トマト祭りよりも思い出に残っている、バレンシアでの出会い

バルセロナから地中海に沿って約350km南に、バレンシアという街がある。ヨーロッパを自転車で旅していたとき、この街に立ち寄った。目的は、バレンシア郊外のブニョールという小さな町で開かれる「トマト祭り」に参加するためだ。

スペイン・バレンシアの
思い出

毎年8月、狭い通りに何万人という人が世界中から集まり、そこに何トンものトマトを積んだトラックがやってきて、中心部にドサっと落とされる。それがお祭り開始の合図で、あとはただ、みんなでひたすらトマトを投げ合う。

通りの両側に住んでいる住民たちは、家の窓からバケツいっぱいの水を浴びせてくる。歓迎しているのか、「迷惑だから早く帰れ」と言いたいのか、よくわからない。ぼくらは身動きが取れないから、ただ濡れることしかできない。

いずれにせよ、日本では考えられないようなクレイジーなお祭りだ。あまりの人の密度に、パニック障害になってしまったおばさんもいた。ぼくも圧迫死するのではないかと何度も思ったが、その過酷さも含めて経験できて本当に楽しかった。

興味があればぜひ参加していただきたい。しかし、今回の本題はトマト祭りではない。バレンシアでもうひとつ、忘れられない思い出があるのだ。

きっかけは、パエリア

(スペインと言えば、パエリアだ)

初めて訪れたスペインだから、当然そう思った。スペインに入って数日経つのに、まだ本場のパエリアを食べていない。今夜こそ食べようと、バレンシアのレストランに飛び込んだ。

だが、ウエイトレスに注文すると、「パエリアは2人前からしか作れないのよ」と言う。どうやら本当にそういうものらしい。ぼくは渋々、パスタを頼んだ。

(スペインに来てパスタを食べるなんてなぁ…)

残念に思いながら周りを見渡していると、ふと隣に座っているおじさんが目に止まった。このおじさんはひとりなのに、パエリアを食べているではないか! 何故だ!? パエリアは2人前からではなかったのか!?

ぼくは、思わず話しかけてしまった。

「すみません、パエリアって2人前からじゃないと注文できないのでは?」

「そうだよ」

「え? でも、おじさんひとりですよね?」

「あぁ、だが食べきれないことはないさ」

「え?」

見ると、大きな鉄鍋に盛られた2人前のパエリアを間もなく完食するところだった。なるほど、そういうことか。さすがにこんな量、ぼくには食べられそうにない。

「君は何を注文したんだい?」

「パスタです」

「おいおい、スペインに来てパスタか!はっはっは!」

「……」

そんな調子で仲良くなったステファノさん。実はイタリア人で、仕事の出張でバレンシアに来ていたそうだ。

「そうか、自転車でヨーロッパを旅しているのか。これからイタリアへ向かうのか?」

「はい。ステファノさんはイタリアのどこに住んでいるんですか?」

「モデナという街さ」

「あ、知っています。ぼくはモデナの近くのボローニャに寄るつもりです」

「ボローニャに着いたら、私に連絡しなさい」

そう言うと、番号を書いた小さな紙切れをぼくに渡して、去って行った。

「ヨータ、よく来たな!」

それから2週間後、ぼくは地中海沿いにフランス、モナコを走り、イタリアに入った。ボローニャの広場に着くと、見覚えのある人物が向こうからやってきた。

「ヨータ、よく来たな!はっはっは!」

ステファノさんは彼の娘と友人、さらに日本人の知り合いの方まで通訳として連れてきてくれ、ガイドブックに載っていない、地元の人しか知らないような人気のレストランへ連れて行ってくれた。そこで食べたポルチーニ茸のパスタのおいしさは、今でも忘れられない。

この広い地球で、スペインで初めて出会った人と、2週間後に今度はイタリアで会い、ご飯までご馳走してもらえるなんて…。奇跡としか思えなかった。

旅をしていると、「あそこであの人に出会っていなければ…」と思うことがよく起きる。みなさんにも、そういう経験があるのではないだろうか。 

「人間は一生のうち、逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に」

という言葉を実感する。きっと旅に限ったことではないだろうが、しかし旅では出会いがより浮き彫りになる。あのとき、レストランで話しかけずにいたら、何も起きなかったのだから。

振り返ってみると、何も特別なことをしたわけではない。「パエリアって2人前からじゃないの?」という、素朴な疑問をぶつけただけだ。

でも、そんな誰にでも思い浮かぶような素朴な疑問から、ストーリーが始まっていくように思う。「まぁいいか」と流してしまうのか、「気になるから」質問してみるのか。

沸き上がる疑問に対して素直に向き合えば、行動が生まれる。そして行動が、新たな出会いを生む。その積み重ねが、「奇跡」を起こす確率を少しずつ高めていくのかもしれない。

ステファノさんとの一連の出来事は、そんなことを考えさせてくれた。

Licensed material used with permission by 中村洋太, (Facebook), (Twitter), (Instagram)
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