代官山 蔦屋書店でお茶の話をしたら、DNAと宇宙の話になった!

昨年の夏、蔦屋書店がカネジュウ農園とタッグを組んで開発・発売したお茶、その名も『本を読むときのお茶』。

左が、寝る前にリラックスして読書するとき用の、カフェイン少なめの『焙じ茶』。中央が、集中して読書したいとき用の、カフェイン多めの『深蒸し煎茶』。そして右が、休日の午後に読書するとき用の、山梨産の乾燥白ぶどうと天然フレーバーを使った『白ぶどう茶』だ。

私はまず、この「本を読むとき」というコンセプトに感心していた。

カネジュウ農園は、静岡・牧之原で100年以上の歴史をもち、土づくりから販売まで一貫して行っている茶農園。さらに、蔦屋書店とのタッグということで、商品の信頼度は抜群。なのにそこを「すごいでしょ!」と言わない、むしろ「そのまんまやーん!」なコンセプト。

この潔さの奥には、本を読む「あなた」をまっすぐ主人公に据えることで、私たちがお茶を「自分ごと」として生活にとりいれやすくなる、というロジックがあるのだ。ああ、さすがだなあ、と思った。

しかし、そのまま時だけが過ぎ、実はずっと飲む機会を逃していた——ということを、旅行棚担当の片本さんに白状したのが11月中旬。すると、

「あ、明日試飲会やりますよー!」

なんだって!
即、返事をした。「行きます」。

というわけで『本を読むときのお茶』を飲みに行ったのだが、そのときいろいろ説明をしてくれたのが、カネジュウ農園のTEA BARTENDER、松本貴志さんだった。そして、

① 松本さんの物語があまりにもよくできていて誰かに言いたかった
② 伝統産業が陥りがちな問題としっかり向き合っていた
③ 何はともあれ、お茶がおいしかった

という理由から、急遽記事化させてもらった。

途中からテープレコーダーを回し始めたので、インタビューは唐突に、松本さんが昔Anjin(代官山 蔦屋書店2号館2階にあるカフェバー)で働いていた(つまり蔦屋書店OB!)というところから始まります。

ぜひお茶を飲みながら読んでください!

「お茶の販売の現場で時々、
 感慨深くて、
 泣きそうになる(笑)」

松本:僕の経歴が、皆さん、おもしろいみたいで。

——はい。ここで働いていたとは! カネジュウ農園に行き着いた経緯は?

松本:Anjinでバーテンダーをしている途中で、ソムリエの勉強を始めたんです。こういう製造工程で、こういう農薬を使って、こういうぶどうの木ができるんだと勉強したらおもしろくて。あと、趣味が盆栽なんですけど——。

——多趣味であり多才ですね、松本さん。

松本:いやいや(笑)。でも、今度は庭園管理士のテキストに手を出したんです。そしたら止まらなくなっちゃって(笑)。マネージャーに「すいません、僕、庭師やります」って。

——それでAnjinを辞めて?

松本:マネージャーとは、新しいスタッフを育てたら辞めてもいいという話になっていたので、その子が一人前になったところで辞めましたね。それが1月4日のことです。

——あれ……まだお茶の話が出てきてませんね?

松本:そのときにちょうどカネジュウ農園の方と会ったんです。

松本:僕は「土、さわりたいんですよね」という話をして、あちらは「ティーバーを考えていて、バーテンダーを探しています」と。

——適任じゃないですか!

松本:バーテンダーはそこまで興味なかったんですけど(笑)、「土をさわれるなら行きます」と、お茶の「お」も知らずに——。

——現場に飛び込んだと。実際、どうだったんですか?

松本:すごくおもしろかったです。自分たちでお茶をもんで出荷するって、すごいですよ。機械でワー!とお茶を摘んで、それをドーン!とベルトコンベアで流して、それを蒸して……茶工場はサーキットなんです。1秒でも止めたらアウト。延々とお茶が流れていくのを「この乾き具合だったらOK」って確認しながら次の工程に入る。

お茶って永遠に動くものなんですよ。茶工場では茶葉のゴミが出るんです。それをほうきで掃いて、袋に入れて、持っていく先はゴミ捨て場ではなく茶畑なんです。

——肥料ということですか?

松本:そう。茶畑の段々のところの隙間に、残った茶葉を流していくんです。それが永遠に繰り返される。だからお茶は、半永久的に動くんです。

——そうやってお茶を、手作業を通じて学んだり実感したりしていったわけですね。

松本:そうですね。「お茶はこうやってできるんだ!」というのがわかって、実際にそのお茶を飲むと、本当においしかったんです。そうすると販売の現場もまたおもしろくて。「これ、あのときもんでいたお茶だ」と思うと、感慨深くて、時々、泣きそうになる(笑)。やっぱりそういうの、お客様にも伝わると思うんですよね。

——ちなみに、農家が販売もしているというのはめずらしいんですか?

松本:少ないですよね。静岡では一般的に、第一次産業の茶農家がいて、第二次産業として製茶工場、第三次産業として茶商がいるんです。でも、商店街からお茶屋さんがなくなってきている今の時代、茶商も「売り方がわからない」と感じているくらいで。

——そのなかでカネジュウ農園は生産から販売まで一貫してやっていますよね。何か心がけていることはありますか。

松本:直売している以上、僕らは契約農家さんの思いも背負って販売しに来ているんです。僕らが売らないと、農家さんが立ち行かなくなってしまう。そのためには僕らが、現代の人にも響く新しい展開をしなければと考えているんです。

「お茶を未来に持っていくには?
 その提案が、勝負どころ」

——『本を読むためのお茶』は松本さんが考えられたんですか?

松本:僕が働き始めたときには、すでに代表(取締役/渡辺知泰)が作っていたんです。静岡はお茶のシリコンバレーみたいなもので、お茶にまつわるいろんな業種の人が集まっているんですよ。茶葉を作ってくれる人、ティーバッグを作ってくれる人、包装資材を作ってくれる人。

——そういうポテンシャルがある土地なんですね。

松本:でも、売り方がわからないという人が多いようです。

——そこで松本さんがバーテンダー時代に培ったその話術で。

松本:いやいや(笑)。でもやっぱり、ディレクションや販売の仕方はとても重要ですよね。結局、お茶ってあんまり変わらないんですよ。

——元も子もない感じですけれど……。

松本:いや、おいしいんですけど、お茶はお茶。でもそこを飛び越えて、例えばラテやお酒などにアレンジすることでその窓口を広げてあげるのが、第一線で働く僕らの仕事だと思っています。

——それでいくと、Anjinでの勤務経験がある松本さんは強いように思います。そもそも蔦屋書店がただの本屋さんというわけではなく、「ライフスタイルの提案」の場ですしね。

松本:ただずっとしゃべっているだけですけど(笑)。

——いやいや(笑)。

松本:でも確かに、いざここを辞めてみて、すごく感じたことがあって。「自分がお客さんだったときは、どういう気持ちだったかなあ」って思ったんですね。それって「あそこに行けば何かある」という期待値だと思うんです。

——すごくよくわかります。

松本:カネジュウ農園でもそれを持ち続けないといけない。お客様には「あそこだったら、何かおもしろいお茶があるよね」と思ってもらわなきゃいけないし、そういう提案ができないと淘汰されてしまう。実は僕は、お客さんと、仕事仲間の人たちとの間にいる感覚なんです。

——なるほど、おもしろいですね。『本を読むときのお茶』は、シチュエーションをあえて限定してあげることできっかけを作って、より多くの方にお茶という提案をされていると思うんですけど、そういった提案の核となっている部分は何なんですか?

松本:お茶って、やっぱり日本人のDNAに合っているものだと思っているんです。それを身近に感じてもらいたいというのが、僕らの気持ちです。

——DNAですか。

松本:日本人はコーヒーや紅茶の西洋文化に目が向きがちだけれど、田舎に帰って、おばあちゃんがお茶をいれてくれたときに、「帰ってきた」という感情があるじゃないですか。あれが日本人のDNAだと、僕は思っていて。

——あのホッとする感じですね。

松本:「お茶していこう」という表現——それが「カフェ」でなく「お茶」ということも、きっと関係がある。

——「お茶の『お』の字も知らなかった」ところから、「日本人のDNAだ!」って思えるようになった、具体的な経験はあったんですか?

松本:気づいたのは、接客していてですね。カネジュウ農園の深蒸し煎茶には茎の部分が入っているんですけど、茎って畳のにおいがするんですよ。それをかぐと、幼少期の思い出——畳の上に布団を敷いて寝ていたなとか、そういうことを思い出して「帰ってきた」と思ったんですよね。僕だけじゃなく、そのとき接客していたお客様も「やっぱり落ち着くよね」「昔を思い出すね」と。それはやっぱり、日本人のDNAということじゃないかなあ。

——懐かしむスイッチというか。私は幼いころ、祖父母と一緒に住んでいたこともあって、夕食後には必ずお茶を入れて飲んでいたんですね。だからお茶が懐かしいという感覚がすごくわかるんですけど、今の10〜20代のなかには、お茶や畳のある環境で育ってこなかった人もきっとたくさんいて。

松本:そうですね。お客様の「懐かしい」という反応を見ると、その香りを通じて、未来ではなく過去に行っているんだなと思うんです。それもいいことだけれど、じゃあお茶を未来に持っていくにはどうすればいいんだろう?というところ、その提案が、僕らが勝負するところかなと思っています。

僕、以前セミナーをやったんですよ。若い人たち100人ぐらいとお茶について話をしたんですけれど、みんなに「お茶ってどう思います?」と質問していったんです。すると、お茶をいれている習慣がある子や家庭科の授業でやった子は「めんどうくさい」という印象が強くて、一切やっていない子はまったく興味がなかった。お茶というと、日本で作っているお茶のことだなあとか、あるいはペットボトルのお茶だとか、そういう感じ。

——それももちろんたくさんあるお茶のなかのひとつなんですけど、それがお茶に対する最大の理解だとちょっと寂しいものもありますね。帰る場所としての「お茶」がない若い子たちに、松本さんはどういう新しい提案をしていこうと思っていますか?

松本:長年バーテンダーをやっていたので、混ぜるというのは考え方として得意で。例えばこの『栗焙じ茶』。頭のなかで「何が合うかな」って変換していくうちに、ラムが合うな、ブランデーもいけるんじゃないかな、つなぎには和三盆だな、とか。

——お酒と混ぜちゃうんですね!

松本:混ぜても戦えますよ、これは。

——興味深いです。

松本:『白ぶどう茶』『白桃煎茶』には、和三盆はもちろん、フルーツシュガーも合わせやすい。そうなると炭酸とも合います。

——『白ぶどう茶』は爽やかだから、炭酸と一緒にしたら絶対おいしいですね。

松本:トニックウォーターでも戦えますよ。そうすると、ジンを入れてもおいしいなとなってくるわけです。

——さすがバーテンダーですね。

松本:Anjinでも、季節によっておもしろいドリンクを考えたりしていましたしね。味見をすると、頭のなかで勝手にグラフができあがって、これとこれが合う、というのがわかるんです。今でも、お酒を出してもいい催事場であれば、シェーカーとかを一式持っていってカクテルを作りますよ。みなさんおもしろがって飲んでいってくれます。

——私もいつか飲んでみたいです。

「結局、DNAだったんです」

松本:ぬるいお茶を飲むと、「うわ、ぬるい! だしみたいな味がする!」という人もいるかもしれないけど、そういう人はたぶん飲み慣れていなくて。温度で全然違うんですよ。玉露は50〜60度と決まっている。

また、ゆっくり抽出して、急須で入れる場合は3回お湯を使うんです。始めは味があんまり出なくて、2煎目から本番、3煎目で味が落ち着く。

——3回って決まってるんですね。

松本:「なんでだろう?」と思って調べたら、煎茶道というのがあって。

——茶道とは別?

松本:はい。煎茶道は、僧侶が東山に下りてきて、自分たちの畑で作っていたお茶を1銭で売ったのが始まりだそうです。そこにみんなが集まって、飲んでみたら「うめえな」ってなったと。

——へえ! 知らなかったです。

松本:茶道は、花を生けたりかけ軸を出したり、難しいしきたりも多いけれど、煎茶は本当に一般人向け。「飲もうぜ、飲もうぜ!」みたいな感じ。盆栽をテーブルに置いて囲って、みんなで楽しんだそうです。

——あ、盆栽!

松本:そう、僕の趣味と繋がったんですよ(笑)。僕が抹茶ではなく煎茶にいったことで、結果として、好きなものと結ばれた感じがしますよね。

——運命に呼ばれている感がすごいです。

松本:実はもっとあって。僕が生まれたばかりの頃らしいんですが、実家でお茶畑やっていたらしいんです。

——まさにDNAじゃないですか(笑)!! それはどうやって知ったんですか?

松本:Anjinを辞めたときに、母親に「もう俺、バーテンダーやめたんだよ」って言ったんですよ。

親としては、僕が進路を決めるときに、大学に行ってほしいとか公務員になってほしいとか、そういう気持ちがきっとあったわけじゃないですか。でも僕は「大学行かない、大学資金は自分たちで使え!」と言って。バーテンダーは夜の仕事なので、うちの両親は気が引けてしまった部分もあったようです。

母親に「茶農園にいったんだ」と伝えたら、そこで初めて実家——埼玉の熊谷という場所なんですが、僕が小さいころは茶畑があって、お茶を摘んで飲んでいたと知りました。「あんた、そっちにいったのね」と母親に言われましたよ。結局、DNAだったんです(笑)。

——話ができすぎているんですが……!

松本:つながるんですよ。なじみなんて、なかったもののはずだったんですけどね。

「茶畑が、大気圏を突破できたら...」

——商品は『深蒸し煎茶』を軸にして、白ぶどうや白桃などをブレンドして展開しています。フルーツを作ってらっしゃる農家さんとはどういうコミュニケーションをとっているんですか?

松本:直接会いに行きますね。

——1ヶ所ずつ回るんですか?

松本:そうですね。『カネ十アールグレイ』というオリジナル商品があるんですが、それはベルガモットを丸ごと乾燥して、果皮・果肉を入れているんです。そのベルガモットの収穫に、農家さんを訪れましたよ。直接顔を見ないと、僕らもわからないことがたくさんあると思うので。

——農家さんもそのほうが安心できますよね、きっと。この『本を読むときのお茶』は、今は何種類展開されているんですか。

松本:今は『焙じ茶』『深蒸し煎茶』『白桃緑茶』『柚子生姜茶』『林檎焙じ茶』『栗焙じ茶』『白ぶどう茶』の7種類です。これから季節に合わせて新しい提案をしていこうと思っています。どんどん増えていくというよりは、例えば『栗焙じ茶』がなくなったら、春には違うお茶を、というイメージですね。

——これからの展開、楽しみにしています! この商品とは別で、カネジュウ農園単体で何かおもしろい動きはありますか?

松本:これから、某大学と宇宙開発を研究する機関によって、ぼくらの茶畑が研究されていくんです。僕もよくわからない部分が多いんですが、ドイツからも人が来たりして(笑)。

——えっ! どういうことですか?

松本:地上で、ドローンによって茶畑の生育診断・病名診断をデータ化し、衛星データと連動させて、減農薬や品質向上を目指していくようです。いずれ宇宙にも茶畑ができるかもしれません。お茶の木って強いんです。紫外線に負けないので。

——世界進出どころの話じゃなく、宇宙進出ですね!

松本:いや、行けると決まったわけじゃないですよ(笑)? 行けるかどうか、その判断が行われるところなので。でも、茶畑が大気圏を突破できたらいいですね。

——では、話をいったん地上に戻して……。ほかにはどんな展開が?

松本:12月1日に千駄ヶ谷、12月5日に代官山で、日本茶のティースタンド『八屋』をオープンしました。茶農園の原料を使うということにこだわっていて、第一弾はカネジュウ農園が切り口になっています。

——街でカネジュウさんのお茶が飲めるようになったんですね。ところで、これまでティースタンドが少なかったのは理由があるんですか? コーヒースタンドはたくさんありますけど……。

松本:お茶を淹れる技術を持っている人が少ないんでしょう。抹茶ではなく、煎茶で新しい提案をしようとする人もなかなかいなかったんだと思います。

——先ほどもお茶のアレンジカクテルがぽんぽん出てきていましたけど、『八屋』ではどんなドリンクを出しているんですか?

松本:スタンダードなホットのお茶もあり、季節のお茶もあり、エスプーマを使ったドリンクもあり……なかでも特におすすめなのが『煎茶ソーダ』ですね。飲んだ瞬間「これはいいね!看板になるね!」と盛り上がりました。

——煎茶とソーダですか?

松本:自家製の炭酸で作るドリンクなんです。3.5気圧のガスを入れて、その中に一緒に煎茶、フルーツシュガーを入れて、一晩寝かせて完成です。1日しか持たないんですけどね。夏にぴったりだと思うんですが、本当においしいので、季節問わずぜひ飲んでいただきたいと思っています。

——お茶になじみのない世代でも、新たな楽しみ方とか、価値観とかに出会える場所になりそうですね。楽しみです。

松本:これからすごくおもしろいことになると思うので、ぜひ来てみてくださいね。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。