「フェイクニュース」が経済を動かす時代。誤情報の損失は年間4,170億ドル

欧州テクノロジー大手Sopra Steria(ソプラ・ステリア)が、誤情報(ディスインフォメーション)の世界経済への影響を初めて体系的に数値化した調査レポートを公表しました。その中心推計値は、年間約4,170億米ドル。「嘘」がこれほどの経済的インパクトを持つという事実は、私たちの情報との向き合い方を根本から問い直すものです。

誤情報は「倫理」から「経済」の問題へ

誤情報と聞くと、多くの方はSNS上のフェイクニュースや選挙への介入といった「民主主義の危機」を思い浮かべるのではないでしょうか。もちろんそれも重要な側面ですが、Sopra Steriaの調査が突きつけたのは、もっと生々しい現実です。

同社の発表によると、2024年における誤情報の経済的影響は3つのカテゴリに分類されています。最大の項目は「金融フロー」、つまり情報操作によって直接的に流用された資金で、その額は3,930億ドル。次いで「政治的影響」が140億ドル、「社会的影響」が100億ドルと推計されました。

注目すべきは、全体の約94%を金融フローが占めているという点です。誤情報はもはや「嘘か真実か」という倫理的な二項対立の話ではなく、実体経済を直接蝕む構造的なリスクになっている——。この調査は、そうしたフレームシフトを数字で裏付けたと言えるでしょう。

偽レビューが生む「見えない税金」

金融フローの内訳を見ると、私たちの日常に最も近い項目が浮かび上がります。偽オンラインレビューによる消費者支出への影響が、推定2,270億ドルと単一項目で最大規模を占めているのです。

この数字の背景には、偽レビューが購買行動に与える影響の大きさがあります。全米経済研究所(NBER)が公表した研究論文によれば、星評価がひとつ水増しされるだけで、商品の需要は約38%も増加するとされています。つまり、私たちは気づかないうちに「偽りの評価」に基づいて財布を開いている可能性があるわけです。

近年、偽レビュー問題への規制も動き始めています。米国連邦取引委員会(FTC)は2024年10月に偽レビューを明確に禁止する新ルールを施行し、違反1件あたり最大約53,000ドルの罰金を科す体制を整えました。しかし、規制だけで解決できるほど問題は単純ではありません。偽レビュー市場は年々拡大しており、ある調査では2025年時点で世界の消費者に7,700億ドル超の損失を与えたとする推計もあります。

日々のネットショッピングで「レビューを参考にする」という何気ない行動が、実は巨大な経済的歪みの入り口になっている。そう考えると、レビューとの付き合い方を少し意識的に変えてみる価値はありそうです。

AIが誤情報を「産業化」する

Sopra Steriaの調査がもうひとつ浮き彫りにしたのは、AI(人工知能)技術が誤情報の拡散を加速させているという構造的な問題です。同社の分析によれば、AIは誤情報の経済的影響を15〜20%の「乗数効果」で増幅させているとのこと。AI活用型の詐欺に関連するコストだけで110億ドル、「Pig Butchering(ピッグ・ブッチャリング)」と呼ばれる、時間をかけて信頼関係を築いたうえで暗号資産投資に誘導する詐欺手法による損失は55億ドルに達しています。

さらに深刻なのは、誤情報をめぐる「力の非対称性」です。Sopra Steriaの発表によると、Metaは詐欺的コンテンツから164億ドルの広告収入を得ている一方で、世界全体のファクトチェック予算は1億ドルに満たず、そのうち45%はMeta自身が拠出しているといいます。誤情報を生み出す側と、それを検証する側のリソース格差は、実に160倍以上。この構造が変わらない限り、問題の根本的な解決は難しいのではないでしょうか。

世界経済フォーラム(WEF)も「Global Risks Report 2025」において、誤情報を最大級のグローバルリスクのひとつに位置づけています。WEFが2025年7月に公開した分析では、ディープフェイクによる企業被害が1件あたり平均45万ドルに上るとも報告されており、誤情報リスクは企業経営にとって無視できない水準に達しつつあります。

「情報の免疫力」を育てる時代

Sopra Steriaの金融サービス部門エグゼクティブ・ディレクターであるAyman Awada氏は、「誤情報はもはや民主主義の問題にとどまらず、企業と市場にとって重大な経済リスクである」と述べ、組織がこの現象を戦略的リスクとして扱う必要性を強調しています。同社は、20年前にサイバーセキュリティが企業のリスク管理に統合されたように、誤情報対策もリスク戦略に組み込むべきだとの見解を示しました。

この提言は、企業だけに向けられたものではないように思えます。私たち一人ひとりも、情報に対する「免疫力」——いわば情報レジリエンス——を意識的に高めていく必要がある時代に入っているのかもしれません。レビューを鵜呑みにしない、情報の出所を確認する、感情を揺さぶるコンテンツほど一呼吸おいてから判断する。こうした小さな習慣の積み重ねが、4,170億ドルという途方もない数字を少しずつ削っていく力になるのではないでしょうか。

誤情報に「値札」がついたことで、問題の輪郭はかつてないほど鮮明になりました。次に求められるのは、その値札を見た私たちがどう行動するか、ということなのだと思います。

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