小売の顧客メッセージは「一斉配信」から「会話」に変わり始めている
ニューヨーク拠点のリテール向けCRMプラットフォームを提供するEndear社が、22,000件以上のパーソナライズドキャンペーンと数十億件の顧客メッセージを分析した最新データを公表しました。そこから浮かび上がるのは、小売業界のメッセージングが「一斉配信」から「一人ひとりとの会話」へと、静かに、しかし確実に変わりつつあるという事実です。
新規獲得より「既存顧客」へ
Endear社の分析によると、リピート購入者や一度購入した顧客に向けたパーソナライズドメッセージの送信量が、前年比で50%以上増加しているとのこと。一方で、まだ購入に至っていない見込み客へのアウトリーチの伸びは、それよりも緩やかだったといいます。
この数字が示しているのは、小売ブランドの関心が「いかに新しいお客さんを連れてくるか」から「すでにつながっているお客さんとの関係をどう深めるか」へと移りつつあるということでしょう。
考えてみれば、これは私たちの日常感覚とも一致します。ブランドから届くメッセージに対して、「また同じセール告知か」と感じた経験は誰にでもあるはず。逆に、以前買った商品に関連する提案や、自分の好みを理解してくれていると感じるメッセージには、つい目を留めてしまうものです。近年、マーケティング業界全体で「顧客生涯価値(LTV)」を重視する傾向が強まっていますが、Endear社のデータはその潮流がメッセージングの現場レベルにまで浸透し始めていることを裏付けているように見えます。
2月の開封率が年間最高という意外
今回のデータで特に興味深いのは、年間で最もメール開封率が高かった月が、ホリデーシーズンの11月ではなく2月だったという点です。その開封率は56.1%。一般的なマーケティングメールの平均開封率が20〜30%程度とされることを考えると、かなり高い数値といえます。
11月は依然として年間最大のメッセージ送信量を記録しており、第4四半期だけで年間メッセージ量の約4分の1強を占めているとのこと。つまり、「最もたくさん送る時期」と「最も読まれる時期」がずれているという構造が明らかになったわけです。
これは、多くのブランドにとって盲点になっているかもしれません。ホリデーシーズンに予算とリソースを集中投下するのは合理的に見えますが、実は年明け後の「静かな時期」にこそ、顧客は受信トレイの中のメッセージに丁寧に目を通す余裕がある。ホリデー後のリエンゲージメント、つまり「買ってくれたお客さんにもう一度つながる」タイミングとして、2月前後は大きな可能性を秘めているのではないでしょうか。
日本の小売やD2Cブランドに置き換えて考えても、年末年始やセール期間に配信を集中させがちな傾向は同様です。通年でエンゲージメントの「質」を意識した配信設計に切り替えることが、今後の差別化につながるかもしれません。
「会話型チャネル」の台頭
チャネルの使い分けにも変化が見られます。Endear社のデータによれば、メールは引き続き構造化されたコミュニケーションの主軸として機能しつつ、SMSは購買意欲の高い顧客へのリアルタイムなアプローチに活用が進んでいるとのこと。さらに注目すべきは、WhatsAppの採用が2025年後半から加速している点です。
WhatsAppは世界で20億人以上のユーザーを抱えるメッセージングアプリで、特にヨーロッパや東南アジア、中南米では日常的なコミュニケーションインフラとして定着しています。小売企業がこのチャネルを取り入れるということは、マーケティングメッセージを「企業からの通知」ではなく、顧客が普段使っている会話の場に自然に溶け込ませようとしていることを意味します。
Endear社の共同創業者兼CEOであるLeigh Sevin氏は、「メッセージングを一斉配信ツールではなく関係構築チャネルとして扱う小売企業が最も強い成果を上げている」とコメントしています。同社は19カ国にわたる2,000店舗以上を支援しており、ReformationやAG Jeansといったブランドに対して、「クライアンテリング」と呼ばれる顧客一人ひとりに寄り添うデジタル接客の仕組みを提供しています。
「届ける」から「つながる」へ
日本ではLINE公式アカウントが小売のメッセージングチャネルとして広く普及していますが、その運用の多くはまだ「一斉配信」が中心です。しかし、今回のデータが示唆するのは、メッセージの価値を「何人に届けたか」ではなく「どれだけ深い関係を築けたか」で測る時代が、すでに始まっているということ。
もちろん、パーソナライズされた会話型コミュニケーションを大規模に運用するには、CRMの整備やスタッフのトレーニングなど、相応の投資が必要になります。それでも、「送れば届く」時代が終わりつつある今、メッセージの一通一通を「関係構築の一歩」として設計し直すことは、ブランドの長期的な競争力に直結するのではないでしょうか。
大量配信の時代から、一人ひとりとの会話の時代へ。その転換点に、私たちはすでに立っているのかもしれません。






