屋内農業の冬の時代に、1.5億ドル調達。Oishiiがイチゴで証明する「量産できる贅沢」
Oishii(おいしい)という名を持つ米国発の屋内スマートファーム企業が、シリーズCラウンドの初回クロージングで1億5,000万ドル(約225億円)を調達したと発表しました。かつて1トレイ約50ドルの「宝石のようなイチゴ」で話題をさらった同社が、いま静かに、しかし確実に「日常の食卓」へと歩みを進めています。
冬の時代に逆行する大型調達
垂直農業(屋内で作物を多層的に栽培する農法)の業界は、ここ数年厳しい局面を迎えていました。米国ではAeroFarmsやAppHarvestといった大手プレイヤーが相次いで経営破綻し、「屋内農業はコストに見合わない」という懐疑的な見方が広がっていたのも事実です。
そんな逆風のなかで、Oishiiは累計3億7,000万ドルという資金を集めてきました。今回のラウンドをリードしたのは、日本の独立系資産運用会社SPARX Asset Management。さらに野村不動産、ミスミグループ、みずほ銀行といった日本企業が名を連ねています。SPARXの阿部修平社長兼CEOは、2019年のシリーズA以来の継続支援に触れながら、研究開発から商業化へとシームレスに進む同社の実行力を高く評価したとのことです。
なぜ、同業他社が苦しむ中でOishiiだけが投資家の信頼を勝ち取れたのか。その答えは、同社が「農業企業」ではなく「テクノロジー企業」として自らを再定義してきた戦略にありそうです。
50ドルから4.99ドルへの道筋
Oishiiの歩みを振り返ると、その商品戦略の変遷が非常に興味深いものになっています。
2018年、同社は「Omakase Berry」という1トレイ約50ドルの超プレミアムイチゴで市場に参入しました。日本の高級フルーツ文化を彷彿とさせるこの価格設定は、大きな話題を呼びます。農薬不使用・非遺伝子組み換えで、最適な熟度で収穫されるイチゴ。それは確かに「体験」と呼べるものだったのでしょう。
しかし同社はそこに留まりませんでした。その後「Koyo Berry」「Nikko Berry」と商品ラインを拡充し、4.99ドルから15ドルという日常的な価格帯へと展開。さらに「Premium Preserves」というジャムなどの保存食品ラインも立ち上げ、生鮮品からパントリー食品へとブランドの裾野を広げています。
この「高級品で市場の認知を獲得し、量産化で市場そのものを取りにいく」というアプローチは、テスラがEV市場で実践した戦略とも重なります。まず憧れを作り、次に手の届く選択肢を提示する。フードテックの世界でも、この順序が有効であることをOishiiは証明しつつあるのではないでしょうか。
ロボットが支える「おいしい」の民主化
価格を下げながら品質を維持する——その鍵を握るのがロボティクスと自動化技術です。同社は2025年に農業ロボティクス企業Tortuga AgTechを買収し、収穫の自動化に関する専門性を大幅に強化しました。加えて、製造・自動化部品のグローバルサプライヤーであるミスミグループとの戦略的パートナーシップも締結しています。
イチゴは屋内農業において最も栽培が難しい作物のひとつだと言われています。受粉から収穫、鮮度管理に至るまで、あらゆる工程で精密な制御が求められるからです。共同創業者兼CEOの古賀大貴氏も、その困難さを認めた上で、今回の調達が「新たなフェーズの始まり」であると語っています。
注目すべきは、テクノロジーの進化が環境負荷の低減にも直結している点でしょう。2025年に導入されたNikko Berry向けの革新的なトップシール包装は、従来のクラムシェル(透明プラスチック容器)と比較してプラスチック使用量を80%削減したとのこと。鮮度と賞味期限を確保しながら、小売での展開しやすさも両立させたこの包装技術は、同社の「スケール」への本気度を物語っています。
日本とアメリカ、二つの拠点で
現在、Oishiiの販売網は米国18州に広がり、初の海外小売市場としてカナダ・トロントにも進出済みです。一方で、東京には初の「オープンイノベーションセンター」を開発中。日本の数百年にわたる農業技術と、シリコンバレー的なスケールの発想を掛け合わせるという同社の原点が、ここに凝縮されています。
調達した資金は、生産能力の拡大、ロボティクス統合の推進、農場インフラの拡張、新商品フォーマットの開発、そして米国・日本双方でのR&D投資に充てられる予定です。
「おいしい」という日本語をそのまま社名に冠したこの企業が目指しているのは、おそらく単なるイチゴの販売ではありません。テクノロジーの力で「おいしさ」を民主化すること。1トレイ50ドルの夢が、4.99ドルの日常になる日は、思ったより近いのかもしれません。






