かつて女の脳はスポンジだった──19世紀のトンデモ女性観を笑い飛ばす『問題だらけの女性たち』が文庫化
「女の脳はスポンジでできている」「女が考えると生殖器がダメになる」「自転車に乗ると貞操を失う」。
これらは冗談ではなく、19世紀の西洋社会でまことしやかに語られていた女性観の一部だ。
英国のフェミニスト漫画家ジャッキー・フレミングが、こうした非科学的で馬鹿げた迷信や固定観念を、痛烈な皮肉とユーモアで描き出したジェンダー絵本『問題だらけの女性たち』が、作家・翻訳家の松田青子氏による翻訳で河出文庫から2025年5月8日に発売された。
過去の不条理を笑い飛ばしつつ、現代社会にも深く根差す問題について考えるきっかけを与えてくれる一冊となっている。
歴史の偉人も信じた、驚くべき女性差別の実態
『問題だらけの女性たち』は、なぜ歴史の授業で女性の偉人についてほとんど習わないのか、という素朴な疑問から出発する。
そして、かつて世界には男性しか存在せず、女性はいなかったかのような扱いを受けてきた歴史を、フレミング氏独特の視点で解き明かしていく。
驚くべきことに、チャールズ・ダーウィンやアルベルト・アインシュタインといった、後世に名を残す“偉大な”男性たちでさえ、当時の差別的な女性観を疑いもせず、女性の脳は男性より小さい、体が弱すぎて運動ができない、知的に劣る、といった考えを支持していたという。
本書は、こうした当時の女性の自由と権利を著しく制限した非科学的な迷信や固定観念の数々を、具体的なエピソードと共に描き出す。
松田青子氏は訳者あとがきで、「フレミングが描き出した、当時の女性の自由と権利を著しく制限した非科学的な迷信や固定観念の数々をまとわされた女性たちの姿は、まさに(ヴァージニア・)ウルフが書いたような『非常に奇妙な複合体』」だと述べ、「史実と皮肉とユーモアをフラットに語ることで、より史実の不条理さが、『やばさ』が伝わる」と、本書の巧みな表現方法を評価している。
フレミング氏は、こうした暴力的な土壌を耕し続けた歴史上の男性たちを、その功績の大きさや時代背景を理由に容赦することはない。その鋭い批判の根底には、長きにわたり蔓延してきた悪しきサイクルを断ち切りたいという強い意志があるそうだ。

ユーモアという名の武器、現代社会への問いかけ
2018年に単行本として刊行された際、本書は大きな話題を呼んだ。
書評家の岸本佐知子氏は朝日新聞(原文では読売新聞との記載があるが、後のメディア報道例では朝日新聞での岸本氏評も紹介されており、ここでは訳者あとがきで触れられている可能性の高い朝日新聞の評を採用)で「ユーモアを備えたとき、怒りはかつてないほどの強さと飛距離を獲得する。それをみごとに証明してみせた一冊だ」と評したという。まさに、皮肉とユーモアこそが、本書の最大の武器なのだ。
しかし、松田氏が指摘するように、「本当に残念なのは、現代版の『問題だらけの女性たち』をつくることも可能であることだ。19世紀の価値観を一笑に付すことができないくらいには、今も同じ問題が根を這っている」。
過去の「やばさ」を現在の視点から批評することは、現代に潜む同様の「やばさ」の糸を断ち切る力になる。
フレミング氏の炸裂するユーモアは、19世紀のありえない女性観を笑いのめすと同時に、現代を生きる私たち自身の固定観念や無意識の偏見にも揺さぶりをかける。日常に潜む不条理に対し、声を上げ、批評し、そして自分たちの歴史を紡いでいくことの重要性を教えてくれるだろう。

『問題だらけの女性たち』は、歴史の中に埋もれ、異端とされてきた女性たちの存在に光を当てる。
そして、笑いという形で過去の過ちと向き合うことで、より良い未来を築くための知恵と勇気を与えてくれる一冊と言えるだろう。
あらゆるジェンダー、あらゆる世代の人々が手に取り、共に考え、そして時には共に笑い飛ばすことで、社会は少しずつ変わっていくのかもしれない。
●新刊情報
書名:問題だらけの女性たち(河出文庫)
著者:ジャッキー・フレミング
訳者:松田青子
装幀:名久井直子
仕様:文庫判/並製/136頁
発売⽇:2025年5⽉8日
税込定価:990円(本体価格900円)
ISBN:978-4-309-46814-3
URL:https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309468143/
※電子書籍は2025年7月に発売予定です。詳細は各電子書籍ストアでご確認ください。
