世界の郷土菓子を研究するため、自転車でユーラシア大陸を横断した「日本人パティシエ」

ピレネー山脈を挟んで、スペインとフランスにまたがるバスク地方という地域がある。ここは大航海時代、マヤ・アステカ(現在のメキシコ)を起源とするチョコレート文化が、最初にヨーロッパに伝わった地とされている。

同時にベレー帽発祥の地でもあるため、いかにも「バスクならでは」という郷土菓子が存在する。その名も「ベレバスク」。ベレー帽の形をしたチョコレートのムースで、今もバスクのお菓子屋さんにかわいらしく並んでいる。

偶然の出会い

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ぼくが旅行情報誌の編集に携わっていた、2013年1月のこと。バスク地方について原稿を書く機会があり、その中で「ベレバスク」を紹介した。

しかし、書いたものの、誌面に使う写真素材がなかなか見つからなかった。「どなたか個人の方で、写真提供をしてくださる方はいないだろうか」。そう思ってネットで探していると、たまたまベレバスクを紹介している日本人の方のサイトを見つけた。

そのサイトには、バスク地方に限らず様々な国の郷土菓子が紹介されていたから、「こんなマニアックな郷土菓子を紹介する人って、いったいどんな人なのだろう?」と無性に気になった。

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プロフィールを見ると、「世界の郷土菓子の魅力に取り憑かれ、自転車でユーラシア大陸を横断中」なんて書いてある。

おまけに「スポンサー募集中」とあり、旅の資金をカンパすると、彼が毎月発行している郷土菓子の新聞「THE PASTRY TIMES」が自宅に届けられるのだという。

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(なんだこの人!? おもしろい!)

瞬時に彼にメールを送った。「ベレバスク」の写真を探していたらたまたまサイトに辿り着いたこと、かつて自分もスポンサーを集めてヨーロッパを自転車で旅したこと、ぼくもあなたの旅の協賛者になりたいということ、そして帰国したら一緒にサイクリングしましょう、ということを伝えた。

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その約束は1年後に実現した。

ぼくが主催していた「ツール・ド・和菓子」というサイクリングツアーに参加してもらい、都内の老舗和菓子屋さんを自転車で巡った。世界の郷土菓子を見てきた林さんの、「和菓子」に対する視点もまたおもしろかった。それ以降親しくなり、頻繁に会う仲になった。

「その土地」にしかない
郷土菓子に惹かれて

いったいどのような経緯で、ユーラシア大陸横断という壮大な旅をすることになったのだろうか?

京都出身の林さんは、辻調理師専門学校「エコール辻 大阪」のフランス・イタリア料理課程を卒業後、イタリアンレストラン、パン屋、フレンチデリなどを渡り歩いた。イタリア菓子を学ぶなかで、世界には日本人が知らない様々な郷土菓子があるのだと知った。

モンブランやティラミスのような華やかで主役級のお菓子よりも、もっと地味で、その土地にしかないようなお菓子に惹かれたそうだ。最初はネットで調べ、自分が作れる範囲でお菓子を再現していった。

21歳のとき、郷土菓子を研究するため、3ヶ月かけてヨーロッパ13カ国を周遊した。

「現地に行ってみたら、ネットでも出てこなかった郷土菓子がお店にたくさん並んでいて、さらに惹かれました」

その後、フランスへ渡った。資金がないと生活できないので、北西部のアンジェという町のブドウ畑で働き、さらにアルザス地方のお菓子屋さんでも働いた。

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フランスに住めば、休みの時間でたくさんの郷土菓子を見て回れると思っていたが、実際にはほとんど時間がなく、満足に回れなかった。

「このまま日本に帰っても仕方ないので、自転車で旅をしながら日本まで帰ろうと考えました。日本でも、横浜から京都まで自転車で走ったり、京都から九州まで走ったりしていたので、不可能ではないなと。それに、あまり先のことを考えない性格なんです。そのときは、とにかく旅がしたくて」

2012年6月1日、フランスでの生活に幕を閉じ、飛行機のチケットの代わりに、一台の自転車を購入。大した資金もないまま、世界の郷土菓子への好奇心だけを信じて、日本を目指して走り出した。各地でお菓子屋さんを訪ね、ときに厨房を見せてもらい、レシピをメモしていった。

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「1日3ユーロまで」という極限まで切り詰めた旅。

それで旅ができるのか、と思うが、できていたらしい。喉が乾いたら水道水を飲み、食事はお菓子しか買わなかった。お菓子屋さんでは「お代はいいわ。私もスポンサーになる」と言われることもあったという。

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夕方になると、現地の家を一軒一軒回り、泊まらせてくれる人を探した。リアル版「田舎へ泊まろう」だ。

「片っ端からインターホンを鳴らして、現地の言葉で書いたスケッチブックを広げながら旅の説明をして、宿泊のお願いをしました」

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初日にスイスで迎えてくれたのは、音楽家の一家。宿泊のお礼に作った和菓子は、思いのほか好評だった。和菓子の食材をバッグに詰めて、昼間は自転車を漕ぎ、夜は地元の人と語らい、土地の文化に触れる日々が続いた。

フランスからスイス、ドイツ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、ルーマニア、ウクライナと進んでいき、グルジアに差し掛かったあたりで、ついに旅の資金が底をついた。しかし旅を諦めるにも、日本へ帰る資金すらなかったというのだから、本当に無謀な男である。

だが強運の持ち主で、ウェブサイトで彼の状況を知った方々から、応援メッセージや資金援助が届き始めた。途中、本の出版のため一時帰国を挟んだが、ユーラシア大陸を横断し、2015年末に上海でゴール。船で日本へと帰国した。

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世界の郷土菓子を
日本で再現

2年半で約11,000kmを走り、世界各地で300以上の郷土菓子を食べた。2冊の本を出版し、現在は渋谷にある「Binowa Cafe」(2016年7月オープン)で世界の郷土菓子を再現している。

ほとんどが、日本でもここでしか食べられないお菓子だ。

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「お店ができてから、1年が経ちました。月替わりで3〜4種類ずつ、様々な国のお菓子を紹介しているので、毎月食べに来てくださる方もいらっしゃいます。冬には、31種類の郷土菓子に対して、31名の作家さんがそれぞれのお菓子に合わせた器を作り、展示・販売するイベントを行います。今後は郷土菓子を軸としながらも、そうしたおもしろい展開を考えていきたいですね」

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また、こんなことも話していた。

「日本のお菓子は洋菓子に偏りつつありますが、ぼくはもっと和菓子を食べてほしいと思っています。トルコを旅していたとき、一人暮らしの男性の家に泊まったのですが、彼はトルコのお菓子をサクッと作ってくれました。それだけ身近なもので、かつ誇りを持っているようでした。彼に限らず、どこの国へ行っても、みんな自分の国のお菓子を食べていました。正月に食べる花びら餅も、お彼岸のおはぎも、端午の節句の柏餅も、日本の“郷土菓子”ですからね。和菓子の魅力が再認識されてほしいです」

最後に、いちばん気になっていた質問をしてみた。

「もう、長い旅には行かないの?」

「いやいや。今年はミャンマーしか行けませんでしたが、理想を言えば、いつまでも旅を続けたいです。南北アメリカ、アフリカ、北欧など、まだまだ行っていない国はたくさんあります。見たこともない郷土菓子が、無数に眠っているはずですからね。そんな宝石のようなお菓子を、ひとつでも多く日本で紹介したいと思っています」

今度は、どんな郷土菓子を紹介してくれるのだろうか。林さんの挑戦をこれからも楽しみにしている。

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林周作さんのサイト「郷土菓子研究社」はこちら
https://www.kyodogashi-kenkyusha.com/

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