「100年目の昭和」を打ち砕く、いま考えるべき“超知性”の話【AGI】

先のOpenAIの声明も踏まえ、人間がAGIを生み出したい理由は「人間が楽して暮らせるように、自動的に仕事をさせたい」というようなものである。

振り返れば、この目標は18世紀の産業革命に始まり、インターネットの登場とパソコンやスマホの普及、そしてChatGPTの流行に至るまで、人間と機械との関係の核を担ってきた。

暗号・情報セキュリティ研究者のBruce Schneier氏は、「これまでロボットは「知覚し、思考し、行動する」ものと定義されてきたが、それは現在のインターネットである」と述べ、インターネットは世界規模のロボットであると主張している。

彼の主張が正しければ、人間が機械を発展させてきたのは、最終的に「AGIが欲しかったから」と言えるかもしれない。

産業革命で労働者に取って代わった自動製造ロボットも、あらゆるメディアに影響を与えたPCやスマホも、AGI誕生への過程にすぎないと。

こう解釈すると、AIへの世界的な注目は、NFTやメタバースのような一過性のテックトレンドよりも本質的に思えてくる。興味深いけどさほど実用的でなかったそれらに比べ、AGIの誕生は長期に渡って人類が望んでいたものであるのだから。

また、日本で機械を導入した高度経済成長が起きた昭和という時代から現在に至るまで、本質的には同じ「AGIに期待した時代」として区切れるのではないだろうか。

昭和99年の日本は、
この機会にはじめて「次の時代」に進む

さて、「昭和99年」と言われる今年。

テクノロジーの歴史から解釈した場合、この元号はAGIに繋がる技術の基礎が確立され、日本の高度経済成長が起きた期間だ。

『Wired』最新号によれば、2024年はAIに対する「過度な期待を反省する年になる」とのこと。先述のOpenAIのブログを踏まえても、この先しばらくはAIが普及して判明した課題点を見つめ直す時期になるだろう。

これまでのテクノロジーがAGIの先駆けだとすれば、反省を踏まえて実用的な用法を検討するこの年こそが、昭和から続く時代に区切りをつけるマイルストーンになるかもしれない。

『MIT Technology Review』の米国版でAI担当を務めるWill Douglas Heaven氏は、昨年をこう振り返っている。

「去年の今ごろ、私たちは非常に無謀なことに取り組んでしまった。変化の激しい人工知能(AI)業界において、未来を予測することに挑戦してしまったのだ。」

この失敗を乗り越える、時代を次に進める最善の策は「未来の予想」や「過度な期待」を止めることではないだろうか。

IT化で遅れをとりがちな日本だが、予想や期待に振り回されてきた側面も大きい。だからこそ、今後は先導してくれた世界の事例を上手く生かして、「日本にとって」実用的なAIとの向き合い方が必要とされるのだ。

ざっくりと現状を振り返ってみたが、まず分かることは、「完全なAGI」は現時点で世界にないし、この先誕生するかも不明だということ。とはいえ、議論や研究者の意見を見てみると、遅かれ早かれ“AGI的なモノ”は誕生するし、世界はそれを求め続けるとも感じたはず。

AGIに対して「SF的なディストピアになる」と悲観的になったり、「無限に楽して生きられる」と楽観的になり過ぎたりはしない方が良さそう。何せ、開発を目指すOpenAIも予測はできないとしているのだから。

実際に何が起こるかは誰にも分からないが、「何も起こらない」と思考を放棄することだけは控えるべきだろう。99年続いた、“未来に頼る”昭和を終わらせるために。

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