パーソナルな「TOKYO」の地図を、50人分集めてみた本
手描きの地図、というものについて考えることがあった。
今年の春、下北沢のとある書店でお手伝いをしていた私は、店長におつかいを頼まれた。とはいえ、私、下北沢には全然詳しくない。店長はそれを見越して、白いメモ帳にペンでささっと地図を描いてくれた。
手描きの地図なんて久しぶりだ。
当たり前だが、Google Mapとはまったく違う。すべてのビルや通りが描かれているわけではなく、角のセブンイレブン、突き当たりのドラッグストア、2本目の道、道中の目印がかいつまんで描かれている。
それは一見、ただ目印を効率的に描いてくれたように見える(実際、店長もそうだったのだろう)。だけどふと「今この手のひらにあるものは、もしかするととてつもなく尊いものなんじゃないだろうか」と感じたのだ。
——のは、もうすでに半年以上前のこと。私がその出来事を突然思い出したのは、代官山蔦屋書店でこの本を見つけたからだった。
特別な場所の、手描きの地図
これは、50人分の手描きの地図が収められている『TOKYO 35°N』だ。
発行しているのは、東京発のインディペンデントマガジン『TOO MUCH Magazine』を発行しているEditions OK FRED。都市空間の人々の記憶を書籍としてまとめ、アーカイブしていく「Romantic Geographic Archive」シリーズ第一弾として、この本を編集・出版した。
そして、著者はロサンゼルス在住のフォトグラファー、エイミー・スーだ。
彼女はこのプロジェクトを実現するために、東京在住のアーティスト、写真家、ファッション・デザイナーなど50人に声をかけ、大切な場所を手描きの地図で表現してもらうよう依頼した。同時に、
Q1. あなたが選んだ場所はどこですか?
Q2. その場所は、あなたにとって何が特別ですか?
という質問を投げかけた。そして、来日のたびにその地図をたよりに東京および東京近郊をめぐり、それぞれの場所をカメラに収めていった。
ある人にとってはパワースポット、ある人にとっては60年代の思い出、ある人にとっては帰る場所。エイミーは2013年から2016年の3年間、四季を通して50人分の「TOKYO」を辿り、この本を作り上げた。
ただの地図が
ロマンチックな理由
編集後記に「都市は、人々の記憶の集まりだ。」という言葉があった。私はそれに深く頷いた。半年前、あの店長の手描きの地図を見て抱いた尊さは、それが「記憶」だったからだと気づいたのだ。
『TOKYO 35°N』が「Romantic Geographic Archive」——そう、「ロマンチック」である理由は、ここに記憶があるからである。
では、なぜそれがロマンチックなのだろう。
それは、私たち人間は元来、寂しいからなのではないかと私は思う。
私たちは日々、あらゆるものを記憶していく。なんでもない景色や、日常や、時代。それらのほとんどは取るに足らないもので、自分という人間がいなくなれば一緒になくなってしまう、儚いものだ。
私たちはそれがわかっていて、当たり前のことと受け入れながらも、やっぱりどこか寂しいのである。できれば自分が死んだあとも、宇宙の隅にでもいいからそれが残っていてほしいと、少しくらいは願ってしまうものなのではないか。
だから、手描きの地図という記憶がアーカイブされるという事実は、限りなくロマンチックなのだ。そして私たちが記憶をもつ生き物であるかぎり、この本はきっと永遠に、ロマンチックなものとして作用するのだと思う。