ニューヨークのファッション業界で、自宅を店舗として利用する「アパートメントストア」がトレンドに

白く輝き、どこか人を寄せ付けない高級ブティック。そこに並ぶ高価な服と、こちらを見定めるような店員。

そんな画一的なラグジュアリー体験に疲れを感じた人々が、今、新しい買い物の形を求めてデザイナーの自宅アパートの扉を叩いている。これは、新しいリテールの潮流の始まりなのかもしれない。

威圧的なブティックから、心温まるリビングへ
自室をブティック化する「アパートメントストア」

ニューヨーク・シティで、デザイナーやショップ経営者が自身のアパートを店舗として活用する「アパートメントストア」という動きが広がりつつある。

パンデミック以降、リアルな買い物の価値が見直される中で、これは冷たいブティックや無機質なEコマースとは一線を画す、極めて個人的な体験。

その背景には、高騰し続ける店舗賃料という現実的な問題と、服と人との間に、もっと思慮深く、使い捨てではない関係を築きたいという強い願いがあるようだ。

その一例が、Melissa Ventosa Martin氏がアッパーイーストサイドに開いた『Old Stone Trade』のスタジオ。

彼女は、職人が伝統的な製法で手作りした服や家庭用品を、自身が滞在するアパートのリビングで紹介する。訪れた客は、キッチンで淹れられたコーヒーを飲みながら、まるで友人の家でくつろぐかのように、一つひとつの品と向き合うことができるという。

意図的な「ゆっくり」は、消費と向き合う新しい哲学

この動きを牽引するのは、ファッション業界の大量生産や均質性に疑問を抱いた人々だ。

デザイナーのPatricia Voto氏は、「他のあらゆるブランドとの対比でありたかった」と語る。

彼女は自身のアパートで顧客と対面するが、その場での金銭のやり取りは一切行わないらしい。代わりに、生地のサンプルを客に渡し、後日メールで選択肢をまとめたものを送るという。

「人々にゆっくりと、意図を持って買い物について考えてほしいのです」。

クリック一つで完結する刹那的な満足感とは正反対の、時間をかけた対話がそこにはある。この哲学は消費者にも共鳴しており、ある顧客は「世の中のものはあまりに画一的。ここは私が個性的でいることを助けてくれる」と、その価値を語った。

小さな空間から生まれる、ラグジュアリーの未来

こうした動きはハイファッションに限らず、あるショップでは作家を招いて未発表の作品を朗読する文学シリーズを主催するなど、文化的なサロンとしての側面も持ち始めているようだ。

奇しくも、大手ラグジュアリーコングロマリットの売上が伸び悩む今、このような小規模でプライベートに近い形態が、人々を惹きつけているのかもしれない。

これは、画一的なラグジュアリーに飽きた消費者の、よりパーソナルで本質的なものを求める心の表れなのかもしれない。

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TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。