畳を「組む」という発想がミラノを驚かせた
福島県須賀川市の畳専門店・久保木畳店が、2026年4月のミラノデザインウィークで日伊共同開発の家具コレクション「PAJA」を世界初公開しました。畳を床に「敷く」のではなく、家具として「組む」——その鮮やかな発想の転換が、世界のデザインシーンに新しい問いを投げかけています。
金属ゼロ、工具も不要の家具



PAJAの最大の特徴は、金属部品を一切使わない設計思想にあります。日本の伝統建築で用いられてきた「継手・仕口」と呼ばれる木組みの技法を現代の家具デザインに応用し、工具なしで組み立て・解体ができるモジュラーシステムを実現しました。
デザインを手がけたのは、東京とイタリアを拠点に活動する建築・デザインスタジオ「rararà studio」。イギリス、日本、イタリア出身の3名で構成される国際的なチームです。木工と構造設計は佐賀県の家具メーカー・平田椅子製作所が担い、久保木畳店が畳表の素材知識と加工技術を提供するという三者共同体制で生まれたプロダクトでもあります。
ヒノキの柔らかな香りと、畳表の素朴で温かみのある手触り。PAJAに触れた人は、視覚だけでなく嗅覚や触覚でも「日本の空気」を感じ取ることになるでしょう。金属を排したことで生まれる軽やかさと、天然素材だけが持つ独特の存在感が同居している点は、まさに日本とイタリアの美意識が交差した結果と言えそうです。
畳の「居場所」が変わりつつある


日本国内では、和室の減少とともに畳の需要が縮小傾向にあることは広く知られています。しかし視点を海外に移すと、まったく異なる景色が見えてきます。
市場調査会社Verified Market Reportsの推計によれば、グローバルな畳市場は2024年時点で約12億米ドル規模とされ、2033年には約21億米ドルに達する見通しです(年平均成長率7.3%)。また、Cognitive Market Researchのレポートでは、北米市場が全体の約11.56%を占めるまでに成長しているとの分析もあります。
この背景には、近年「JAPANDI(ジャパンディ)」と呼ばれる日本と北欧のデザイン美学を融合させたインテリアスタイルが欧米で支持を広げていることや、自然素材・サステナブル素材への関心の高まりがあると考えられます。畳が持つ「い草の香り」「呼吸する素材感」「経年変化の美しさ」といった感覚的な価値は、ウェルネス志向が強まるグローバルな消費者にとって、むしろ新鮮な魅力として映っているのかもしれません。
久保木畳店が今回のプロジェクトを通じて目指しているのは、まさにこの文脈の書き換えです。同社は、住宅用途にとどまらずホテルや商業空間、さらには海外市場に向けた提案を強化し、畳を「日本の伝統素材」から「世界で使われる空間素材」へと再定義していく方針を示しています。
「文化輸出」ではなく「文化翻訳」
今回PAJAが発表されたのは、rararà studioが主催する初開催のデザインイベント「gozen 2026」。「gozen(午前)」という名称には、新しい始まりや可能性への期待が込められているとのことです。会場はミラノのイゾラ地区にあるコワーキングスペース「WAO Isola」で、久保木畳店のほか、福岡のユーカスや新潟のTG Technicaなど日本の地方メーカー4社が参加しました。
イタリアのライフスタイルメディア「DiLei」の報道によれば、WAO IsolaのクリエイティブディレクターであるMichele Bisceglia氏は、gozenを「文化・言語・デザインビジョンの間に新しい接続を生み出すプロジェクト」と評価しています。
ここで注目したいのは、久保木畳店のアプローチが単なる「日本の伝統工芸を海外に紹介する」という枠組みに収まっていない点です。畳をそのまま持っていくのではなく、イタリアのデザイン感性と掛け合わせ、「モジュラー家具」という新しい用途に変換して提示している。これは「文化輸出」というよりも「文化翻訳」と呼ぶほうがふさわしいのではないでしょうか。
異なる文化圏のクリエイターと協働し、素材の本質的な魅力を抽出して、相手の文脈で理解できる形に再構成する。このプロセスこそが、地方の中小企業が世界市場にアクセスするための一つの有効なモデルになり得ると感じます。
「敷く」から「組む」へ、その先
福島の畳店がミラノで家具を発表する——数年前であれば想像しにくかった光景です。しかし、素材の可能性を固定観念から解放し、国境を越えた協働によって新しい文脈を与えるという試みは、畳に限らず、日本の地場産業全体にとって示唆に富んでいます。
畳を「敷く」ものから「組む」ものへ。その小さな動詞の変化の中に、伝統素材の未来を切り拓く大きなヒントが詰まっているように思えてなりません。PAJAが今後、住空間やホスピタリティの現場でどのように受け入れられていくのか。福島発・ミラノ経由の挑戦から、しばらく目が離せなくなりそうです。






