恵比寿に現れた、「里山の香り」を飲むバー
飲食企業「株式会社ダイナック」が、2026年8月5日に恵比寿でオープンしたBAR『SATOYAMA SPIRITS TOKYO』。里山に自生する植物の香りをカクテルに閉じ込めるという、ちょっと聞き慣れない試みです。
なぜ、バーに囲炉裏なのか。その答えは、素材との向き合い方にありました。
囲炉裏は演出ではなく調理装置
同店が扱うのは、アカエゾマツの新芽、青文字(クスノキ科の芳香樹)、琉球シナモンの葉、クチナシ、金木犀、蝋梅——いわゆる「山の植物」です。スーパーの棚には並ばないし、多くの人にとっては名前すら馴染みがないかもしれません。
これらの素材から香りを引き出す方法は、大きく3つに分かれています。ひとつは、茶葉や琉球シナモンの葉を囲炉裏でじっくり温め、燻し、煎じること。カウンター中央の囲炉裏は、演出ではなく調理装置なのです。
ふたつめは、クチナシや金木犀といった花の鮮度をそのまま活かすアプローチ。そしてみっつめが、アカエゾマツの新芽やヒノキの葉を酒に漬け込んだり、青文字を蒸溜して香りを「閉じ込める」方法。
こうして抽出された香りは、ネグローニやマティーニ、ジントニックといった王道のカクテルに重ねられます。たとえば「青文字 GIN&TONIC」(1,400円)は、青文字を蒸溜したエッセンスウォーターで仕上げる一杯。「琉球Cinnamon Espresso Martini」(1,900円)は、3種の異なるアプローチで琉球シナモンの香りを抽出しているそうです。
素材ごとに手つきを変えるという発想は、料理の世界では当たり前かもしれません。でも、それをカクテルの文法に持ち込んだとき、「バーテンダーの仕事」の輪郭がちょっと変わって見えてきます。
クラフトコーラから里山バーへ
全体を監修したのは、日本草木研究所の代表・古谷知華氏。東京大学工学部建築学科を卒業後、博報堂でブランディングや新規事業開発に携わり、その後クラフトコーラブランド「ともコーラ」を創業した人物です。Forbes JAPAN「CULTURE-PRENEURS 300」にも選出されています。
2021年に立ち上げた日本草木研究所は、「日本の山を宝の山に」を掲げ、山の原生植物の活用方法を日々研究する組織。つまり今回の業態は、飲食店が「珍しい素材を仕入れてみた」という話ではなく、野生植物の研究者が素材選定から世界観の設計までを一貫して手がけているところに特異性があります。
スイーツを担当するパティシエのMIKIKO YUI氏も、渡米20年超のキャリアを持つ実力派。赤山椒白玉や黒文字アイスを使った「自家製あんみつ」(1,400円)など、甘味にも里山の香りが通底しています。
一杯のカクテル越しに覚える植物の名前

世界的に見ても、ローカルのボタニカル(地域固有の植物素材)を使ったクラフトスピリッツへの関心は高まっています。ただ、日本の山林に自生する山菜や薬草、樹皮といった素材は、農林水産省の統計を見ても経済的な存在感はまだまだ小さいのが現実。
裏を返せば、足元にはまだ「味わわれていない香り」が眠っているということ。恵比寿のビルの2階で、囲炉裏の火にかざされた一枚の葉から立ちのぼる香りは、私たちが「日本の自然」と聞いてぼんやり思い浮かべるイメージを、もう少しだけ具体的なものに変えてくれるかもしれません。
知らない植物の名前を、一杯のカクテル越しに覚える夜があってもいい。そんな気がしています。

BAR SATOYAMA SPIRITS TOKYO
【所在地】東京都渋谷区恵比寿西1-13-2 サンキビル2階
【オープン日】2026年8月5日(水)
【営業時間】18:00〜26:00
【定休日】日曜・年末年始
【席数】30席(24坪)
【運営】株式会社ダイナック






