経営者たちに聞いた。「準備期間に何をしていましたか?」
今しかできないことがある。あとになって初めてわかることがある。何が正解かはわからない。少しでもいいからヒントは欲しい。
3人の経営者に、これまでにどんなことを経験してきたのか、未来のために日々どんなことを考えているのかを聞いた。テーマはズバリ「自己投資」。
自分に必要なものはなんだろう。時間・努力・それともお金?彼らの準備を参考にしてみて!
車田 篤さん
──今のお仕事を始めたきっかけは?
車田:1998年に名古屋から上京して、飲食店で働いていて、その頃のカフェブームでカフェによく行くようになったところで、自分でお店をつくってみたいなと思って火がついちゃった。
昔から我慢できない性格なんです。将来どうしようかなって友達と話していて、自分もお店やりたいなって口に出したのが始まりで終わりというか(笑)。当時22〜3歳。30歳までに……なんて思っていたけど、止まらなくなって、最初のお店を2002年の6月にはじめました。
お金も知識もない。現場経験はある。どんどん突っ走って、結局どうやってお店をつくるのかよくわからないままカフェをオープン。
──(笑)。
車田:20代前半で、借り入れに必要な保証人を両親が心よく受け入れてくれたり。いろんな人のアドバイスと協力があって、なんとか形にはできましたね。
『E.T.』とか『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか80年代のアメリカ映画が大好きで、今はアメリカンな飲食店を中心にやっています。
──開業の準備は、どうされたんですか?
車田:週8でバイトして資金を貯めましたね(笑)。カフェに週7、夜はクラブも週1で。時給が当時800円ちょっとで、30数万稼いでいたので、月に400時間くらい働いてました。
20代前半の頃って寝ないでもいけるじゃないですか。気力が勝ってくるというか、なんとかなっちゃう。30歳手前くらいまではいけるでしょ?24歳で起業したので、一番元気な頃でした。ぼく、今年40歳になったんですけど、それが多分35歳とかだったらきつかっただろうなあと。
──ハードです。
車田:当時週8で働いていたときとは違ってますけど、今はもっと働いてて、プライベートとの境がなくなるので、遊んでても仕事になるし、仕事してても遊びに繋がる。良くも悪くも生活全部が仕事に関わって来てしまうというか。
年に6〜7回、2ヶ月に1回以上のペースでアメリカに視察に行って、いろんな業態のお店や、建築、自然からインスピレーションを受けて現場に落とし込んでいってます。
──お店をいくつも経営されていますしね。
車田:1店舗目はカフェだったので、パスタ、ピザ、とイタリアン中心でしたが、チャーハンやうどんも出せたり何でもあり。それがカフェ飯じゃないですか。
で、ハンバーガーをやってみたくなって、バンズをとりあえず自分でつくってみた。朝9時に店に来て、夜12時くらいまで業務をやって、そっからパンをつくって、ほとんど寝ずに半年間くらい試作を続けました。
お風呂の中でもベッドの中でも、バンズのことを考えて、こうしたらもっとよくなるかもって思うと、もう眠れないんですよ。そこからお店に戻って試行錯誤。
──いてもたってもいられない(笑)。
車田:っていう、たちなんです。それがきっかけでいいものができて、お客さんに出したらかなり好評に。
やってみて気付いたんですけど、パスタが10種類メニューにあるとして、お客さんが10種類いっぺんにオーダーしたらどうなると思います?
どんな達人でも10種類のパスタを同時に仕上げるなんて不可能なんですよ。ハンバーガーは一枚の鉄板で同時進行で進めてバーンって出せる。この生産性の高さはすごいなって思って。ファーストフードになってるくらいなので合理的。
──そうして「THE GREAT BURGER」を開店。
車田:カフェの物件が地下にあって、5年間そこでやってたんですけど、どうしても地上に出たいなと思っていたところで、ハンバーガーショップをやったらいいんじゃないかって言う流れができた。そうして、2007年に「THE GREAT BURGER」をオープン。
その頃からアメリカに頻繁に行きはじめていて、もっとこうしたいっていう思いが強くなってきて。でも、そのときお店にあった設備では思い描いていることが実現できなかったんです。
……と思ってたら、近所の民家だった場所に新しいビルが建った。広いし、これならキッチンも必要な設備も揃う。いいなって妄想がはじまった。ガラスにへばりついて中をのぞいていたんですけど、もう止まらなくなっちゃって。で、2012年に三軒となりの物件へ移転しました。
近すぎてみんなは大反対していたんですけど、ビジョンがあったんです。ガラス張りで人が入りやすいし、キッチンも広くして設備も増やせる。ここで自分が思い描いていることを形にしたら、もっとお客さんは喜んでくれる。そういうふうに、ただやりたいだけじゃ形にならないので、じゃあどうするのっていう部分をどっかでちゃんと考えている自分もいて。
──無意識に両方考えている。
車田:強く思うことって大切で。よく聞くじゃないですか。具体的に行動したり言葉にしたり、いろんなことを考えていると、それがきっかけになる。
この近辺を拠点に商売をしていて、「THE GREAT BURGER」と「GOOD TOWN DOUGHNUTS」が一軒挟んで隣にあって、その間に12月「The Little BAKERY Tokyo」をオープンしました。
もともとそこには洋服屋さんがあったんですけど、空かないかなって思ってたんです。そう思っていると、いつも空く(笑)。ここも、別の借り手がいたのに、頓挫して契約破棄になって空いた。
この道沿いに、事務所などを含めて6・7軒借りていて、レンタルギャラリーなんかもやってるんですけど、借りようとしていた人の都合がわるくなり、ぼくのところに話がまわって来たり。
ずっと思い続けたこともあるし、管理会社に空いたらすぐ教えてくれとも言っていました。運がよかったんですけど、ちょうどそういうことを考えている時に、空きます、と。
──偶然を引き寄せた。
車田:ベーカリーの2階に事務所兼倉庫を借りていたんですが、もったいないからパン工房を作ろうとしていたんです。それで、レイアウトの図を書いたり、モノを発注していたら、管理会社から1階が空きますよって連絡があった。それならお店にもできて、うまく機能すれば、家賃とプラマイゼロにできるじゃん!って。
そういうことを常に考えていて。それを行動に移すことがすごく大事だなって。もちろんすんなりは行かないんですけど、結果的にほとんどのことは形になりました。自分一人ではできないことが多く、スタッフがいてくれてこそなので感謝しています。だからこそ、どうにかする。
子供が泣き喚いて親にわがまま言うじゃないですか。それをやってる感じ。自分自身でわーってなって、どうしてもこれやりたいって言って、いろんな人を巻き込んで、やる。
──とはいえ、お金の心配もあります。
車田:やっぱり我慢ができないんですよ。自分にとって自己投資ってなんだろうって思った時に、どんどんお金を使うってことだって思った。友達に言われたことがあるんです。「浪費を最終的にお金に変えてるよね」って。
こういうお店をつくるにあたって、もちろんいくらでも資金があるわけではない。けど、ふつうここは諦めるだろうってところまで世界観を作るために使う。ここが自分の上限だと思って店づくりしても、絶対足が出るんです。しかも、足の出方が半端じゃない。けど、やめない。
「GOOD TOWN DOUGHNUTS」では、1個400円前後のドーナツを売っているんですけど、その開業に使ったお金って、一般的にその規模で使う予算の倍以上だったんですよ。今までのお店の中で一番お金かかっちゃった。普通の人はやらないんです。それを何年で回収するかを考えてしまう。
だけど、この世界観を作り上げることによってお客さんが喜んでくれる。そういうのってほんの一瞬じゃないですか。見ることはほぼないかもしれない。でも、その可能性があることは全部やる。
──たまたまお店の開店風景を見ていたんですが、スタッフの方が赤い取っ手のレバーをガチャンと持ち上げて、明かりをパッと点けた瞬間、うわ〜いいなあ!って思いました。
車田:あれ、アメリカで買ってきた工場用のブレーカーボックスなんですよ。そうして喜んでくれる人がひとりでもいたら、やってよかったなって思います。“ガチャン”とやることに喜びを得られれば、スタッフのモチベーションにも繋がる。それも投資だと思うんです。一見無駄なことをやって、それを無駄にしない。結果につなげる。
お金にならなくても、今みたいに人から褒めてもらって喜んだり、誰かが笑顔になってくれたり、そのために前もって何かをやる。無駄なことしてんなこの人って思われるかもしれないけど、無駄にならない。
自分の大切な人、友達や恋人を自宅に招き入れておもてなしをする時に、家を綺麗にしたり片付けたりするのと、同じ感覚。何か買ってきて飾るとか。招待する準備をしておく。その先の喜びに繋がる何かが、先行投資。自分や、周りの人たちを喜ばせる何かが多分、そういうことだろうなと。
──喜びを得るための準備。
車田:それが商売に繋がっちゃうんですけど、そういうのって日常生活にもたくさんある。
証券会社の人があまりにもしつこく説明してきて、熱意に負けて株を始めたんですけど(笑)。株主になると、優待券で商品が半額になったり、長く待つことで配当金が貰えたり、仕事とか生活に密着した企業ならなおさらそういう恩恵を受けられる。毎年120万円までの投資で得た収益が最長5年間非課税になる「NISA口座」とか、本当に数万円から始められるし、株はすぐに現金化できる。
飲食店なので、厨房機器が壊れて急な出費が発生し、現金が必要になる。だから、すぐに現金化できない不動産投資はあんまり向いていない。けど、貯金を銀行に預けててもほとんど金利がないなら、ちょっとリスクがあったとしても、よりよく、より増える可能性があることに賭けてみるのはあり。
お金の話ってみんな嫌がるし、隠す部分もある。でも、徐々に意識は変わってくると思ってるんです。もっと前向きな考え方が広がっていったらいいのになってよく思います。株をやってることをおおっぴらに話す人って少ないじゃないですか。近所の奥さん同士でそんな話もしてないし。
──すごい奥様たちだ、って思っちゃいます。
車田:海外のドネーション文化みたいに、裕福な富裕層は金銭的な社会貢献をするとか。そういうことを合わせて、伸びていくといいなって思います。どうしても専門用語が多いので、もっとわかりやすくしてくれたりしたらいいなと。
ちょっとでも自分たちに余裕ができれば、もっと楽しいことができる。貯金をするために貯金をするのではなくて、それを使って何をするかをきちんと目標立ててやると、いろんなことが楽しくなるはず。だからこそ今の経験があります。
手元にあるだけ全部使い切れってことではなくて、もっと楽しいことをしようよと。人のために自分が幸せになるでもいい。自分が幸せになったら、それが連鎖して周りの人を幸せにできるし、そうすればもっとお金が回っていくと思うんです。
もっとうまく使おうという風潮ができれば、もっと気軽に話せるようになると思うんです。こんだけ今貯めてて、こんな楽しいことをやりたいんですって話を聞いたら、いいねってなるじゃないですか。
──使うことが先ではなく、目的が大切。
車田:お金のためにお金を動かすっていうのはあまりプラスにならない。何かをやるための手段なので。そのために投資するとか、そのために働くとか、働くことも投資みたいなもの。自分の時間と体力を費やして賃金を得るってことなので、今この話でいう自己投資への第一歩じゃないですか。
ボーとしてたら何もないし、それで得た価値をどう貯めるのか、何に使うのか、その先の目標が全部あったほうが、明るくなるなと思います。
渡部 雪絵さん
──めずらしいご経歴をお持ちですよね。
渡部:最初は銀行員、その次は経済記者で、証券会社を経て、今のエシカルファッションブランド「Ayuwa」を設立しました。 銀行員時代は、中小企業への融資を担当していて、本当にたくさんの起業と向き合ったおかげというかなんというか、会社を作るとか、自分で何かを始めることに対する抵抗感が全くなくなりました。
会社をやることって、そんな難しくないんだって、銀行員時代の約3年間で感じていたんです。いざ起業してみると当然難しいのですけれど。
──銀行員時代の経験が「Ayuwa」設立に繋がった。
渡部:それもなんですが、日本経済新聞社の名刺をもって記者をした経験も大きいかな。本当にいろいろな人に取材をしたんです。自分で電話してアポを取って、代表電話にとりあえず電話を掛けて、取材対象者の連絡先を獲得したりとか。飛び込みのようなときもあったんです。
私なんて会える相手じゃないって思うような人に案外アポイントが入ったりして、そういう素晴らしい人ほど、若者とか、チャレンジする人を快く受け入れてくれるというか。
そんな成功体験があって、誰に対しても臆することがなくなりました。内閣総理大臣でも、今でいうトランプ大統領でも、あの人に話聞きたいって思ったら、まずは大統領府に電話してみようかな、って(笑)。怖いもの知らずの勇気が持てるようになりました。
──相当な場数を踏み、証券会社時代へ。
渡部:証券会社では、ベテラン男性が多い部署に配属されました。そこでは、ゴルフコンペが頻繁に開催されていたんです。プレイヤー同士で過ごす時間が長いので、大切なコミュニケーションの場になっていました。だったら、仕事をスムーズに進めるために、ビジネスパーソンとして磨きをかけるために、自分もやった方がいいんじゃないかって。
亡くなった父もゴルフをやっていました。生きている間に何もしてあげられなかったのが心残りで。上手くなれば「雪絵、がんばってるな」と言ってくれるかな、という思いもあって、ゴルフをはじめました。
全然違う職業の方とラウンドを回ることが多くて、プレー中の会話が会社の設立や運営にとても活きているなあと思います。
──そうなんですね。
渡部:「Ayuwa」は、オンライン販売がはじまりなんです。だから、ブランドサイトの立ち上げは当初、外注したんですよ。そしたら、お金を支払ったのに、全然つくってくれないという事態に遭遇しました。
ブランド立ち上げは、クラウドファンディングで資金を集めていて、2016年の3月にはリリースしますというお約束だったので、なんとかしなきゃということで、結局自分で販売も兼ねたブランドサイトを作りました。Wordpressの講座にまる二日通って、三日三晩寝ずに!(笑)。
──(笑)。
渡部:サイトのトップ画面は全商品を見れるようにしているんです。お客様は、それぞれのページに飛んでからアイテムを見るより、まず全商品を見てみたいと思うのでは?と思って。
クリックして別ページに飛ぶ時間って意外とストレス。その時間もコストでしょう。Ayuwaのサイトは凝ってる訳でもないし、おしゃれなサイトでもありません。その代わり、ラクして商品をチェックできるように工夫しました。
WebのCtoCのお仕事をしている方とゴルフをした時、その方は「ユーザーがどれだけ使いやすいサイトの設計をするかが事業の成功を左右する」って仰っていたんですよね。クリックするボタンの位置一つで使い勝手が全然違って、売上へのインパクトもかなり違うって。
アパレルブランドはやはりファッションなので、どうしても色の並びとか、見た目だけに神経がいきがちになる傾向があります。よく店頭でお洋服が色別にきれいに並べられていますよね。だけど、オンラインでも店頭でも、目立っていたり、見やすいところにあったりする洋服をつい手に取っちゃった、みたいなのあるじゃないですか。
見た目がきれいに並んでいることも大切ですが、お客さんにとって使い勝手が良いようにすることが一番なんだなって、その話を聞いて学びましたね。
──最終的には、予定通りブランドサイトがリリースできて。
渡部:少し遅れちゃったんですけど。なんとか一人でこぎつけました。「Ayuwa」には正社員のスタッフがいないんです。働き方の多様化が進んでいる中で、働く人を一つの会社に固定してしまうのは違うな、と今の時点では思っていて。
その代わり、パートナーという形態で、経理や商品の生産にあたってはその一部の業務を個人の方に依頼しています。決まって出社する必要もないので、子どもがいる方や、自分らしいワークスタイルを確立したい人には最適というか。働く人がそれぞれ自立していくので、生産性や効率も上がると思います。
──デザインもご自身で?
渡部:はい。でも、私もともとファッションにはぜんぜん興味がなかったんです。ファッション誌を買うこともほとんどなくて。だからこそ、コーディネートを考えなくて済むワンピースはたくさん持っていたんです。
──色使いが特徴的ですよね。
渡部:スタイルアップするデザインが「Ayuwa」のテーマなんです。私の経験では、仕事のパフォーマンスが上がるときって、自分の見た目に自信がある時だったんです。
脚長効果によるスタイルアップを狙うときは、ハイウエストにして見頃とスカートで色を帰るデザインを取り入れています。本当に足が長く見えて、「これ、わたし!?」って思います。お客さまから「いま会社で『痩せたよね?』って聞かれました!」というメールがリアルタイムで入ったりすることもよくあるんですよ。
ワンピースは1着で済むので、コーディネートに悩まなくてよく、着用もかんたんで、朝の忙しい時間には最適ですよね。ワンピースを通して、働く女性を応援したいなって思っています。女性が明るく楽しく前向きに働けるような、そんな未来づくりに貢献したいですね。
──売り上げの一部をチャリティー団体に寄付していらっしゃいます。
渡部:海外に比べ、日本は寄付文化が根付きづらいと感じています。どこに寄付すればいいのか、確かな活動をしている団体を見つけることができない人も多いと思うんです。だから、Ayuwaは、1アイテムの売上につき1コイン、500円を寄付にまわす、オリジナルのチャリティプログラムを導入しています。寄付先は、お客さまにサイトで指定していただくんです。
──実際に、発展途上国に行かれた経験があるとか?
渡部:学生時代に発展途上国へ行って、様々なことを感じてソーシャルな活動をされている方もいらっしゃいます。でも、じつはそういった経験はないんです。もともと母親が小学校の先生だったからか、物心ついた頃から子どもを取り巻く環境や社会問題を肌で感じてきたことが大きかったと思います。
スマホが普及してからは、世界中のニュースが知れるようになって、日本の子どもを取り巻く環境に問題があるなと思っていたのですが、世界を見渡せば戦時下にいたり、生活環境が整っていないせいで生死を危ぶまれる子どもたちがこんなにいるんだ、と実感するようになりました。
──母親から受けた影響が大きかったんですね。
渡部:母は公立の小学校教師だったので、本当にいろんなお子さんがいるところで先生をやってきたんですよね。突然子どもが学校からいなくなって探しに行ったり、家出をしたと連絡が入って夜中に探しに出たり。詳しくは聞いていませんが、難しい家庭環境に置かれたお子さんも多いように見えました。母の仕事を通じて、子どもを取り巻く環境がいかに大切かを、自然に考えるようになったと思います。
子どもの支援とは別なんですけど、母は私の事業に対してもコメントをしてくることが多いんです。とくにお金のこと。私の父は、私が中学生のことに事業で失敗しているんです。だから、母からは「お付き合いしている業者さんへのお支払いは、とにかくちゃんとしなさい、って口酸っぱく言ってきます。耳にタコができるくらい。
──支払いのこととは?
渡部:たとえば、請求書をいただいたら、なるべく早めにお支払いするとか。アパレルだと、月末で締めて、翌月末にお支払いください、というお取引が多いんですね。私の母は、月末まで待たずに、出来る限り早く支払いなさいって言うんです。
初めはそこまで意識がなかったんです。でも、そういうふうにお金を循環させはじめたら、仕事もうまくまわるようになったんです。ビッグチャンスが来たり、売り上げが伸びたり。
──支払いの速さが、その先に繋がるんですね。
渡部:まだ短い歴史の弊社ですが、これまでにあった良い出来事の一つは、ブランドリリース後の最初の期間限定ショップを伊勢丹新宿本店さまでオープンできたことです。世界でトップクラスの百貨店として国内外から評価されている店舗なので、私自身もびっくりしました。
開業以来、その方法を模索していたのですが、先方からご連絡いただけたことがきっかけでした。Ayuwaを見つけてくださったバイヤーさんに感謝しかありません。それがブランドのリリースから1年後のこと。様々な方から、応援していただけて、結果もそれなりに纏まって。
お金に対して真摯に向き合うことを意識したあとに起きた出来事でした。寄付も含め、気持ちよくお金を使わないと循環しない、イコール自社にもまわってこないと実感しています。
樋浦 直樹さん
──今も役立っている過去の経験で思いつくことはどんなことでしょう?
樋浦:会社でしていることに近いと思ったのは、東大ラクロス部時代の経験ですね。130人くらいの組織で、日本一を目指していたんです。
部員は3、4年で幹部になるんですけど、コーチが来られるのは週一だから、幹部は自分たちで考えなければいけないことも多く、プレイヤー兼コーチとして、マネージャー視点を勉強させてもらいました。
コーチやOBの方々に育ててもらったという意識は強かったので、2013年にはコーチとしてチームビルディングも学ばせてもらいました。
──副将を務めた4年次は大学リーグ得点王も獲得。コーチとしてはチームをプレーオフに導きました。
樋浦:適切な目標を設定しなければいけないし、チームのエネルギーを高めないとバラバラになります。各選手をどう生かしてあげるかも考える。結局チームとしてどこでどうやって勝つのか、そのためにどうして欲しいのか、みたいな話を適切に考えないとエネルギーが小さくなります。
プレーオフの準決勝で負けてしまったのですが、戦略の選び方を迷ったなと思っていて。ガチガチに戦略を固めて挑めば勝てるかもしれませんが、当時のメンバーと話をしてちゃんと自分たちのやりたいプレーをしたいという思いもありました。
結果、前半は戦略的に試合を運び、後半に真っ向勝負をすると決めて臨んだのですが、負けてしまいました。4年間を賭けて、自分たちらしい勝負をして、及ばなかったなっていう経験でよかったのか、それでも勝ちにこだわったほうがよかったのか、答えはわかりませんが、大きな経験でした。
──なるほど。
樋浦:会社としても同じようにどうバランスをとっていくか、というのは悩むときがありますね。今、働き方が変わってきていて転職がマイナスにならないし、今やりたいことを仕事としてやっている人が増えてきていると思うんです。
とくに20代前半のメンバーはその価値観が強い気がします。昔は大企業に入って、そこで頑張って出世していくことが一つの価値基準としてあったと思うんですが、今は自分ひとりで個として立つこともできるし、面白い人と繋がってなんでもできる。
だからこそ、メンバーには「なんでこの取組を私たちがやるのか」をしっかりと伝えた上で、一人ひとりが“やりたいからやっている”という状態をつくれるように対話を大事にしています。
──その方法を学んだのがラクロス部時代。結果的に自己投資になっていたということでしょうか?
樋浦:そうかもしれません。投資といえば、12月は寄付月間なんです。その標語が「欲しい未来に寄付を送ろう」。とてもいい言葉だと思っていて、自分の力で、望んでいる未来を支援する。
もともと株式投資もそういうものだと力説されたことがあります。体験だけでなく、純粋な応援の気持ちで出す投資は、クラウドファンディングでも広がってきています。世の中を変えるという観点で広まるといいですよね。
どこにお金をかけるのか、その選択肢が増えた時代です。何にお金を使うのかが、自分のあり方の意思表明になる。理想は、収入の2~3%で十分だと思うので、何かしら社会や自分が欲しい未来の投資に使うという考え方がみんなに浸透することだと思っていて、そうなると、じゃあ何に投ずるとどうなるのか、っていうのを学ぶようになりますよね。
──寄付や投資はまだまだ難しいイメージもあります。
樋浦:Readyforでプロジェクトを150件くらい支援されている会社員の方がいて、総額でいうと200万円くらい支援されてるんですが、奥さんに内緒でへそくりをためて、それをちょっとずついろいろなプロジェクトを支援するために使っているとお話を聞いたことがあるんです。
最初は、資産運用して老後の蓄えにと考えていたそうですが、奥さんへのプレゼントからはじまり、次第に夢を追いかける学生たちに数万円から支援をしたりしはじめて、直接会いに行きはじめるように。
「この子たちには未来があるから頑張って欲しい」って。「自分は大金持ちじゃないけど、Readyforで支援を募っている一人ひとりの中では、エンジェル投資家的な存在なんだろうな」と言っていました。
ほかの支援者さんも、カンボジアのプロジェクトは全部支援するとか、これから教育にIT機材が必要で、自分は学校にIT機材を下ろしているから、それを伝えていくための「子ども×IT」を支援しているとか。自分がよしとする価値観に対して支援していく、広めていく思想を持っています。
──大切にしたいものに投資する。
樋浦:月3万円と決めて、夫婦でプロジェクトにちょっとずつ支援している人とか。それって、とてもいいなって。自分のお金の使い方として自分が嬉しくなる使い方をしていて素敵だなって思います。
インターネットはそれを実現するには便利なツールで、あと5年10年したらよりそうなると思うんですけど、まだみんなのリテラシーが高い訳ではないので。投資に関するツールがシンプルに、見やすく操作しやすくなると、みんな一気に始めるかもしれませんね。
3人がこれまでにしてきた「自己投資」の歴史は、好きなことを実現させるための投資、周囲と喜びを分かち合うための準備、望んでいる未来を築く社会活動への寄付など様々なかたちがありました。
あなたは、未来を想像しながら、何にどんな投資をしたいと思いますか?誰かに相談したくなったときには、ぜひこの記事を読みかえしてみてください。
やりたいことを実現するためには、未来のためにどんな準備をするのかが大切。3人が話してくれた準備や投資への考え方を、松井証券は応援しています。
人生をより豊かにするために「もっと良いこと」を探し、これまで金融業界や社会全体に対して問題提起をしながら、業界の慣習を打破するような仕組みを提示し、解決策を模索してきました。
投資とは決して難しいものでも、怖いものでも、特別なものでもなく、日々の相場に馴染みながら行うもの。
未来の自分のための自己投資といえば、「株式投資」も一つの答えだと松井証券は考えています。