「頑張らなくていい」より深く刺さる。“反出生主義”シオランの言葉が静かなブームに
飛鳥新社が2026年7月2日に発売した新刊『生まれるのも生きていくのもめんどくさい!超訳シオランの言葉』が、静かな注目を集めています。
「反出生主義」の代表的思想家として知られるエミール・シオランの言葉を、独自の超訳とエッセイで届ける一冊。「ネガティブすぎて元気になる」という逆説的なコピーが、妙に胸に響く時代がやってきたのかもしれません。
シオランとは何者なのか
エミール・シオラン(1911〜1995)は、ルーマニア出身の作家・思想家です。「この世に生まれること自体を否定する」という、いわゆる反出生主義(アンチナタリズム)の立場で知られ、20世紀を代表する悲観主義者のひとりとされてきました。
その名前は、長らく「知る人ぞ知る」存在だったはずです。ところが近年、日本で思わぬ形でブームの兆しが生まれています。
同社の発表によれば、きっかけのひとつは羽生結弦氏がアイスショー公演の参考図書としてシオランの著作『生誕の災厄』を挙げたこと。さらにNHKでシオラン研究者を主人公にしたドラマ『どうせ死ぬなら、パリで死のう』が放送されたことも、認知を広げる追い風になったとのことです。
フィギュアスケートの美しさと、「生まれてきたこと自体が災厄だ」と語る哲学者。一見するとまったく結びつかない組み合わせですが、表現の極限を追い求める人にとって、シオランの言葉には何か深く共鳴するものがあるのかもしれません。
編訳者の「当事者性」が生む説得力
本書の編訳を手がけたのは、作家の済東鉄腸(さいとう・てっちょう)氏。1992年千葉県生まれで、大学時代から映画評論を執筆し、ひきこもり生活のさなかに東欧映画にのめり込んだという異色の経歴の持ち主です。
独学でルーマニア語を習得し、現地でルーマニア語による小説執筆や詩作を行うまでに至った済東氏。コロナ禍には腸の難病であるクローン病を発症し、闘病しながらnoteでエッセイや自作小説を精力的に発信し続けました。初の著書『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』(左右社)は、その規格外の内容と鮮烈な文体で大きな話題を呼んでいます。
ひきこもり、難病、孤独──。シオランが語った「生きづらさ」を、学術的な距離感ではなく、自らの身体と生活を通じて知っている人物が訳しているという事実。これが本書に、単なる名言集を超えた厚みを与えているように感じます。
「頑張らなくていい」という許可証
本書は全6章構成で、各章には印象的な超訳が並びます。「自分の居場所なんてなくて、どこに行ってもダルいだけ」「調子悪いときは、さっさとフテ寝」「誰かと話すくらいなら死んだほうがマシ。自分が好きすぎるから!」──。
思わず笑ってしまうほどの投げやりさですが、不思議と読んでいて気持ちが軽くなる感覚があります。文学紹介者の頭木弘樹氏も推薦文で「想像以上に面白い」と絶賛しているとのこと。
ここ数年、「ポジティブ疲れ」という言葉を耳にする機会が増えました。SNSには前向きな言葉があふれ、自己啓発書は「あなたならできる」と背中を押し続けます。けれど、その励ましがかえってプレッシャーになってしまう人も少なくないのではないでしょうか。
「頑張れ」ではなく「頑張らなくていい」。「希望を持て」ではなく「希望なんていらない」。シオランの言葉は、前向きさを強いられる社会の中で、ネガティブな自分をそのまま肯定してくれる「許可証」のような役割を果たしているのかもしれません。
絶望が「処方箋」になる逆説
少子化、孤立、メンタルヘルスの課題──令和の日本が抱える問題は、奇しくもシオランが生涯をかけて見つめ続けたテーマと重なります。反出生主義という言葉がSNSで自然に語られるようになった背景には、単なる知的好奇心だけでなく、「自分の感じていたモヤモヤに名前がついた」という安堵があるように思えます。
本書の価格は1,870円(税込)。哲学書としては手に取りやすい価格帯です。
従来の自己啓発書が「上を向こう」と語りかけるものだとすれば、この一冊は「下を向いたままでもいいんだよ」とそっと隣に座ってくれるような存在でしょう。絶望の言葉が逆説的に人を救う──そんな不思議な体験を、一度味わってみてはいかがでしょうか。
『生まれるのも生きていくのもめんどくさい!超訳シオランの言葉』
【編訳】済東鉄腸
【価格】1870円(税込)
【刊行日】2026年7月2日






