わたしの「水曜日」と誰かの「水曜日」を交換する、ふしぎな郵便局
「どこかの誰かさん、こんにちは!
今日は晴れたり、くもったり、
なんか変な天気でした...。
あなたのまちの天気はどうでしたか?」
「水曜日の夜からのコンビニバイトの夜勤を終え、
朝日がまぶしい時間におやすみなさいをする、
そんな始まり。」
「どこかの水曜日さん。
今日、社長に結婚することがバレました。
とても喜んでもらえたので安心しました。ふう...。」
「私の人生を大きく変えた両親、
かわいがられる妹。
世界で一番嫌いな人たち。
世界で一番嫌な水曜日。」
「ぼくのつうがくろにも
たんぽぽがさいています。
あなたのねがいが かなうといいですね!」
「今日は私の父の誕生日です。
私は両親から本当の“豊かさ”を学びました。」
「この手紙を受け取ってくれたあなたも
大切な人とたくさん話して
幸福が訪れますように。」
——すべて、見知らぬ誰かの「水曜日」の手紙だ。
誰かの「水曜日」が
送られてくる?
冒頭の手紙は、2013年6月から約3年間、熊本県南部にある旧赤崎小学校を使って行われたアートプロジェクト『赤崎水曜日郵便局』に届いた手紙の一部だ。
このアートプロジェクトは、水曜日の物語がつづられた手紙によって、人々の日常を交換するという内容だ。
水曜日である理由は、主にふたつ。
ひとつ、旧赤崎小学校が海の上にあること。海が陸と陸をつなぐように、このアートプロジェクトも人と人をつないでいきたい、という願いもこめて。
ふたつ、水曜日が週の真ん中にある、記憶に残りづらい日であること。そこに焦点を当てて、自分の日常や、他人の暮らしにも思いをはせてほしいという気持ちから。
このプロジェクトに参加したい人は、水曜日に起きたこと、考えたことを手紙に書き、赤崎水曜日郵便局に郵送する。送った手紙は校庭の郵便受け「スイスイ箱」に届き、局員が回収。
『赤崎水曜日郵便局』のスイスイ箱
©️森賢一
手紙は、このアートプロジェクトを運営するつなぎ美術館へ運ばれる。手紙はすべて局員が開封し、オリジナル切手を貼った専用封筒に入れかえ、個人情報が伏せられた状態でランダムに転送される。
そして、自分の「水曜日」を送った人だけが、誰かの「水曜日」を受け取ることができる。そんな不思議なアートプロジェクト、それが『赤崎水曜日郵便局』だった。
2016年3月、プロジェクトは無事終了。
その間に届いた手紙は、1万通におよんだ。
『赤崎水曜日郵便局』で使われた封筒・便箋などのツール
宮城県東松島市で
開局準備中
閉局後、再開局を望むたくさんの声が上がっていた水曜日郵便局。それが今、場所を変えて開局しようとしている。
次の場所は、宮城県東松島市・旧鮫ヶ浦漁港。
©️森賢一
旧鮫ヶ浦漁港は、大鮫隧道と呼ばれるトンネルの「その先」にある、ひっそりとした港だ。ここを選んだ理由について、ディレクター・遠山昇司さんはこう話している。
「『鮫ヶ浦水曜日郵便局』は、
『その先』を静かに照らす
灯台のような存在でありたい。」
私たちが「水曜日」をつづり、東北地方の小さな入江に思いをはせる。そうして水曜日郵便局が開設され、維持されることは、その土地に暮らす人々へのささやかなエールにもなる。同時に、私たち自身の日常や「その先」にある未来を照らすことにもなりうる。
プロジェクトチームや地元の人々、そして水曜日郵便局のファンたちの思いを乗せ、現在『鮫ヶ浦水曜日郵便局』は開局準備をしている。
©️森賢一
人間を「肯定」する
アートのかたち
書籍『赤崎水曜日郵便局』のあとがきには「アートの究極の価値は人間の肯定にある」とあった。私はそれに深く頷いたし、それはこのアートプロジェクトの意義だと思った。
客観的にみれば、現地に足を運ばなくても参加できるアートプロジェクトというのはおもしろいし、主観的にみても、見知らぬ誰かに手紙を書く、そして手紙を受けとるのはおもしろい。アートは理屈で飲み込むものじゃないし、そういうアプローチでいいと思う。私もそういうつもりで、書籍におさめられた101通の手紙を、ゆっくり読んだ。
けれど、私が得たものは「おもしろい」以上のものだった。それは、「水曜日」の手紙を通じ、私たちは私たちを肯定することができる、ということだった。
2017年ももう終わる。今年もいろんなことがあった。暴言とか、裏金とか、嘘とか、自殺とか、炎上とか。私たち人間は決して完璧ではなく、ずるくて、悪くて、どうしようもない生き物で、善を否定せざるを得ないことのほうが多いかもしれない。
だけど、「水曜日」の手紙には肯定の力があった。私たち人間には、見知らぬ誰かの「水曜日」が幸せであるようにと願う力が、まだ残されているということを教えてくれた。
それは、週の真ん中にある「水曜日」みたいに、ささやかで、何気ないものかもしれない。大きな海を漂うように、頼りなくて、見失ってしまいやすいものかもしれない。
だからこそ、水曜日郵便局は今、必要なのだ。私はそんなふうに思った。
尊い「水曜日」を
交換するために
熊本の『赤崎水曜日郵便局』はつなぎ美術館による公的事業だったが、今回の『鮫ヶ浦水曜日郵便局』は独立したプロジェクト。したがって、現在クラウドファンディングサイト「MotionGallery」にて、開設・運営費用をまかなうためのサポーターの募集が行われている。募集は2017年12月5日(火)23:59まで。
その翌日、12月6日の水曜日には、いよいよ『鮫ヶ浦水曜日郵便局』の宛先が公開される。前回「水曜日」を送った人も、まだ送ったことのない人も、この不思議な体験を楽しみながら、トンネルの「その先」へ思いをはせてみてほしい。
Top Photo: 『灯台ポスト』スケッチ by 海子揮一