日本の伝統が福祉を変える「ストーマ装具」をアートに

「なぜ、それは隠さなければならないのか?」──。この根源的な問いを、日本の伝統工芸という最高の文化資産を武器に、ファッションの聖地パリで投げかける、あるプロジェクトのニュースが筆者の心を捉えて離さない。

そのプロジェクトとは、一般社団法人日本福祉医療ファッション協会(JWMF)が2026年9月下旬〜10月上旬(予定)、パリ・LA GALERIE BOURBONでの開催を決定した「Stoma Néo-ART Project」ファッションショーだ。人工肛門や人工膀胱を持つ人々、すなわちオストメイトにとって不可欠なストーマ装具を、「工業製品」から「現代アート」へと昇華させる、世界で初めての試みである。

装具のデザインには、西陣織や京友禅といった京都の伝統工芸が用いられるという。医療と福祉が抱えるデリケートな課題に、日本の文化が真正面から挑み、グローバルなファッションを通じて社会の偏見を打ち破ろうとするこの動きは、単なる慈善活動を超えた、日本発の「文化外交型インクルーシブ・イノベーション」と位置づけてもいいのではないだろうか。

排泄の偏見に挑む
日本の文化とファッション

日本には、20万人を超えるオストメイトが存在する。彼らにとって、排泄を管理するためのストーマ装具は、生活と生命に欠かせないパートナー。しかし、この装具は長らく「隠すもの」とされ、排泄という極めて個人的でセンシティブな問題ゆえに、当事者は社会的な偏見や無理解に晒されやすい状況が続いてきた。

この現状に対し、「Stoma Néo-ART Project」は「隠す」ではなく「魅せる」という真逆のコンセプトを掲げた。ストーマ装具という医療器具の概念を根底から覆し、それを西陣織や京友禅の技術とファッションデザインで融合させることで、現代アートとして再構築。この挑戦は、当事者であるオストメイトに対し、自分の身体と共にある装具を「誇れるもの」「自分らしさを表現するもの」として捉え直す選択肢を与えることを目的としている。

このメッセージは、オストメイトだけでなく、【偏見を気にして人目を避けるように生きているすべての人々】と、【未来の当事者であるすべての人】に向けた、「自分らしさを承認するための希望のメッセージ」として発信される。

プロジェクトのアンバサダーおよびモデルを務めるのは、医師であり日本初のオストメイトモデルであるエマ・大辻・ピックルス氏。また、アドバイザーには、医師であり「日本うんこ学会」の創設者である石井洋介氏が参画しており、この取組みが医療・福祉の専門家の知見に裏打ちされていることが伺える。

©一般社団法人日本福祉医療ファッション協会
©一般社団法人日本福祉医療ファッション協会

伝統工芸が切り拓く
数十億ドル市場とD&I究極形

同プロジェクトが単なる社会貢献活動で終わらないのは、その発表の場をグローバルファッションの聖地・パリに選んだ点と、そのインパクトが巨大な経済圏に及ぶ可能性を秘めているから。

ストーマケア製品のグローバル市場規模は、18年に28.1億米ドル(約4000億円超)と評価され、32年までに57.7億米ドル(約8000億円超)に達すると予測されており、予測期間中の年平均成長率(CAGR)は5.3%と堅調な成長が見込まれる巨大なグローバル市場である。この市場は現在、主に「工業製品」としての医療器具で占められている。

「Stoma Néo-ART Project」は、この巨大市場に「ファッションアイテム」という新たな概念を持ち込むことで、医療器具の概念そのものを変革しようとしている。ストーマ装具が機能性だけでなくデザイン性を持つ「魅せるアート」となれば、世界のメーカーの開発競争を促し、市場の質的向上に繋がる可能性がある。

また、京都の伝統工芸、すなわち西陣織・京友禅といった日本の文化的な強みを、この医療福祉という新しい領域に組み込むことは、伝統工芸そのものに新たな市場(医療福祉市場)への参入という可能性をもたらす。単なるアートとしてではなく、現代の社会課題解決にコミットする「共創型文化事業」の先進的な試みと言える。

さらに、この試みは、近年加速するファッション業界のトレンド「アクセシブル・ファッション」の究極の形を問うている。パリコレクションやミラノコレクションといった世界の主要コレクションでも、車椅子ユーザーや義肢装具ユーザーなど多様な身体的特徴を持つモデルの起用が増え、アクセシブル・ファッションが定着しつつある。

その中で、このプロジェクトは「排泄というもっともデリケートな身体機能」に関するインクルージョンを、ファッションの聖地パリで問うという、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の究極の表現となるだろう。

©一般社団法人日本福祉医療ファッション協会

インクルーシブ・イノベーション
世界を変える提唱

JWMFは、このプロジェクトがもたらす変革として、以下の3点を提唱している。

  • 世界のオストメイトの人生が変わる:装具を隠す必要がないという選択肢が、彼らの自己肯定感を高める。

  • 医療器具の概念が変わる:「工業製品」から「ファッションアイテム」へという概念転換が、市場と人々の意識を変える。

  • 伝統工芸の新たな可能性が広がる:医療福祉という新市場への参入は、伝統工芸の未来を見据えた先進的な取組みとなる。

この取組みは、SDGs(持続可能な開発目標)の目標3(すべての人に健康と福祉を)、目標8(働きがいも経済成長も)、目標10(人や国の不平等をなくそう)、目標17(パートナーシップで目標を達成しよう)の達成にも貢献するものであり、その射程は医療、福祉、ファッション、文化、経済、国際社会へと多岐にわたる。

単に「ストーマ装具を美しくする」という話ではない。これは、日本が誇る文化の力と、世界の巨大市場、そしてもっともデリケートな個人の尊厳という三つの要素を融合させた、「日本発の文化外交型インクルーシブ・イノベーション」と呼ぶべきもの。

自分らしく生きることを阻む「隠さなければならない」という社会的な偏見そのものを、アートの力で世界から根絶しようとする、壮大な挑戦に注視していきたい。

Top image: © 一般社団法人日本福祉医療ファッション協会
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