページを見てみると、
他の用法として呼称される「巡礼」と区別するため、特に「聖地巡礼」と称されることが多い。
との記述が。つまり、宗教的な方を指すのは「巡礼」であり、「聖地巡礼」はアニメやドラマなどのサブカルを指す言葉だということ。
さすがにWikiの記述だけを鵜呑みにはできないので、他の情報も当たってみます。
『大辞泉』では、「巡礼」の項には宗教的な行動のみが記載されていますが、「聖地巡礼」になるとファンの通例に関する記述も入ってきました。さすがに宗教的な文脈を離れるとまではいかないですが、やはり「聖地」を付けると通俗っぽくなるのは間違いなさそうです。
ちなみに、聖地巡礼を英訳すると(単語ではないですが)「pilgrimage to sacred place」になります。「pilgrimage」は巡礼、「sacred place」が聖地です。
先述したように、巡礼は宗教関連のみを意味するので英語のpilgrimageと共通していますが、ここで注目したいのは、英語で聖地=つまりsacred placeをつけても、別にアニメオタクの行動を意味するようにはならないということ。
反対に、海外において“日本語的な聖地巡礼”の文化がないのかというと、そういうわけでもない。アニメやサブカル系が主力となる以前、こうした行動は単に「コンテンツツーリズム」や「ロケ地巡り」とされていました。
その歴史はかなり昔まで遡り、英国ではシェイクスピアの時代には普及し、シャーロック・ホームズが住んでいたベーカー街221B地区では、当時から彼の居住地であることを売り出した観光事業が盛んだったそう。つまり、日本のアニメやドラマのファンたちが始めた文化というわけではないことが分かります。
いっぽう日本では、2000年代後半に『らき☆すた』や『涼宮ハルヒの憂鬱』などのモデルとなった地域を巡ってアニメ文脈で浸透し、2016年に『君の名は。』のヒットに伴って流行語となりました。
ただし、世界を見渡しても、コンテンツツーリズムの対象たるロケーションを「聖」とみなす例はない──それこそが、推しを「神聖視する」日本のユニークな(やや過剰なまでの)感性を表しているのではないでしょうか。
「Seich Junrei」、世界の標準語だった
では、海外から見た日本人の「聖地巡礼」とはどんなものでしょうか?Googleで地域設定を英国に変更し、「sacred place in Japan」と検索してみます。
結果はこの通り、明治神宮や伊勢大社、浅草寺などなど、どれも宗教的なモニュメントです。英語圏の人たちにおけるsacredを日本に置き換えたものですから、これは当然のこと。
そして次に、「pilgrimage to sacred place japan」を調べてみます。すると……
一番上に表示されたのは、英版Wikiの「Seichi Junrei」!
なんと日本の聖地巡礼は、各国にある巡礼とは別物として標準語となっていたことが判明しました(笑)。
おそらく日本語記事の英訳版ではありますが、同記事の中にはこんな記述が。
The "Seichi" prefix is often included in order to make a distinction between this secular fan behavior and religiously-significant Japanese Buddhist or Shinto Junrei (巡礼).
=宗教的に重要な日本の仏教や神道の巡礼と区別するために、しばしば「聖地」という接頭辞が付けられる。
先ほど紹介した、聖の字を付けると俗っぽくなる現象の解説ですね。これを踏まえると、日本の聖地巡礼は、宗教とは無縁の新たな行動として世界的に認知されていると言えるはず。
無限増殖する日本の聖地
さて、和製英語ならぬ英製和語のような形で海外にも認知されていた「聖地巡礼」ですが、これらの場所はいかにして聖地となるのでしょうか。
参考として、日本版Wikiに興味深い記述があったので拝借します。
宗教的な「聖地」は既に、視覚的にも周辺から簡単に区別されるよう特別な仕様や装飾がなされていることが多いのに対し、当記事の意味での「巡礼」の対象となっている「聖地」は、「聖地」となる前とほとんど変化してない従前の風景のまま、「聖地」となったなんらかのいわれを付加価値とするだけで成立している
確かに、宗教における聖地は、神殿・教会・碑など、巡礼が定着するよりも先に、何らかの建造物が建てられる場合が多いですよね。
一方のアニメやドラマの聖地は、元からある場所を題材に制作し、後からファンたちによって「神聖な価値」が見出されます。宗教とは逆のプロセスを辿っているのです。
そこで筆者は思いました。後から付加価値を付けられる以上、日本のあらゆる場所が聖地になり得るのでは?と。
先ほど紹介した成田空港のパネルでは、日本全国88箇所のアニメ聖地が掲載されていました。十分多いですが、ご存知の通りこの言葉はアニメ界隈以外にも普及していますし、そもそもアニメに限っても、もっと沢山あるはずです。
さすがに全て調べるのは不可能なので、私の興味範囲としてアニメ聖地の数を調べていたところ、『聖地巡礼マップ』なるサイトを発見。同サイトではなんと5000ものスポットが聖地として登録されているとのことです。
聖地=sacred placeであれば、一つの国(しかも小さな島国)の中に5000もあるのは、世界のどこを見渡しても、凄まじい密度と言えるでしょう。しかも、この先も信者を生む作品は作られ続けるはずなので、この数は永久に増え続けるわけです。
最近では、『ぼっち・ざ・ろっく!』が下北沢を聖地化させたように、多くの人にとって既に馴染み深い場所までもが世界的なSeich Junreiの対象(同作は海外メディア『Anime Trending』のトレンド大賞で史上最多の8冠を獲得するほどの世界的な人気を誇る)となっています。
この構図により、いずれ全土が聖地で埋め尽くされ、日本は“聖地大国”として名を馳せる──
うーん、日本てぇてぇ。
「おやつなトピック」って?
Z世代のインターンから、この道うん十年のベテラン編集者まで、TABI LABO“ナカの人”がリレー形式で担当するコラムです。