アウトドア系編集者・渡辺有祐さんに聞いた。「山と呼吸」のステキな関係
「久々に山へ行くと “お邪魔します” という気持ちになるし、定期的に行っているときは “ただいま” という気持ちになる。しばらく自然から離れているとソワソワしちゃうんですよね」
そう話すのは、キャンプや山登りに関するさまざまな書籍や雑誌企画の編集を手がける渡辺有祐さん。人気キャンプ飯レシピサイト「ソトレシピ」の初代編集長でもある渡辺さんにとって、自然のなかで過ごすことは、趣味でもあり、仕事の一部でもある。
「人に “遊んでいるみたいでいい仕事ですね” なんて言われると腹が立つこともありますが、実際いい仕事ですよ(笑)」
そんな渡辺さんに今回伺ったのは「山と呼吸」について。
山で吸う空気って、なんであんなにおいしく感じるのでしょうか。
山に登る理由は、3つある
「もともとは仲間とやっていたキャンプがきっかけだったんですよ。キャンプ場って登山口に近いので、せっかくなら翌朝から山も登るか、って。最初はキャンプの延長線上って感じでしたが、20年弱登山をやってきて、なんとなく山に登る理由みたいなのが3つ見つかりました。
1つめが『非日常な体験』。すごく非日常的なのに、どんなお金持ちであろうと、誰もが平等に絶対に自分の足で辿り着かないと見れない景色、得られない体験があるというのがいい。
2つめが『道具選び』。よくサッカーの日本代表選出に例えるんですけど、便利な道具を全部持っていけるわけではない。重さもあるし、山ごとに条件や制限が変わってくる。選び抜いた道具がしっかりハマったときは達成感がありますね。
3つめが『日常がありがたくなる』。山に登ってから自宅に帰ってくると、普通に電気がつくことや、蛇口をひねるだけでお湯が出てくることことにありがたみを感じられるようになる。ずっとその生活をしていると気づけない便利さに、ちゃんと気づけるようになるんですよね」
ペースをキープする「呼吸」
「先日、2年ぶりに北アルプス行ったんですが、2000mを超えたあたりから空気の薄さを久々に実感して、しっかり呼吸を意識することがありました。しばらく低山ばかりだったので、気にしていませんでしたが、改めて山で酸素量が変わることを実感しました。やはり登山技術のひとつとして呼吸を意識している人は多いと思います。
じつは僕は鼻炎持ちで。鼻呼吸が苦手だからこそ、登山中はできるだけ鼻呼吸を意識するようにしています。
ここでいう呼吸は、リラックスの呼吸というより、心拍数を120以上に上げないための目安のようなものです。心拍数が多いとそれだけ酸素量を必要としていることになり、過度な運動状態にあることになります。この状態ではすぐにバテてしまうので、なるべく一定のペースを崩さないために心がけています。
コースタイムを上回るようにハイペースで登る人たちもいるけれど、疲れて途中でたっぷり休憩をとっていたらゆっくりじっくり登っていた人と到着時間が変わらない、なんてよく聞く話です(笑)。
実際に頂上へ行くと、特に高山では風が強いことも多いので、一般の方がイメージするような『あぁ気持ちいい〜』という深呼吸に浸れる場面ばかりではないのですが、登りきった達成感のなかで吸う空気はおいしく感じると思いますよ」
呼吸は、いい景色とセットで
「呼吸を意識するときって、やはり “いい景色” がセットだと思うんですよね。
湖畔でキャンプをしたら朝の散歩で大きく深呼吸をしたくなります。日光の中禅寺湖付近のキャンプ場がお気に入りなのですが、朝は霧がかって幻想的になるときがあるんですよ。普通なら夜中に出発しないと見れないものが、キャンプなら起きてすぐそばで見ることができる。
そういう自然と向き合った瞬間に “呼吸” を意識するんじゃないかな。それはリラックスの呼吸だと思うんですよね。
あと僕の場合、仕事で山や自然を本業にしている人とお会いすることが多いんですが、気持ちのおおらかな人が多いなと感じます。なぜかって考えると、人間がどうやっても抗えないのが “自然” なんですよね。そこを生業にしていると、いい意味で “世の中にはどうしようもないことがある” と分かってくる。そうなると人へ当たったり、イライラすることも減っていきますよね」
写真に写った自分が
とても気持ちよさそうだった
「ひとつ覚えているのが、奥秩父の金峰山に行ったときのことです。山頂に五丈岩という大きな岩があって、神様が積んだと言われるくらい圧巻の景色なんですが、一緒に行った友人が撮ってくれた写真の自分がとても気持ちよさそうにしていたんですよね。
どの山でも空気はおいしいものですが、やはり達成感と圧巻の景色のなかでする深呼吸やリフレッシュする時間は、とても大事な瞬間だと思いますよ」
—— 登山技術としての呼吸と、景色を見ながらセットで楽しむ呼吸。
普段の生活だけではなかなか意識するのがむずかしい “呼吸” も、山登りのような非日常に足を一歩踏み出すことで、大きくその捉え方は変わるものなんですね。
あなたも、自分自身の呼吸と一度向き合ってみては?