「Where are you from?」から始まった、ある奇跡のエピソード
外国人観光客に
話しかけられたことはありますか?
日本を訪れる外国人観光客は、年々増加している。2016年は2,400万人を超えた。東京で生活していると、外国人を見かけない日はない。それくらい、身近な存在になっている。
ところで、あなたは外国人観光客と話したことはあるだろうか? 道を尋ねられて、ジェスチャーを交えてなんとか答えた、という経験をお持ちの方もいらっしゃるだろう。
正直なところ、ぼくは旅行会社に勤めていながら、片言の英語しか話せなかった。外国人に道を聞かれて、正しく伝えられる自信がなかったから、その人が行きたい場所まで20分かけて一緒に歩いて連れていった経験もある。
しかし、それほど英語が苦手でも、身近に外国人がいたら、なるべく話しかけるようにしてきた。そしてそのことが、ぼくの人生を豊かにしてくれた。
ひとつ、忘れられないエピソードを紹介したい。
あるフランス人家族との
出会い
ある日、日比谷の定食屋でご飯を食べていると、ぼくの隣に外国人の4人家族が座ってきた。
「TOKYO」と書かれたガイドブックを持っていたので、明らかに観光客だ。話してみたいと思ったが、知らない人に話しかけるのはいつだって緊張する。そんなとき、読んだばかりの本のフレーズが頭をよぎった。
「恐怖を感じない人間に勇気は存在しない。勇気とは、自分が恐れていることをすることだ」
そうだ。まさに今、ぼくは恐れている。だからこそ話しかけてみよう。
「Where are you from?」から会話が始まった。この切り出しは、魔法の言葉だと思っている。「どちらの国からいらしたんですか?」と聞かれて嫌な顔をする旅行者はまずいない。
彼らはフランス人で、シャンパーニュ地方の世界遺産の町ランスからやってきたそう。滞在は1週間で、基本は東京のみ。1日だけ鎌倉へ行く予定。
苦手な英語で、必死に話した。「寿司は食べましたか?」「今朝築地で食べたよ。うまかったよ」みたいな。それから、次に行きたいというおもちゃ屋さんの場所を地図で教えてあげたりした。
ご主人のティエリさんとは、その場でFacebookで友達になった。「いつかランスへ行くことがあればまた会いたいです」と伝えた。
彼は昼食後、銀座へ行くと話していた。しかし、ぼくは「銀座へ行く前に、おすすめの場所があるよ」と言った。
「ヒビヤ パーク イズ ア グッド プレイス! アイ ゴー エブリモーニング! スリーミニッツ フロム ヒア! プリーズ ゴー!」
そしたら、とても喜んで、「このあと行ってみるよ」と言ってくれた。まあ、その後の予定も忙しそうだったから、本当に行ってくれるかはわからない。そして写真を撮ってお別れした。
貴重な休みでわざわざ日本に来てくれたんだから、日本と日本人を好きになって、良い思い出をたくさん作って帰ってほしいと願いながら、ぼくは会社へ戻った。
仕事が終わった頃、彼からメッセージが届いた。
「Hi Yota. It was a really nice meeting with you at the restaurant today. With your advices, we found Uniqlo, Abercrombie and fitch, the toy shop and the hibiya park. It’s great to meet people and talk in Tokyo. I am really happy. See you my friend. Thierry」
想いは伝わった! 本当に日比谷公園に行ってくれたんだ!
「Thank you Mr.Thierry!! Have a nice trip!!」
しかし、彼との話はこれで終わらなかった。
それから2日後のこと。友人から送られてきた写真を見て、「奇跡は起きるものではなく、起こすもの」そんな言葉がぴったりだと思った。
意図的な奇跡
ティエリさん一家と出会った日の夜、ぼくは「もっと彼らを喜ばせたい」という欲求に駆られ、ひとつの行動を起こした。
直感を信じて電話をかけた相手は、大学時代の親友、伊東達也くん(いとちゃん)でした。
「いとちゃん、実はFacebookにも書いたんだけど、今日こんな出会いがあってさ…。フランス人なんだけど、すごく良い人たちなんだ。せっかく日本に来てくれたからさ、良い思い出たくさん作って帰ってほしいじゃん?」
「そうだね」
「海外旅行って、その国で何を見たか以上に、その国の人とのふれあいとか、何気ないやりとりのほうが印象に残ると思うんだよね」
「あーわかる。俺もこういう経験があってさ~…」
「さすがいとちゃん。それで、本題なんだけど…」
なぜ、ぼくがいとちゃんに電話をかけたか。それには先日のティエリさんとの会話にヒントがあった。
彼は1週間東京に滞在し、そのうち一日だけ、鎌倉へ行くと話していた。そして、「Kamakura」と言ったときの、ほんの一瞬のティエリさんの目の輝きを、ぼくは見逃さなかった。
(鎌倉がよっぽど楽しみなんだな)
それで、何かが起きないだろうかと思い、鎌倉市役所に勤めるいとちゃんに話してみることにしたのだ。当時いとちゃんが、鎌倉市役所の中でも特殊な「世界遺産登録推進担当者」として働いているのを知っていたから、外国人に鎌倉を案内するなら彼ほどの適任はいないと思った。
「いとちゃん、仕事中で難しいとは思うんだけど、彼らを鎌倉で案内してあげることはできないかな?」
「平日のお昼なら、たぶん時間を作れると思うよ。俺はウェルカムだから、そのフランス人に聞いてみて!」
「ありがとう!じゃあティエリさんに聞いてみるね!」
そして、Facebookで彼らを繋げた。ティエリさんは携帯電話が使えず、ホテルでしかインターネットができなかったため、鎌倉でうまくいとちゃんと落ち合えるだろうかと心配したが、天が味方してくれた。
ぼくが昼休みに携帯を開くと、写真が届いていた。鎌倉の大仏と、ティエリさん一家、そしていとちゃん。満面の笑み。なぜか、ぼくは鳥肌が立ってしまった。
さらに、電話でいとちゃんに聞いたところによると、最初いとちゃんは鎌倉駅で待っていたが、彼らと会うことができなかったという。それで、「大仏を見に行く」というティエリさんの言葉を思い出し、いとちゃんが自転車で大仏方面に向かっていると、外国人の4人組に道で遭遇。追い越して振り返ってみると、ぼくのFacebookの写真で見た人たちだったから、「ティエリさんですか?」と声をかけて、無事会えたそうなのだ。
ティエリさんからしてみれば、この一連の出来事は、ぼく以上に「奇跡」と感じたかもしれない。お昼にたまたま入った定食屋で、たまたま隣に座った日本人に話しかけられて親しくなり、その友人が偶然にも鎌倉市役所に勤めていて、その人に鎌倉を案内してもらえたのだから。偶然にしてはうまくできすぎている。
でも、ぼくにとっては「意図的なもの」だった。常日頃から意味のないことなんてないと思っているから、隣に座った外国人にも意味を見出そうとしている。
奇跡は「意図的に」起こせるのかもしれない。大切なのは、「人を喜ばせたい」という気持ち、そして直感に従い、行動を起こすこと。
日本にいながら、まるで旅をしているときのような感覚を味わえた3日間だった。ありがとういとちゃん! そして、信じてくれてありがとうティエリさん!
それから2年後
あの出来事から2年後、ティエリさんから突然メッセージが届いた。
「Yota、日本の写真集を出版したよ!」
驚いた。そういえば、良いカメラを持っていたな。日本の自動販売機をはじめ、彼が日本でおもしろいと思ったものを写真集にまとめたそうだ。『Tokyo Machines』というタイトルで、ちゃんとAmazonでも売られていた。
しかし、もっと驚いたのは、その後に続く言葉だった。
「この本は、親切にしてくれたYotaと、Tatsuya Itoに捧げるよ」
なんとその写真集の中に、ぼくといとちゃんの名前を入れてくれたのだ。これには感激した。
彼と出会ってから、ランスという、それまで馴染みのなかったフランスの小さな町が、急に身近に感じた。でも、思い出してみてほしい。ぼくにお金で買えない豊かさをもたらしたのは、「日本を好きになってほしい」という気持ちと、「彼に話しかけてみる」という、ほんの小さな勇気だった。
「本当にありがとう。いつかランスで、また会いたいです」
「大歓迎だよ。もし来ることがあれば必ず連絡してくれ。私が案内するよ」