「100年目の昭和」を打ち砕く、いま考えるべき“超知性”の話

2023年を振り返ったとき、あなたの日常にAIやロボットは“居た”だろうか。

22年末にOpenAIがChatGPTを一般消費者向けに本格展開したのを皮切りに、わずか一年の間に「AI」の概念は驚くほど急速に一般的・日常的なものへと近づいた。

そして、世界のアーリーアダプターたちにとっての注目の的はもはやAIではなく、その進化系たる「AGI」へとシフトしている。

日本では、孫正義が「ソフトバンク」社のイベントで大々的に言及したことで知った人もいるだろう。ただ、このニュースを通して名前は知っていても、実際にAGIとAIの違いを説明できる人はあまり多くないのでは?

昭和99年とも呼ばれる今年は、世界がシンギュラリティに直面する時期とされている。IT化への遅れが指摘されがちな日本だが、世界はどんどん進んでいるのだ。

今回は、押さえるべき「AGI」の概念と、転換を迎えようとしている世界の状況を振り返ろう。

AGIとAIの違い
≒「人間的な柔軟性」があるか否か

まず、AGIとはArtificial General Intelligenceの略、「汎用人工知能」のこと。

名前の通り、これは何かに特化した存在ではなく、あらゆる指示や用途に対して柔軟に対応できるAIだ。ソフトバンクのブログから借用すると、AGIの特徴は「汎用的な能力」「学習能力」そして「意思決定能力」の3点。

TABI LABOが紹介してきた事例を含め、これまで実際に登場したAIの多くは「何かの用途に特化している」ものであった。

絵を描くにしても、恋愛のアドバイスをするにしても、これらはすべて(その範囲が広かれ狭かれ)特定の用途・分野が想定されていた。

一方のAGIは、簡単に言えば「なんでもできる」存在。

あらゆることを柔軟に考え、解決策を想像し、より高いクオリティを目指して過去の事例やフィードバックに学び、それらをどのようにアウトプットするか判断する……対応できる領域の範囲は、ほぼ人間と同じなのだ。

究極のAGIとは、言わば知性の権化であり、ヒトの脳ができるあらゆることを同等またはそれ以上のクオリティで実行できる存在とされている。

ただし、多くの専門家は色々と懐疑的

AGIとAIの違いについては簡単に紹介したが、簡潔に言って、現時点で「AGIの明確な定義」は定まっていない。

まだ実現していないのもあって、ほとんどの人が「AIの上位互換である」とか「なんでもできるAI」くらいの認識でいるのが現状で、多くの専門家はAGIという用語そのもの、またはその実現可能性や価値について懐疑的なようだ。

そもそも、この単語が誕生した背景からして、その具体性にブレが生じるのは必然と言える。初めてAGIを口にしたのはDeepMindの創設者であるシェイン・レッグ博士だが、彼がこの単語を発したのは相棒とメールしていた際の思いつきだったとか。

『MIT Technology Review』によれば、レッグ博士は「特に明確な定義は考えていなかったし、本当のところ、それが必要とも感じていませんでした」と語っている。

2007年当時は今ほどAI技術に注目が集まっていなかったし、さほど問題にもならなかった。

ところが、大規模言語モデル(LLM)の登場に伴ってAI技術に世界的な注目が集まると、議論はAGIの実現可能性や危険性といった範囲にまで波及し、結果的に「そもそもAGIってなんだっけ」という根本的な問題になってしまったわけだ。

ChatGPTはAGIなのか?
Google DeepMindの見解

結論、ChatGPTはAGIではないし、先述した通り今の世界にそれらしいものは存在しない。ただ、見方によってはAGIの“先駆け”と捉えることはできる。

昨年11月4日、GoogleのAI開発特化部門である「DeepMind」の研究家たちが、AGIの定義を定めるべく『Levels of AGI』なる論文を公開した。

AGIを一つの概念とするのではなく、能力によって5つの段階に区別することで、議論の混乱を解消しようとするものだ。

論文の中で定義された能力レベルは、「新興」「有能」「専門家」「名人」「超人間」の5段階。

「有能」〜「名人」あたりが、先述した汎用的かつ効率的に人間と同等のタスクをこなせるレベルであり、最終段階である「超人間」は、他人の思考を読んだり未来を予測したり、人間が一切できないようなことも実行できるものとされる。

一方で、ChatGPTやGoogle Bardのような、いま最先端とされるAIは「新興」に過ぎず、これ以上のレベルはまだ達成されていないとしている。

そして、その上を目指す際に直面するのが、そもそも「なぜAGIを作る必要があるのか」という疑問だ。

科学研究に目的は不可欠だが、AGIの開発は、その多くが大雑把で具体的なビジョンに欠けている──AIがユートピアをもたらしてくれるというのは危険な誤解だし、なんでも頼れる“神”を作ろうとしてはいけないと、「DAIR(分散型AI研究所)」の創設者ティムニット・ゲブルは主張している。

OpenAIは開発する気満々

ゲブル氏は懸念を示しているが、当のOpenAIはどのような立場なのか。分かりやすいことに、こちらは開発に夢中の様子だ。

人間とAIの距離を急接近させた立役者は、昨年2月に「Planning for AGI and beyond」と題したブログを公開している。創設者サム・アルトマンの筆によるこの文は、AGI開発を目指すOpenAIの所信表明であると同時に、(少し大袈裟な)世界に対して“超知性”の到来への準備を促す覚書のようにも感じられる。

AGIの可能性を考察する手掛かりとして、少し紐解いてみよう。

ブログはまず、「人間よりも賢いAIが、全人類に利益をもたらすようにする」というのがOpenAIの使命で、これを成せるのがAGIという話から始まる。

いわく、AGIが実現すれば「人類はより豊かになり、世界経済が活性化され、可能性の限界を超える新しい科学領域に進出し、人類は躍進する」。すべての人が限界を超える知性を手に入れることで、創造性が高まり、あらゆる分野で未知の活躍ができるようになる、というのがOpenAIが目指す未来像。

一方、あまりにも高度な知性を有するため、人間がコントロールできなくなる危険性についても触れられている。

コントロールができないというのは、単に犯罪に使われるとか、いま世界が直面しているような課題(著作権侵害や悪用など)ではなく、「超知性AGIが主導権を握る独裁的な政権」が誕生するシナリオ……分かりやすく言えば、『マトリックス』などのSF作品で描かれる“人類が支配されてしまう”状況のこと。

このように、AGIはすべての人に信じられないような新しい能力を与える可能性を秘めている。だからこそ、ChatGPTを含めて段階的に運用していくことが重要であり、都度フィードバックを得て、課題や議論を乗り越えていく必要がある。

ざっくり、当ブログの主張はこんな感じである。

先ほど紹介した例とは対照的に、AGIは実現される前提であり、誕生に先駆けたアドバイスまで述べている。

DeepMindの現実的かつ慎重な姿勢と、OpenAIの野心的なスタンス。大手2者の立場の違いも、AGI議論の多様性を裏付けている。

現時点での状況は……

上記の概念を理解してみると、世界がこぞってAGIに注目するのも頷けるはず。

とは言え、AGIの先駆けたるChatGPTでさえも「新興」の段階であり、まだ世界を変えるほどの能力ではない。事実、昨年の時点で積極的に活用を試みた人たちにとって、その成果は正直「期待していたほどではなかった」といった所だろう。

確かにGPTは、会話能力から文章要約、今ではブラウザ検索や画像生成まで行える実にマルチな人工知能だ。

ただ、本格的にビジネスを効率化させるには精度・正当性に課題点が多く、娯楽や軽い情報収集には役立っても、爆発的な生産性向上を実現するのはまだ難しい状況にある。

昨年にMetaの科学者が発表した論文によると、現状のAIの知能レベルは「猫と同等」程度で、人間に近づく上で重要な“想像力”が根本的に欠如しているらしい。

© ylecun/X

AGIと呼べるようになるには人間を超える必要があるわけだが、多くの研究者から、高度な人間の脳のシステムを数字で再現することは「不可能に近い」とされている。

ただ、急速に発展したというのは、裏を返せばまだ初歩段階でしかないということでもある。20世紀の途中からテクノロジーの歴史は急ピッチで展開されてきたわけだが、ここにきてようやく「一区切り」を迎えることになるかもしれない。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。